2ー2 大人たちの戦場
三人と一匹の顔合わせ。
姫は簡易式神に乗って移動を始めた。今日これから日本政府高官を呪術省に呼び出して、これからの日本について陰陽師と政府の意見の擦り合わせを行うのだ。
十月頭に呪術省が実質崩壊して、妖の活動が今まで以上に活発化。土御門と賀茂という二家の没落と反乱。難波の台頭。それらに付随して、今まで政府が呪術省と共謀して行ってきた後ろめたいことと真っ当なことのこれからについてなどなど。
話すべきことはたくさんあるのだから。
姫は呪術省に着いてすぐ、二階の大会議室に入った。そこにはすでに他の呪術省側の代表──香炉星斗と玄武である大西マユがいた。遅れてしまったかと思って、姫は苦笑一つ。
「ごめんなさい。遅れてしまったかしら?」
「いいえ、大丈夫です。瑞穂殿」
「香炉さんに殿と呼ばれるのは、むず痒いですね。次に呪術省を率いるのはおそらくあなたですよ?」
そう笑いながら、席に着く。ただし現状のトップは暫定的に姫のままなので、中央に姫。その両隣に星斗とマユは座る。玄武自身は机の上に置かれた。
「……明が成人するまでの繋ぎ、ですか」
「はい。わたしは死者。法師も過去の人物。となると、現代で最も信用できる人物は五神か安倍清明正当後継者。香炉さんは成人していて実力もあって、血筋も証明済み。知名度もあります。繋ぎとしては最適でしょう」
「……そうですね。はい、何かしらやることがあるということはありがたいです。何かに集中したかった」
「センパイ……」
何かの決心をしたのか、以前とは顔付きの異なる星斗。その事情を知っているからか、マユと玄武は沈痛な面持ちだった。姫はその出来事の詳細を知らなかったため、何か大きな出来事があったのだろうと思うだけ。
「お二人は先日まで那須に戻っていたんですよね?体調などは大丈夫ですか?」
「大丈夫です。必要とあらば、すぐに来ます」
「わたしも、大丈夫です」
星斗は婚約者であった夢月神奈の体調が急変したということで即座に地元へ帰っていた。その際マユにも地元へ帰って、下手したら帰って来られないことを伝えた結果マユもついてくることに。
マユの体調は万全ではなかったが、何か悪い予感がして、虫の知らせが気になり同行した。その結果ある出来事に遭遇して、それが済んだのもつい先日。
それから姫によって陰陽師の代表として政府高官と交渉の場に出て来てほしいと懇願されて了承。即座に帰ってきて、一番信用できる五神の誰かを一人同行させてほしいと姫から打診があったため、後輩であるマユを指名してこの場に来ていた。
誰も彼もが、詰め詰めのスケジュールをこなしていた。
「大西さんは神気が増えたせいで寝込んでいたと聞きましたが。今は問題なく?」
「あはは。知られていましたか。今は安定、していると思います。それにセンパイに頼られたら、寝込んでいられません」
「マユ……」
言葉の通り、今のマユは一週間前よりは安定していた。神に近付き、珠希のように苦しんでいたが、今では神気による変化を受け入れて自然体で過ごせていた。
神気を抑えることは、まだまだ甘いが。
マユはできることとして、今は星斗の補佐をすべきだと考えていた。それがひいては日本のためになると考えて。
今国民は呪術省を信じていない。連日ニュースや新聞、ワイドショーで流れる情報は呪術省の闇についてばかりだ。良い情報なんてまともになく、叩けば叩くほど出てくる改竄などの後ろめたいことばかり。
良いニュースは、難波家の特別な血筋が科学的に証明されたくらいのもの。あとは姫が公表した二人の後継者の素性の良さだけ。明の情報も些細ながら市井に流れている。その辺りは流すべき情報を姫と法師の方で選別して流しているため、中学の時に明がサボリ魔だったことなどは流れない。
むしろ幼少期から天才だったということばかりが取り沙汰されている。六歳の時に当時神童と呼ばれていた星斗を術比べで破った、このような難しい術式をすでに扱うことができるなど。
明には許可を取っていなかったが、それだって一部でしかない。真に重要なことは何一つとして漏れていなかった。
分家に婚約者がいるとか。神に連なる式神を従えてるとかは、一切。
「金蘭様からそちらの出来事はある程度聞いています。わたし達はそちらのことを、聞いた以上のことは詮索致しません。酷なことを言いますが、今はこちらに集中していただけると幸いです」
「はい。それくらいの切り替えは、こちらに向かっている時点でしました。資料にも目を通してきましたので」
「ありがとうございます。まあ、わたし達は革命側で前時代の負債など気にせず、むしろあちらの不手際を突けばいいだけなので簡単な作業です。緊張することはありませんよ」
「まだ戦う方が気が楽ですよ……。難波の次期当主候補じゃなくなった時点で、精々香炉家を継ぐくらいで表立った交渉なんてやらないと思ってたので」
「あなたならそれでもいいのですが。当代瑞穂はその辺りダメなようで。困りましたねえ。安心して死ねないです」
星斗が軽口を言ったからか、姫も軽口を零す。
陰陽師が戦う存在になってしまったという証拠のような発言が出たが、やはり本分は宮仕えの研究者。今の仕事の方が原初の陰陽師の在り方に近い。
最も、晴明はそれを隠れ蓑に日ノ本の調整を行っていたわけだが。
「やっぱりその身体は仮初めのものなのですか?」
「はい。あくまで降霊によって式神になっただけです。だから本家も新しい瑞穂を選出したのだと思います。別に彼女に頼まなくても良かったはずですが、時代が移ろうと老人たちはわかっていたのでしょう。その際に当主として本家の動きを誤魔化せる存在が必要だったのかもしれません」
「……それはなんというか。想像する当主の動きとは異なるような?」
「そうですねぇ。麒麟になるから、当主という肩書きを与えたのだと思います。彼女は本当に本家については無知でして」
大峰翔子に関する姫の品評。それはやはりお粗末の一言に尽きる。
彼女がさっきまでいた病院のことも、調査をするためのペーパーカンパニーについても知らず。裏・天海家の創設者が法師だと知らず。何を目的にしている家なのかを知らず。
なぜ裏側にいるのかも、おそらく知らない。
「わたしがいなくなったら、流石にちゃんと継がせると思いますよ?その時には麒麟とも和解してほしいですが」
『それは、無理かも。時間を、かければいい、話じゃない』
「ですね、玄武さん。……うーん。皆さん、もう少し砕けませんか?わたし、こんな見た目ですし」
「そうは言われましても……。あなたは俺たちよりも歳上の先輩ではないですか」
「実力だって、わたしたちよりも上の方ですし。あなた方がどれだけ骨を砕いてきたのかもゲンちゃんに聞きました。それで砕けた口調で話すのはとても……」
「ですねぇ。無理なことを言いました。あなた方とは長い付き合いにはなりませんし、無茶を言うのはやめましょう」
「……長い付き合いではない?」
諦めの早さから、思わず鸚鵡返しをしてしまった星斗。
別に隠すほどのことでもないのか、姫は淡々と伝える。
「わたしの主、道摩法師はそこまで長くありません。一千年生きているというだけでおかしいんです。それに色々無茶もしてきましたからね。間も無く彼は、この世を去ります」
「あの。他の方に契約を移すというのは?できなくはないと思いますが……」
「しませんよ。わたしはあの人と地獄に落ちます。それもあって、今を変えられる人に後を託すんですから」
「地獄、ですか」
「はい。功罪の天秤も、罪の方へ偏るでしょう。そうせざるを得なかった部分が多々ありますので。ああ、安心してください。極力問題は解決してからいなくなりますよ。引き継ぎは大事ですから」
そう言う姫の表情に全く憂いはなく。それがさも当然のように言ってのけた。
その覚悟の決まり方から。潔さから。二人は何も言えなかった。
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。あと評価とブックマークも。




