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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
8章 家の呪縛・終わりの始まり
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2ー1 大人たちの戦場

市民病院の手術室。

 そこは京都市内にある市民病院。そこそこ大きな病院ではあったが、呪術省とは全く関わりのない病院だ。なぜならそこは陰陽師が利用するような病院ではなく、一般病人が訪れる、ただの病気の人間が訪れる病院。

 京都は特に魑魅魍魎や妖の数が多く、傷付いた陰陽師は治癒術が使える陰陽師が常駐している専門の病院に行った方がいい。霊気がある人間なら多少の怪我を治すのであれば治癒術を受けた方が早い。手術が必要な怪我でも、ある程度怪我を治してから傷口を縫合するだけで良かったりするので、陰陽師となればそちらの病院に優先して運ばれる。


 一般の病院に運ばれる場合は、緊急性がある時だけだ。負傷者の数が膨大だとか、病床が足りないとか。

 そんな理由から、呪術省は一般の病院とあまり関わりはない。これが他県ともなれば異なるが、ここは京都という陰陽術の総本山だ。そういった区切りは多々ある。

 その市民病院に、賀茂栄華は運び込まれていた。呪術省が関わっていた専門病院ではどこに裏切り者がいるかわからず、治療に専念できない。医者も呪術省と懇意にしてきた者たちばかりだ。


 姫からすれば、有り体に言えば信用ならなかった。

 そしてもう一つの大きな理由は、この市民病院に至っては姫が関わっている病院なのだ。

 正確には、裏・天海家の京都における拠点である。裏・天海家は民間会社である陰陽師組織を持つのと同時に、京都で近しい者に何かあった際のために一般病院を昔から営んでいた。姫の時には力になれなかった分、姫の言うことを良く聞いてくれる信用できる場所だった。


 京都駅から即座にとって返してきて、賀茂静香の遺体の状態を確認。検死と共に賀茂栄華との状態も確認してすぐに施術に移った。

 それほど栄華の状態は刻一刻を争った。


「瑞穂様。やはりこれは蜘蛛の妖による神経毒でしょう。これで痛覚を麻痺させ、どんな状態でも戦闘できるようにしているのかと。脳に異常が出ています」


「確か血清があったはずよね?幾つ?」


「八種類四つずつ。問題は神の遺産が干渉していることですね」


「……C、ね。やっぱり使われている神の加護は力のない土地神みたいだから幾分かは中和されているけど。一応四本とも用意しておいて」


「はい」


 カルテと出てくるデータから、姫と裏・天海出身の医者たちが即座に判断して処置を施していく。

 改造人間なんて初めての事案で、彼女たちも戸惑っていた。だが手を止めれば一つの命が奪われる。しかも人道的ではない実験の副産物で、親に殺されかかった幼き少年の命が、失われるのだ。

 陰陽師の家として、医者として。そんなことは許容できなかった。


「賀茂栄華の身体から、神の残滓は全て抜いたのか?」


「来てくださったんですね。……全部は無理でした。埋め込まれたものならともかく、遺体の一部を粉砕して経口摂取したものや、神の血そのものを与えられています。身体に循環したり、心臓そのものに居着いているので、完全な除去は無理です」


「全く。悪神も善神も関係なく取り込まれているな。三柱分か。おい、血をできるだけ用意しろ。奴の身体の血を全て取り替える」


「はい、法師様!」


 駆けつけた法師が栄華の容体を一目で看破しながら周りの医者に命令を出す。

 姫はこの後用事がある。だからここにあまり居させられないのだ。姫は表の顔としてやることがたくさんある。彼女にしかできないことが、今は山積みだ。

 静香の遺体を、法師が貰いに行くわけにはいかなかった。土御門の先祖に呪いを施したのは法師だ。そんな人間が想い人の遺体を受け取りに来たとして。素直に引き渡すはずがない。


「姫。ここは私がやる。早く香炉と玄武と合流しろ」


「いいんですか?」


「ああ。日本政府のことはどうにかしなければ、すぐに停滞する。昔のように天皇とその周りが全てを決めていた時代じゃないんだ。国民への説明に、外交やら選挙やら煩わしいものも多いだろう。体裁を整えることも大事だ」


「それはいいんですが。……あなたが彼を助けるのが意外で」


 法師が賀茂家の人間を救う。たとえ仮初めの師匠の末裔だとしても、散々やらかしてきた一族だ。一千年間京都の整備もせず、なあなあで守護をしてきた結果、京都は荒れに荒れている。原初の在り方なぞ忘れてしまった下落ぶりを見せ付けられたのに、何故と問い。

 そんなこともわからないのかと、法師は愛弟子に対して鼻で笑った。


「こいつらは私と晴明が産み出した呪術を悪用したんだぞ?万死に値する。その上で、私たちの顔に泥を塗って呪術の在り方を歪めた。それが許せるものか。呪術は敵対者にこそ使うものだ。断じて、身内に使うものではない」


「そうですね。そんな当たり前(じょうしき)を一度見失ってしまったら、そこからは転げ落ちるだけだったのでしょう」


「こんなお粗末なものが呪術の極地などと認めるものか。……後は任せろ。伊達に長生きはしていない。今日中には終わらせる」


「そうしてください。京都の空気が変わりました」


 姫も京都に呪術の空気が蔓延していることに気付いていた。姫よりも遅く病院に着いた法師がそのことに気付いていないわけがない。


「そちらは明に任せておけばいい。金蘭も吟もいるんだ。問題なんて起きようがないし、この術式が発動したところで大局は変わらんぞ」


「……そうですか?そうは思えないのですが」


「星の巡りに変わりなし。そういうことだ」


「……残酷な人」


「最初から知っていただろうに」


「後は任せます」


 姫は頭を下げた後に退室した。

 法師はとことん栄華の今の症状を言い当て、適切な処置を続けていった。

 用意した血を流し込み、今までの血を全て入れ替えることで血液に含まれる神気を全て排除した。こんなことができるのは血流操作が完璧にできる法師のみであり、現代医療や他の陰陽師がやったとしても成功しなかっただろう。途中で心臓か血管を破裂させてそこまでだったはずだ。


 静香と栄華の状態も把握して、何が使われて何が使われていないのかの差異も完全に把握し、必要な呪具があればその場で作成していた。それを埋め込み、効果の反作用を起こして身体の反発を防いでいた。

 もはや最後は意地だった。栄華の命などどうでもいい。だが呪術大全という日本初の医学書を作った者としての、医学と呪術に反発するこの賀茂家の研究成果とやらを破壊したくて堪らなかった。


 法師は呪術という、確かに人間に毒となる術式を産み出したが。それはあくまで人間の抑止が一番の目的。人間の心がどのようなものか知っていたからこそ、即座にできる刑罰目的で作られたものだ。

 そしてそれが妖にも有用なので護身用に作ったというのに、今では人を貶めるものへと成り下がった。


 ふざけるなと。だから貴様らはそこから進化しないのだと憤った。

 これはつまり、法師への反逆だったのだ。その挑戦を真っ向から受けただけ。

 そして日が沈んで一時間。栄華の脈拍も呼吸も安定した。


「経過観察を一週間。この女の素体の検査は引き続きやっておけ。もし脈か呼吸に変化があればひとまずは通常の患者と同じ処置を。もし霊気に異常があれば鎮静剤を使え」


「はい!ありがとうございました」


「お前たちもご苦労。さすがは私の末裔だ」


 その言葉をもらった医者や看護師は魂が震え、しばらくの間目頭を熱くしながら頭を下げ続けたという。


次も三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。あと、評価とブックマークも。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわあこれ言われるともう感極まっちゃうよね 1000年前の人だしなぁ
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