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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
7章 神の縫い止めた災厄
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エピローグ2 熱

避難した先で。


 宮崎県にある大きくはないが、広く整った由緒ある旅館。最初の日に泊まったホテルは完全に洋風だったが、姫さんが急遽用意してくれた宿はどこからどう見ても和風の旅館で、しかもスイートルームに等しい最上級の部屋を。

 朝早く訪れたというのにすぐに案内してくれた。ミクがぐったりしていても深い事情も聞かず、誰も通さずに近寄らせないでくれという頼みも二つ返事で了承。この辺りはさすがプロだった。


 ミクを布団に寝かしつけてからは、まず吟様にお礼を述べると山で言われたようにすげなく返されてしまった。次に姫さんに今回の諸々について電話でお礼をするとそれもいつものように軽く流されてしまった。それはいつものことなので、俺も毒されそうになったけど、お礼を言わないことは違うのでちゃんとお礼を言った。彼女たちにも思惑はあるんだろうけど、助かっている事実は変わらない。

 そうしてようやく八神先生に連絡をした。


「朝早くにすみません。今大丈夫ですか?」


「ああ。今どこにいる?」


「宮崎県の神仙という旅館にいます。部屋を取ってタマをここで休ませています。体力の消耗が激しくて。明日の朝にはそちらに戻ります」


「そうか。住吉と賀茂は帰ってきた。それとこっちは事態がどう動くか不明だからホテルで待機だ。騒動が収まったと判断されたらすぐに京都に戻るからな」


「わかりました。タマにもそう伝えておきます」


「……賀茂のことはそこまで深く考えなくて良い。土御門が大方話してくれたよ。賀茂本家のやってきたこととか、賀茂の状態もな。最善の選択だったとは思わないが、その場でできることだったと思う」


 俺は実際その場にいなかったからどうなんだろう。ミクが賀茂の魂をちゃんと送ったということは聞いた。最後に彼女にかけられていた術式も、彼女の意思を尊重するものだった。彼女が何も考えられない状態だったら時間稼ぎはするものの、近くにいた誰かの術式を阻害するものではなかった。

 彼女の人生は悲惨だったが、それでも味方になってくれる人はいたということだ。


「明日駅に着いたらタクシーを使うように。あと何かあるか?」


「明日タマ用に個室を一つ用意してもらえますか?その方が俺たちとしても看病しやすいので」


「ん。わかった。那須にはお大事にと伝えておいてくれ」


「はい」


 何も聞いてこなかったのはわかっているからか、配慮ができる人だからか。人、じゃないんだろうけど。携帯の通話を切るけど、どこまで頼って良いものか。いくらゴンのお墨付きがあるとはいえ。

 ミクの容体は変わらない。これ以上打つ手なし、が正しい。蜂谷先生に診せても処置無しとしか言われなさそうだ。京都に戻ったら絶対病院に連れて行くけど。

 呼吸も安定してきた。汗をかいているわけでもなく、でも高熱は続いている。それに尻尾と耳を自力で隠せていない。チェックインする時は俺が隠行を使って隠したけど、ミクは今日常の何かもできない状況だ。


 力が入らないようで歩くこともままならない。ミクが増えすぎた神気に慣れるには数日必要だろう。いや、これは甘い見通しだ。ミクの神気は神に等しい。今までそんなに酷いとは思わなかったのに、今回は酷いと断言できる。宇迦様に会いに行った時以来の大きな変化だ。前も相当量の霊気を持っていたのに、今はその霊気が霞むほど神気が増えている。

 霊気が神気に置き換わったわけじゃない。神気が増えすぎて、膨大な量の霊気を感じにくくなっている。俺の何倍もあった霊気が霞むなんて、それだけ大きな変化だったということだ。


「明様。おれは少しクゥと外に出ていますので。式神たちも一旦下げます。あなた様は珠希様の隣にいてください。必要な物を式神に用意させますので」


「ありがとうございます」


「金蘭からの伝言ですが。やはり時間を置くしかないそうです。ただ十日もすれば安定するだろうと。それまでは安静に、とのことです」


「わかりました。金蘭様にもお礼をお願いします」


「おれも式神で言伝を受けただけですので、明様の再会が早いかと思います。それでは」


 それだけ言って、吟様含む式神たちは全員出ていった。俺はミクの布団の脇に座って、ミクの手を握った。

 手からも熱と溢れんばかりの神気を感じた。さっきまでの戦闘で俺とゴンが全力戦闘が半日できるほど神気を吸い出して、瑠姫と銀郎に分け与えてこの状況だ。これからも俺たち総出で吸い出すけど、それだって限界がある。


 ミクの身体が慣れるのを待たないといけない。その間に俺がやれることなんてほぼない。

 いくら強くなったって、好きな人が近くで苦しんでいる時に何もできなかったら、意味がない。

 俺は──無力だ。


「ハルくん……」


「ミク、大丈夫か?してほしいこととか、欲しい物があったらすぐ言ってくれ」


「……ハルくんは、わたしのこと、すきですか?」


 ……何を今更なことを言ってるんだ。どれだけ時間をかけて想って、どれだけの言葉と行動を重ねてきたんだか。


「ミクのことが大好きだよ。愛してる」


「ほんとう、ですか?」


 涙目でこっちを見てくるミクは何を思ってそんなことを聞いてくるんだろう。何か心配するようなことがあっただろうか。

 俺じゃなくて、ミク自身の状況だろうか。

 そんな心配を吹き飛ばす方法なんて一つしか思いつかなくて。だから俺はそっと唇を重ねる。

 触れる唇もすごく熱くて心配になる。風邪じゃないにしても、熱すぎる。それだけ今ミクの身体は頑張っているということ。


「何を不安に思ってるのかわからないけど、俺はミクのことずっと好きだよ」


「でも、わたし……。自我がなくなっちゃうかもしれない。わたしがわたしじゃ、なくなっちゃうかも……」


「ミクは狐に負けないよ。……八本目になって不安になった?」


「……はい。今まではもうちょっと大丈夫だと思ってたんですけど……」


「もし九本目が生えて。ミクの自我がなくなったとしたら。俺が必ずミクを掬い上げるから。だから、不安にならなくて良いよ」


 その方法はまだわからなくても。たとえ先人の教えが何も役に立たなくても。

 ミクのことはミクのまま助け出してみせる。たとえ何年、何十年かかってでも。


「それじゃあ、足りません……」


「足りない?」


「わたしに、ハルくんの全てをください。約束だけじゃなくて、わたしの自我がある内に、幸せな想い出(キオク)を、ください」


 ミクに袖を掴まれてミクの上に覆い被さるように重なってしまった。しかも両腕が背中に回されている。

 まさか。たった一つ、あることが頭に浮かんで全身に熱を帯びる。

 ミクの顔を横からチラッと見てみるけど、その考えが間違っていないようで耳まで真っ赤になっていた。


「えっと。そういうこと?」


「……はい」


「初めては痛いって言うし、凄く体力使うらしいけど……」


「待てません。不安なんです……。わたしが覚えていられる内に、お願いします」


「……なるべく、優しくするから」


 それからできるだけ、持っている知識でどうにか。ミクに負担をかけないようにできるだけのことを、した。

 途中ミクの尻尾や耳に手が伸びた時は自分の在り方がどうしようもないと苦笑も漏れたけど。

 今隣で安らかに眠っているミクを見て。苦しそうじゃない姿を見てひとまずは安心した。


 でも油断はできない。何がきっかけで最後のトリガーとなるのかわからないんだから。

 まだ昼前だというのに嫌に疲れてしまって。それでもミクの熱を感じたくて。

 汗でちょっとベタつきながらも、柔らかく暖かいミクの身体を抱きしめながら瞼が落ちていった。


これにて7章は終わりです。

8章「家の呪縛・終わりの始まり」でお会いしましょう。


次は新章の都合もあって三日後に投稿します。

感想などお待ちしております。あと評価とブックマークも。


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