エピローグ1 土蜘蛛動乱
朝日昇る。
結論を言おう。明はよく持ちこたえた方だ。神に近しい存在に、日没から明朝まで戦い抜いた。珠希の神気を併用し、ゴンの力が増大していたとはいえ、これができる存在が世界にどれだけいるか。
方舟の騎士団最高戦力のキャロルが真実に気付いてしまったために、彼女は碌に力を使えなくなった。それも付け加えて、この龍に敵う存在が減ってしまった。
朝日が昇った頃、ヴェルニカに気絶させられていた戦闘員たちが救助部隊に助けられて目を覚まし、山頂に辿り着く。そして彼らが龍・ケンタウロス・ヴェルニカを囲っていた。
「また羽虫が増えた……。そこの者も限界だな。飽きたぞ、友よ」
『力の方はどうだ?』
「天狐と神に成り上がった狼のおかげでほとんど戻ったと言ってもいいだろう。お前は途中から見学していたが、どうだ?」
『まあ、こんなものだろう。これ以上はゆっくりと馴らせばいい』
「では行くか。そこな星々の渡り鳥。貴様も来るのだろう?」
『良いのですか?』
「ああ、貴様なら増えても文句は言わんさ」
ヴェルニカは正式に許可が降りたことに喜び、ケンタウロスの後ろを歩もうとする。それを阻もうと、一人の魔術師が魔術を発動させた。
彼らが世界の災厄であり、仲間を殺されたという事実は変わらないからだ。
「待て!軍曹の仇!」
『ああ、もう。ちょこざ──』
応戦しようとしたヴェルニカの伸びた爪。放たれた炎の弾丸。それらがぶつかる前に、彼らの間に影が降り立つ。
その者は無手の左手で炎を受け止めて消し去り、右手は腰に差した日本刀を抜いて伸びる爪を受け止めていた。陰陽師でも異能者でもない人間が、異能を素手で受け止めたことに驚愕が広がる。
もっとも、その人物のことを知っていればそこまで驚きはないが。
銀色の髪を短く切り揃え、日本刀と小太刀を腰に差した昔ながらの着物を着た人物。その鋭い目は歴戦の戦士を思わせる輝きだった。
「ここまでにしてもらいましょうか。これ以上沙汰を増やされても困る。海向こうの方々。無駄死にされても構いませんが、日本で死ぬのはやめていただきたい。勇敢に戦った若者を助けるのではなく戦火を広げるなど、愚の骨頂だ」
「な、何者だ⁉︎」
「日本でも有名ではないので知っているかわかりませんが。安倍家筆頭式神、吟。難波家次期当主の救援に参上した」
『おー、あなたが。これは失礼したのじゃ』
誰だかわかったヴェルニカは爪を引っ込める。吟はそのことに満足したのか、明の下へ行き、彼の前でひざまづいた。
「明様、遅くなり申し訳ありません。あなた方の救助に来ました。天海瑞穂の名で宿をとってあります。珠希様を休ませるべきかと」
「私に様とつけないでください。あなたは安倍晴明に仕える方でしょう?私は難波の者です」
「ええ。唯一あの方の血を継ぐ者でありますから。本当は金蘭を呼ぶべきでしたが、姉は難波の地で別件に当たっておりまして」
「……わかりました。ゴン、タマを運んでくれ。瑠姫も上に。俺と銀郎は下を行く。吟様、案内お願いします」
「おれにこそ、敬称は不要ですが。……行きましょう」
明たちは吟を先頭に走り去る。それを見ている内に、龍たちも空高く上がっていた。ケンタウロスをヴェルニカが抱えて空に浮かんでいる。
その光景はとても信じられるものではなかった。
『どうされるので?』
「日ノ本を一周するか。その後お楽しみと洒落込もうじゃないか」
『随分と変わったからな。面白いかもしれんぞ?』
そうして三体は山を降りて、たった三日で日本を一周した。所々で宴を開いて、妖たちとどんちゃんしたくせに三日で巡ってみせたのだ。しかもその宴を平然と街中でやったりしたので陰陽師が出動するが、誰も止められなかった。
唯一の救いは死者も建物などの物理的被害も出なかったことか。
この三体と妖たちが好き勝手パレードをしたことで「土蜘蛛動乱」と呼ばれどこに出没するかわからないので交通網も都市機能も三日間ストップ。姫が主犯格は土蜘蛛、そして三日後日本一周を終えた三体が海外へ出発したことを確認してこの騒動の終わりを宣言した。
死者、六名。
キャロルたちは京都に撤退してきて、本部にて報告書を書いていた。
未帰還者一名。その者が特殊すぎた。
「まさか軍曹がバンピールだったなんテ……。気付いてたノ?」
「それこそまさか。種族を偽る魔具なんてこちらとしても予想外だ。ということで今は抜き打ちの検査を行っている。……しかし映像も音声も不鮮明だな。軍曹とV3が交戦するまでは鮮明だったのに」
「V3の能力かもネ。異能や電子機器に対する妨害工作くらいできそうよ、彼女」
キャロルと日本支部長のモランは今回の一件についての報告を受けるというていで密室を作って話し合っていた。
手元にはV3のデータと軍曹──グレイブ・トリントンの資料。そして映像として先日の戦闘記録を見て、彼らは椅子から立ち上がる気力をなくした。
V3とグレイブの規格外な近接戦闘、そしてバンピールとしての回復能力などの固有能力に、V3が見せた終盤の意味不明な力の数々。
全てを弾く障壁に、身体の中から出した剣。身体を灰にしてしまう強力な武器、それを戦い終わった後は無造作に捨てて光の粒子へ変わっていき、見付けることもできなかった。
彼らの組織が誇る二千年の歴史からしても、確認できない事象の数々だった。V3固有の能力と割り切ることは簡単だが、対応策は何も浮かばなかった。これから先も敵対する相手が敵わない強敵でした、では終わらせられないのだ。
彼らは、人類の守護者なのだから。
「これは本部に送って、向こうにも考えてもらいまショ。結論なんて出やしないワ」
「全ての魔術を知る君でもわからないのか?」
「あくまで魔術だけだし、異能や体系が異なるものはわからないワ。そこまで万能でもないノ」
「だろうな。万能であれば、グレイブの正体もわかっていただろう」
「……軍曹の葬儀はどうするの?」
たとえバンピールという倒す側の存在だったとしても、彼は組織の一員だった。ともすれば、弔うことも考えなければならない。
身体が灰になってしまっても、遺品など碌に残っていなくとも。仲間はきちんと送り出すべきだ。
「上は組織の一員だったこと、貢献度から行う予定だということだ。ただし参列者は日本支部の数人と幹部だけ。奴の家族もバンピールとすると連絡はできないだろう。君はどうする?」
「……パス。今日本から目を逸らせないでしょウ?」
「そうだな。身体の方はどうだ?」
「何で今まで気付かなかったんだろうっていう変化が起きてたワ。今は右腕よりも左腕の方が長いノ。それに先日から三cmも背が伸びたし、精密検査をしたら骨密度が増えてタ。……ワタシの身体、どんどん浸食されてル」
「その辺りも調べ直しだな。本部に資料を請求するか。……方舟はいずこに。人類の夜明けはどこにあるのだろう……」
大切な人を失っても世界は続く。太陽は昇り、沈む。
カラカラと、静かに音を立てて。
次も二日後に投稿します。
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