5−2 最適化
とある神の変化。
神の御座。力のある神が持つ自分だけの社、及びその集合群。宇迦神のように独自の神社を持っていれば神の御座も独立していることが多い。日本神話──古事記や日本書紀などに記述のある神々は自分だけの社を持っている場合が多数だ。
そんな力のある神、葦那陀迦神の社は絶賛震えていた。大地震が起こったかの如く揺れ続け、様々な物が棚や机からこぼれ落ちていった。神の代物なので床に落ちた程度では割れたりしなかったが、その揺れは少々危険だ。
葦那陀迦神自身も揺れが収まるまで作業台として使っていた机の下に潜り込んでいる。
「ヒィ!こんなこと、法師が世界を変えて以来……。いや、今の方が規模は大きい……!」
彼女の神の御座は紫と土色が混ざった、永遠と地平が続く風景を模していた。それが良い具合に混ざっていたのだが、今は夜明けのように光がそこへ降り注いでいた。揺れと同時に彼女の社は侵食されていった。
いや、正確には。
遥か昔の様に、戻っていた。
彼女の役割は黄泉の国と地上のバランス取り。神の世界と地上を管理する者もいれば、死後の世界と地上を管理する存在もいる。
葦那陀迦神は神の御座だけ神の世界に置き。平時は黄泉の世界に居を構え。黄泉の国を管理しながら地上に目を向けていた。
日本の有様が変わって一千年。ようやく地上に蔓延っていた怨念が何とかなって折り返しの五百年が終わって、地上の平定を済ませていた頃。また日本人は戦争をして死者が一気に増えて、泣き言を言い終わって落ち着いた頃にまた法師によって世界を変えられて。
実は怨念が何とかなった頃も戦国時代という内ゲバで悩まされていた、とにかく可哀想な神だが。
今回は自分の所業でこのような事態に陥っていた。
天の逆鉾は、彼女が放った物だ。
「ああ、神気が満ちていく……!これ、また死者が増える前触れじゃないよね?どうにかしなさいよ!晴明!」
八つ当たりを空に向かって叫ぶが、その願いは神でも叶わず。
神の御座に返還される神気は全てを許容するために神の御座の拡張を始め、その変換のために揺れ続けているのだ。天の逆鉾という神にも匹敵する存在を封印していた神の遺物でもかなり破格の物。葦那陀迦神が自身のリソースを割いて作ったまさしく権能そのもの。それが神の御座に戻るとどうなるか。
彼女の力が、主神級に戻るのである。
今まではあまり有名ではない、だが日本神話に残る神として認知されてきたが、それはもう有名な神と同じほどの力を取り戻すのだ。リソースを割ってこじんまりとしていた神の御座に主神級の力が注がれれば、破裂しかねない。
その破裂を防ぐために、急速に拡張を始めたのだ。それに伴って彼女本体の力も戻ってきた。黒髪の映える短い髪に、巫女服のようなものを着ていた彼女は、髪が床に着くほど伸びていき、服も十二単のような何層にも折り重なった服へ変わっていった。
彼女の神性が戻った証拠だ。
彼女が力を取り戻したことと同時に、揺れが収まる。神気の返還は終わったということだ。
「……あの龍、外に出て大丈夫かしら?私たちでも大変なのに……。こうなるって予測していたとはいえ、その日が来るとこうも頭が痛いなんて」
あの龍の恐ろしさは神々の会議で話し合われ、結局封印という形になった。討伐ではなく封印に落ち着いた理由は、討伐の場合神側に犠牲者が出かねないからだ。ケンタウロスと一緒に粘られたら誰かが犠牲になりかねない。
だから未来に丸投げした。
死者を増やされた怨念と、地上の平定を担う者として他の神々の力も借りて、葦那陀迦神が作成したのが天の逆鉾。次にかの者が目覚める時は実力で押さえこめるようにしようと、神々が武具を作ったり対策は立てた。できる限り長い眠りをさせるために、天の逆鉾は堅牢に作り上げた。
それがまさか、表層だけとはいえ人間に抜かれるとは思わなかったが。今回抜かれたことは仕方がないとはいえ。
抜いた珠希の神気は神々も補足している。主神級に匹敵する神気の量、それで術理を理解されていたら抜かれてしまうのも仕方がないことだ。
「だからって、きっかり一千年で抜けますか?大お祖母様……」
葦那陀迦神がそうボヤいてしまうのも仕方がない。あの天の逆鉾は平安の終わりに、抜けると予言されたものだった。実際日ノ本が鳥羽洛陽で没落し、地上に神の恩恵が降り注がなくなって封印が緩まり。
法師が世界を改変したことで神の資格を持つ者が誕生し、神の力を使った。
「ごめんなさい、土蜘蛛さん。今はそれを抜くことはできません。日ノ本は形はそのままに一度滅びます。そこにあなたのお友達が蘇ったら、神も人間も妖も、日ノ本も消えてしまいます。それに、あなたはお友達のために人間を殺しました。……その罰ではありませんが、あと一千年待っていただきます。一千年待って、不当に何者かを殺さなければ。わたしの名にかけて槍は抜けるでしょう」
それが一千年前、玉藻の前がケンタウロスに残した予言と誓約。これをケンタウロスはきっかり守り、そして今。予言の通りに槍は抜かれた。
玉藻の前は未来視に近い権能を用いて未来を識っていた。彼女が権能で識った未来は、必ず訪れた。
だから間も無く抜けるだろうと、予測は立てられていた。法師が動き出した理由もあるのだろうと。
「あーあ。私の管轄、どこか一つにならないかしら?物理的に三つの管理なんて無理なのよ……。神の御座はあっちの神々に任せるとして、地上を見守る神が増えないかしら……。土地神じゃ限界があるでしょうし」
そう憂いても現状は変わらない。神々にはそれぞれの領分がある。その領分を侵そうと思う神はおらず、そうなると新しく産まれる神に任せるしかない。
信仰を得て土地神になる者。何かの条件を得て違う存在から神へ変性する者。それらが領分を意識し、実際に管理するまで成長を待つとしたら何百年かかることか。あまり現実的じゃない手法では結局、葦那陀迦神が管理するしかない。
それに時代が逆巻いたとはいえ、今は土地神が産まれても土地神としての神性を維持するのに手一杯な状況。それらが神話級の神に格上げするのはどれだけ難しいことか。
さっきまでの葦那陀迦神の状態から、信仰をちまちま集めて天の逆鉾で元に戻された今の状態にまで成長しろという無茶振りをしなくてはならない。
さっきまでの状態から十倍にもなった葦那陀迦神の神気。ここまで神気を増やすには埒外な方法を用いるか、神に直接手ほどきを受けるか、神気を使い続けて地力を伸ばすかのどれか。
もう一度、葦那陀迦神はため息をつく。
「地上の細々とした神に支援をする?平安にまで戻った世界ならそれでその場しのぎはできるかも……。そういうこと、上の方々は話してるのかしら?……地上はあの二体が暴れてるけど、今の所問題なし。黄泉の国も、今は大丈夫。一度上に行きましょうか。力が戻った報告もしないといけないし……」
めんどくさそうに葦那陀迦神はゆっくりとした足取りで自分の神の御座から出ていく。いきなり主神級の神が増えたら上としても困るからだ。力を取り戻したためと、取り戻した理由から驚かれることはないだろうが。
彼女は主神級ではあるが、中間管理職であるために、苦労が途切れなかった。
次も二日後に投稿します。
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