5ー1ー2 最適化
恋歌。
龍が前足で銀郎を殴り飛ばす。膂力も筋力も銀郎を上回る怪物。今の銀郎だって通常状態よりはかなり強くなってるはずなのに、それでも一撃で吹っ飛ばされる。着地くらいはできるだろうと銀郎へ気をやらない。今は一つでも龍の動きを止める術式が必要だ。
五枚の呪符を目の前に浮かせて、霊線で結ぶ。浮かび上がらせるは五芒星。
狐火は火だからあまり効かないと思う。狐火以外の大火力の術式はこれくらいしか思い浮かばないのが実情。初めての術式だけどぶっつけ本番だ。
「空の彼方より顕現せよ、境界を穿つ天よりの使者!導く先は天を駆ける赤き天災!神が恐れし暴力の化身!今一度、神の雷を受け給え!春雷奉天‼︎」
雲も出ていない空だけど、その空から雷撃を叩き落とす。誰が考えついたんだかわからないけど、雷は元々神の権能とされてきた。それをできうる限り再現した代物は陰陽術の中でも破格の威力を叩き出す。
龍の頭上から全身を貫くほどの大きな雷を落とし、翼が焼けたのか落ちてくる。それを見逃す銀郎ではない。吹っ飛ばされたのも束の間、もう距離を詰めて斬り刻んだ。
「グオオッ⁉︎」
これには流石の龍も呻き声を出す。銀郎が攻撃を続けるのを邪魔しないように、俺は呪符全てを取り出してばら撒いた。数枚を風で操ってミクの元へ。後は全て俺の前と龍の近くに。
「陰陽流転!春の詩・気転簒奪!」
呪術でミクの神気を吸い取る。普段使いできない術式だ。これは四つの術式を連続して使わないと発動しない呪術。ミクから大量の神気が俺に流れてくる。
この術式を考えたAさんはだいぶロマンティストだな!
「夏の歌・不流退転!」
奪った神気を俺に全部蓄積させる。これを放出することもできるが、まずは俺に纏わせる必要がある。さっきまで使った神気を補充しないといけない。
俺の身体に残しつつ、俺では受け止めきれない神気は全て呪符を通して全ての呪符へ垂れ流す。どれだけ増えたんだ、ミクの神気は。俺の十倍、いやそれ以上か……?こんなに増えたら、立っていられなくなるのも道理だ。
「秋の唄・夢想幻想!」
俺に集まった神気が空へ向かう。その神気が霧散して、雲を作り上げる。
星は隠れてしまうけど。月の光は陰ってしまうけど。これは作った人の心そのものだから。
黒い雲はすぐに土砂降りの雨を降らせた。雷も鳴り始めて、辺りを更に暗くする。
彼の心は、好きな人に届かなかった。どうしても、息子としてしか見られなかった、そんな最愛の人を。ただ見守ることを選択し、後悔した一人の想い。
「冬の譜・創造楽土!」
忘れられない想い。愛し合う二人を、見守ることしかできなかった彼の恋文を、代わりに奏でるのは間違っているけど。
気付いて欲しくて。
「終焉・玉藻の前!」
「ガアアアアアアアアア⁉︎」
龍の周りにあった呪符に神気を送って、呪術による結界を張った。毒に幻術、呪いに痛みの増幅。
他人から、もしくは霊脈や龍脈から霊気や神気を奪って、それを自分に取り込み神の権能を一つ用いて、誰かに全ての呪術をぶつける呪術の最高術式。術者も奪う対象も最高峰の陰陽師、または多大な霊気・神気を含んだ存在を対象にしなければ途中で瓦解する術式だ。
龍の足止めができている間に銀郎の傷を癒していく。全ての攻撃に神気が含まれているから、ただのぐーでもかなりのダメージだな。
『坊ちゃんもえげつないことをしますぜ……。あの男にバレなきゃ良いですね?』
「バレたらその時だ。銀郎にはあの呪術の嵐は効かないから、徹底的に攻撃していい」
『そりゃあ良い。全然攻撃食らわないで一方的にやられたの、結構腹立ってるんで』
『おお⁉︎龍が苦しんでおる!坊もやるのう!』
銀郎が突っ込んでいくと、ヴェルさんが俺の近くに降りてきた。空を飛んできたよ、この人。人じゃないにしても、どういう種族なんだか。
龍はまだ幻術にかかっているようで、銀郎が斬りかかっても反応がない。別の方向を見ている。できうる限りの呪術を叩きつけてるんだから、どれをどう対処すれば良いのかわからないんだろ。数千年封印されてたんだから、陰陽術なんてわかんないんだろうし。
『龍の方も八割方力を取り戻しておるのに、それをあそこまで追い詰めるとは。わっちの目は間違いじゃなかったの。あれだけの呪術、使えるのは先々代麒麟とあの術式を作った法師くらい?』
「そこまでわかるんですか……」
『日本のことは結構細かく調べたのじゃ。あの狼に天狐を使役しているに飽き足らず、ここまで陰陽術の深淵に至るとは。坊もわっちのように到達者になれるかものう』
「到達者?」
『ま、それはぼちぼちにの。いやー、ホント坊とそっちの娘には感謝しかないのう!龍を目覚めさせて、本当の力を取り戻してくれるアフターサービス付きじゃ!』
「そのアフターサービス、強制なんですが」
目覚めさせるだけの契約だったっぽいのになあ。どうしてこうなった。
不測の事態なんでAさん怒らないでください。怒るならこの三体に。
『ケンタウロスの旦那もあの小娘のおかげで昔の力を取り戻せそうじゃし。まー、あの男連れてきたのはマイナスじゃけど。うーん、差し引きはマイナスじゃ』
「もうキャロルさんの組織は倒してきたんですか?」
『殺したのは一人だけ。あとはそこら中に転がってるだけじゃ。わっちはこれ以上手を出さんから安心しい』
今手を出されたら確実に俺が死ぬ。それはありがたいけど。
賀茂以外にも死者が出たのか。……冥福を祈ります。
『あ、坊。そろそろあっちに集中するのじゃ。あの結界、破られる』
「え?」
まだ十分も経ってないのに、龍に施した結界がビキビキと音を立て始める。嘘だろ。人類最高峰の術式が、十分保たないなんて。
パキン!という音と共に、龍は拘束を抜けて上空へ飛び立った。規格外の存在って、本当に理不尽だ。
「ワハハハハ!素晴らしいな、人間の混ざり物!この我をこうも不覚に陥らせるとは。賞賛しよう。人間の技術も侮れん」
「お褒め頂き光栄です。それで朝まで粘ろうと思ったのですが」
「それには及ばないな。こういう感覚をズラすものは我のような感覚が鋭い者には効きやすいと思うだろうが、逆だ。鋭すぎて違和感に気付き、突破される。だが初めて味わう感覚だった。お前は強者だ。誇るが良い」
そうは言われても、突破した存在がその術式を褒めてもなあ。銀郎も一旦撤退してくる。仕切り直しになった。
神気はミクから奪ったからまだまだ余裕はあるけど。
「して。そこの人もどき。なんだ貴様は」
『あ、ケンタウロスの知人です。あなたを復活させるためにちょっと手伝った者じゃ。ご友人からあなた方の喧嘩の見学を許可されてまして』
「ふうん?お前も我と戦うか?」
『イヤイヤ。今はこの坊が。わっちは遠慮します』
そう言ってそそくさーと去っていくヴェルさん。あの人もあの龍やケンタウロスと戦えると思うけどな。
そんなヴェルさんの代わりに、大きい存在が俺の隣に。このモフモフしたい感じはゴンだ。
いつもの四割増しで大きいけど。
「ゴン、どうしちゃったの?」
『珠希の神気を吸ってたら身体の方が抑え効かなくなった。あとは瑠姫に任せておけば良い。峠は越えた』
「そ。じゃあここからが本番ってわけだ」
俺の式神が揃い踏みで、神気も消耗した分以上に受け取った。これならさっき以上に戦える。
いつまで戦えば良いのかわからないけど。もし満足するまでだとしたら早々に満足してもらわないと。峠を越えたとはいえ、危ない状態だったということには変わりない。今は瑠姫が雨避けの屋根と体温調整の結界を張っている。
できたら屋根のある場所で休ませたい。そのためにもう一度、挑もう。
次も二日後に投稿します。
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