4ー4ー2 封印の解けた先での決戦
地雷。
軍曹の企みはそう上手くいかない。接近戦のスキルはどうしても身体能力に依存する。その身体能力に大きな隔たりがあるため、特殊な装備を用意しても埋まらない差があった。絶対的な差は、小細工で埋まるものではない。
軍曹の身体能力はバンピールでは高い方だが、吸血鬼では並が良いところ。バンピールは人間の血のせいで吸血鬼よりも能力が劣る場合がほとんどだ。ヴェルニカが特殊すぎるだけで、生物としての構造は混ざり物よりも純血の方が優れている。バンピールも吸血鬼の弱点である太陽の影響が少ないなど利点もあるが、戦うとなると人間と混ざらない方がいい。
酒呑童子のように龍と鬼という、強者同士の間に産まれた存在は強者として君臨するが。人間は基本的に生物としては弱者だ。その弱者との間に産まれた弱き者は知恵を振り絞るしかない。埋まらない差は身体能力以外の何かで埋めるしかないのだから。
では経験はどうか。軍曹も世界を渡り歩き、組織に入ってからも数々の戦闘をこなしたが、ヴェルニカの経験値には劣るだろう。王女であった頃から他国の戦争に駆り出されて最前線を駆け抜けていた。国から出奔する時も四つの国を落としつつ、吸血鬼を全て殺し、覇王として名を馳せていた当時の王を殺している。ここ百年は大人しかったが、吸血鬼が一斉蜂起した際にはその時も全ての吸血鬼を殺している。
吸血鬼殺しとしては、破格の経験を持っているヴェルニカ。一方軍曹は彼女と同等の強敵と戦ったことがない。そんな存在が暴れて組織に情報が来ることがまずないこと、組織に入るまでは情報収集がメインで戦うことが少なかったこと。
つまり経験でも敵わない。
細工と言っていい武器はどうか。トンファー二つの特性はバレて、それもヴェルニカに通じるような破格の物ではなかった。今も押されている。
かと言って、ここで諦めるようなメンタルをしているわけではなかった。
軍曹はどうにか爪の連撃を躱すと、そのまま左手側のトンファーを投げつけた。ヴェルニカは簡単にそれを後方へ弾き飛ばすが、その間に軍曹は腰に用意していたサブマシンガンを取り出せた。それをヴェルニカへ放つが、ヴェルニカは手を広げて爪を剣の形からただの五本の線へ変えた。
ばら撒かれる弾丸。それを両手を振るうことで弾くヴェルニカ。
『毒?神経毒に睡眠剤、魔力阻害に酸もあるわね。また銀色の弾丸も用意して……。これ、通用すると思ってる?』
『さて。あなたがどこまで吸血鬼と違う身体なのか、こちらも検証が出来ていませんので。半分は人間なのでしょう?』
『このかた、病気になったことなんてないのよねえ。ねえ、毒とか風邪とかって苦しいの?』
『ええ、辛いですよ。ですが、辛いからこそ、看病もしてもらえる。そういう辛さも優しさも味わったことのないあなたには、家族の絆などわからないことでしょうが』
ヴェルニカは放たれる弾丸に込められたものをその眼で看破したが、どれもこれも通用しないものだった。触れることで効果が発揮されるタイプや、空気中に散布されることで作用を起こす毒も、人間を辞めており、生物としても超越しているヴェルニカには効果がないものだった。
大きな動物だろうが、クリーチャーだろうが昏倒させる毒も、地球上の全てをそうあれかしと受け付けてしまうヴェルニカには、通用するはずもない。毒もワクチンも彼女にとっては同じだ。地球を汚す物質も、彼女がオンオフを設定すれば通用することもあり、通用しないこともある。彼女が風邪を引こうと思えば風邪の症状も出るし、毒殺を良しとすれば毒で死ぬこともあるだろう。
彼女が戦闘中は毒を受け入れていないので効かないが。だからと言って治療薬を撃ち込んだとしても、それがヴェルニカの身体を冒すことはない。
星に選ばれたということは、星のルールすら通用しないということなのだから。
そして、彼女の動きが止まる。それはいかにも不自然だった。軍曹は警戒を解かずじっとヴェルニカを観察していたが、そのヴェルニカは顔色を悪くしながら左手で口元を抑えていた。
(毒が効いたか?毒を精製する魔術師に作ってもらった新種の毒だから、今までの想定とは異なるだろうが)
ヴェルニカは全身を震わせていた。それを見て軍曹はサブマシンガンの弾倉を変える。やっと見えた勝機だ。全て新しく作ってもらった、精製した本人にしか解毒剤を作れない毒まみれの弾を装填する。
たとえ強大な存在でも通用するものがある。それがわかって、軍曹はこのまま押し続けようとサブマシンガンを構えた瞬間。
その場を、先程まで支配していたものを遥かに超える殺気が充満した。
『……そう。吸血鬼でもバンピールは違うのね。あんな吸血鬼と違って家族とか作れるんだ?ふうん、そう』
確実に隙だった。ヴェルニカはまだ震えているし、焦点が定まっていない。攻めるならここだった。
なのに足も指も。一歩も動かせなかった。
『あなたはどっちが吸血鬼だったのかしら?あの国にいたのなら、やっぱり父親?母親に愛されたのね。こっそり作ったと思ってるバンピールの里で甘やかされて育ったのね。ただ力がなかっただけなのに』
『……何?』
『あなたたちが弱いから、傷の舐め合いをしていたんでしょう?吸血鬼に殺される程度の力しかなくて。愚王に楯突く力も意思もなくて。それで良しとしたんでしょう?羨ましいわ。そんな微温湯に浸かって、世界の片隅で過ごしていけるんでしょう?何も知らずに、終わりを知らずに健やかに暮らしていけるんでしょう?所詮この星に縛られた、哀れな生き物ね』
『哀れ?星があるから生きていられるのは万物そうだろう!あなたとて、この星に生きる一個の命のはずだ!』
『もう、そんな頃は終わったのよ。そんな無自覚でいられた時は。……ええ、本心よ。無垢で、愛されて。羨ましいわ』
ヴェルニカの身体の震えは止まっていた。代わりに撒き散らされる殺意の暴風。耐性のない者だったら泡を吹いて気絶するか、心臓を本能から停止させかねないほどの殺気。
軍曹の両脚も震えていた。本能が知らせる、逃げろと。手を出すべきではなかったと。バンピールにとっての天敵は、そのまま放置してくべきだったと。
藪蛇に突っ込んだのは、死ぬ覚悟では足りなかったと。
『何?超生物は人の心がわからないと思った?優しさとか辛さとか理解していないと思った?……そうだったら、わたくしは父親を殺していないわ』
軍曹が地雷を踏んだと思っても時すでに遅し。彼女の膨れ上がった感情はそのまま直にぶつけられる。
彼女にも人間の母がいたことを、失念していたわけではないだろう。それよりも自分たちを救ってくれなかった。今も殺そうとしている。その固定観念が先に来てしまい、思いやれなかった。
散々人間らしいと思いながらも。圧倒的な力は心を隠してしまう。本質を塗り潰されてしまう。
恐怖や使命は時に、真実を覆い隠す。今回はヴェルニカの心を見失った。父はともかく、母のことを愛していたということを。人間の機敏に敏感な、心を持つ怪物だということを。
『わたくしがバンピールだって忘れてた?わたくしは地面から、星から産まれたわけではないのよ?大っ嫌いな父親と、大好きな母親がいたの。吸血鬼は皆、母が死んで謀反を起こしたって知っていたけど、半端者は知らなかったかしら?』
そんなことはない。バンピールでも知っていた。軍曹が調べて里にも伝えたことだ。
その在り方は幾星霜経っても変わっていなかった。彼女は吸血鬼として生きながらも、人間の心を失っていなかった。強大な力を従えながらも、その力に溺れなかった。
だからこその到達者。星が、大地が、海が選びし愛し子。
『だから半端者も嫌いなのよ。人間との間に産まれながら、人間の心を持っていない。吸血鬼には敵わないと自虐して、諦める。のくせに防衛本能だけは立派で、こそこそと人様に関わってくる。でも何かあればわたくしに泣き言を言ってくる。……泣きたいのはこっちなのだけど?好き勝手生きて何が悪いわけ?吸血鬼が嫌いだから、国を滅ぼしたのに。王になれだの、統率してくれだの、殺さないでくれだの。ワガママばっか言って、自分たちで解決できないで』
放っておいてほしいからヴェルニカは国を捨てて、もう戻らないようにしていたのに。感知能力も全開にして吸血鬼から避けてきたのに、向こうからやってくる。
そういう意味ではケンタウロスの脇は楽だった。吸血鬼の王として求められず、そこにいるだけの彼女を許容した。
彼女が欲したのはそんな平穏だったのかもしれない。そしてその平穏を貰ったお礼として手伝っているだけかもしれない。
(もしかしたら。わたくしはあの方に父を見ていたのかもしれないわ)
だからこそ、その平穏を崩しに来る吸血鬼たちが嫌いだった。吸血鬼は良くないものを運んでくる。そのくせに倒すのは面倒な能力ばかり持っていて、それも彼女に与えるストレスの原因だった。
嫌な敵を殲滅できる快感さと平穏を崩そうとする悪辣さ。ストレスの差し引きはマイナス寄りだろう。それほどまでに嫌悪するのが、彼女にとっての吸血鬼だった。
次も二日後に投稿します。
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