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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
7章 神の縫い止めた災厄
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4ー4ー1 封印の解けた先での決戦

森での戦い。


 秋の森に金属音が響き渡る。

 片方は吸血鬼として伸ばした爪を。もう片方は人間の叡智たる技術と異能で作られたトンファーをぶつけ合っていた。

 吸血鬼そのものの身体能力が高いこともあるが、ヴェルニカはその吸血鬼でも破格の身体能力を誇っている。身体能力がそのまま爪などの殺傷力になるのだから、ただ爪を重ねただけのそれはどんな名刀よりも切れ味は鋭かった。


 そんな爪を受けても斬れないトンファーは、かなりの硬度で作られていることが見て取れた。

 もう何合も打ち合っている。それでもトンファーは亀裂が入るどころか欠けることもない。超常生物たるヴェルニカと戦うことを想定して作られた最高峰の武装だった。


『アハッ。人間に媚び売って作ってもらった武器は凄いわね。わたくしと接近戦をするためにそんなものまで用意してたの?』


『ええ。どんなクリーチャーよりもあなたの方が厄介だと感じた。ここまでの武器を用意するには苦労しましたよ』


『神具でもないのに、不思議ねぇ。いや、神具となると一兵卒には与えられないでしょうから、神具に準ずる程度でしょうけど。ああ、いや?違うわね?破壊不可の術式を込めているだけ。世界のルールを変える魔術は褒めてあげるわ。神ならざる身で世界を改変した報いを受けるといい』


 先ほどよりも目を細めて、真剣に斬り刻もうとするヴェルニカ。彼女は到達者だからこそ、世界を歪めるものを嫌う。軍曹が用いるトンファーにはそういったものが付与されていた。

 世界を歪める何か。そこには自分も含まれていた。到達者とはつまり、その世界を外側から眺めることができる者のこと。宇宙から地球を見たとかそういう話ではない。そういった視点も持ち合わせているが、彼女は物を見ただけで全てを把握する。できてしまう。世界の脆い部分も、人の隠したい秘密も、物の作られた過程も。等しく透けて視えてしまう。


 神ならざる者が神の視点を得ているのだ。こんな世界の異常(バグ)、自分自身で認められなかった。

 攻撃の速度も強度も上がる。片手で攻撃していたのを、軍曹に則ってヴェルニカも両手の爪を伸ばして斬りかかった。今まで片方でギリギリ受け止められていたのに、両手になり速度も上がると対処しきれず、様々なところに裂傷ができていた。


 破壊不可。不変性。それは神にのみ許された現象。不死も不老も、人間には許されない所業だ。

 それを魔術で再現しようとしたら、素養のある者でなければ必ず、何かしらの負債を負う。もしくは完全ではないかの二択。

 今回の場合は。


『破壊不可ではなく、物体の時間経過の停止ね?時間を操ることも人間には不可能よ。不老と同じアプローチなんでしょうけど、本当に時を止められた魔術師はいない。あくまで遅らせるのが限界でしょう。その証拠に、ホラ』


『ッ!』


 下から掬いあげるような剣閃。それを受けた右腕側のトンファーはとうとう亀裂が入る。武器の劣化を防ぐために物質にかかる全ての自然現象・物理現象の進行を遅らせる遅滞魔術が仕掛けられていたが、魔術及び物体にかかる負荷が限界量を越えれば魔術は霧散する。

 ダムに水がいつまでも降り注げば、溢れてしまうことと同じだ。魔術といえども万能ではなく、あくまで人間に発現した一能力に過ぎない。神の行う権能のような万物すべてに適合される理を敷くことなどできない。完全な時間停止になど、至っていなかったということだ。


 あくまで世界のテクスチャが認めて、それの上でできることを許可されて行使しているだけなのだ。テクスチャを弄れるのは本当に力を持った神と星だけ。人間という星に住まわせていただいている一種族では不可能だ。

 それはバンピールも吸血鬼も変わらない。

 カラクリさえ見えてしまえばどうということはない。そう思いヴェルニカは左側のトンファーも破壊しようとしたが、見事に受け止められてしまった。どうやら同じ魔術をかけた物を二つ用意したわけではなかったらしい。


『こっちは超速再生?吸血鬼の力を埋め込んだわけね?道具を用意することも良いけど、技術が追いついていないわ』


 左腕のトンファーは壊れた部分が再生しようとしている。吸血鬼の骨で作られている物だ。そういう機能を残していても不思議ではない。

 だが、そんな物に頼る戦い方では、真性の化け物相手には敵わない。

 左腕の爪は大振りだったが、それをどうにか弾いた先には右手の鋭い突きが。顔面目掛けてきたものを首を動かすことで回避した軍曹はさらに下からくる蹴りに対処できずに吹っ飛ばされた。


『同年代のバンピールだと思うけど。ただのバンピールね。時間っていう観点から人間よりは動きが良いけど、そこ止まり。個体差って残酷ね』


 ヴェルニカは爪に付いた血を落とすために適当に右手を振るう。その余波でジャギィンという音と共に近くの木が両断された。ヴェルニカ本人としてはただ血を振り落としたかっただけなのだが、戦闘中だからか加減ができていなかった。

 彼女ほどとなると、日常生活での手加減は難しい。陶器などは触れたら容易に壊してしまうし、人間を襲う時だって手加減を間違えるとすぐにスプラッタな死体になってしまい、血を吸う気も失せてしまう。だから食事に困らないように幻術を覚えたわけだが。


 彼女はこの世界でも数えるほどの強者だ。肉体的にも能力的にも技術的にも、星の生物でも頂点。彼女に並べるのは勘を取り戻したケンタウロスと目覚めたばかりのドラゴン。あとは吟くらいなものか。それ以外の存在は表に出てこないか眠っている。

 そんな化け物にただのバンピール一人で勝てるかと言われれば。


『本当に吸血鬼って厄介。肋骨折ろうが、すぐにくっつけてくるんだもの。致命傷以外は治るって反則だわ』


『それはあなたもでしょう』


 軍曹が蹴られた際に折られた肋骨を治してから木々の間から出てくる。戦力差はこの攻防ではっきりしたが、それは諦める要因にならない。

 吸血鬼の能力として、再生はもちろん身体の一部を霧や蝙蝠に変えて攻撃を逸らすという手段もある。だがそれは、相手も吸血鬼だと通じない手段だ。相手にもできることをしたところで簡単に捕捉される。無敵の回避法というわけではない。


 もう一度ぶつかり合おうとした矢先、地面が揺れる。その揺れは大きく、山の上とはいえ噴火活動ではない。ヴェルニカは軍曹を全く警戒していないのか、上を悠然と見ていた。

 視線の先には既に白い槍は消えており、代わりに赤き龍が顕現していた。それを見てヴェルニカはニィと口角が三日月形に上がり、軍曹はその存在に畏怖した。ヴェルニカからすればここ百数十年の悲願が達成できたということであり、軍曹としてはヴェルニカに匹敵するクリーチャーが新しく現れたということなのだから。遠くからでも一目見ればわかるほどの存在感、カリスマ。

 かつて遠巻きにヴェルニカを見た時のように、心臓が鷲掴みにされたような感覚が押し寄せていた。


『素晴らしいわ!なるほど、あれが日本最古の龍なのね。確かにケンタウロスとも匹敵するでしょうし……。あの子、小さい身体でよく頑張ってくれたわ。最高の闘いが見られそう』


『あれの復活が、目的だったと……?』


『そうよ?日本は特殊な土地でね。神々の恩恵も呪いも残った土地なのよ。そこに封印された可哀想な方がいれば復活させてあげるのが情けじゃない?』


『バカな……。あなた方は世界を滅ぼすつもりか⁉︎あなたにケンタウロス、それに龍がいればこの世界で敵う者がどこにいる!』


『いないでしょうね。でも安心なさい。この程度で世界は滅びないわ。神話の存在が世界を滅ぼしかねないのなら、神話の時代にとうに滅びている』


『今は神代(かみよ)ではないのだと気付いているのですか⁉︎今や神代のテクスチャは剥がれている!ただの脆弱な世界でしかないのです!』


 そう叫ぶ軍曹へ、冷ややかな目線を向けるヴェルニカ。

 龍から目を正面へ向ける。その目線は、吸血鬼が人を餌として見る時のような、そんな見下すような視線だった。


『わたくしも産まれは現代だとお忘れ?この程度で世界は滅ばないわ。国は簡単に消えるでしょうけど、星の意思はまだ諦めていない』


『……星の、意思?』


『あら、方舟を守っているのに気付いていないの?やっぱり人間はその程度なのかしら。さっき上へ抜けていった女の子は楽園の鍵でしょう?』


『キャロルが、何ですって?』


『それも気付いていないの?……呆れた。それでよく方舟の騎士団なんて名乗れるわね。あの子が方舟の指揮権を握ってるのよ。方舟がどうなるかはあの子次第ってこと。あなたが一兵卒だから知らないのかしら?それとも組織そのものが?……あなたはここで殺すから、確認できないわね。ザーンネン』


 軍曹は三十年ほど組織にいるが幹部というわけではない。前線にずっといるため昇級などに一切縁がなかった。ヴェルニカを探し、殺すことが目的だったために話が出ても断っていただろう。

 キャロルに関しては近接戦闘については軍曹も教えていた。魔術の暴走の可能性がある危険な子ということは上層部から聞いていたが、暴走させたという話は終ぞ聞かなかった。だから軍曹の中では彼女は優秀な魔術師というイメージしかない。彼が教えた技術もスポンジが水を吸うような速度で習熟していき、良い生徒だという認識だった。

 そんな彼女が、世界をどうこうできる力の持ち主だと言われて、信じられるものか。


『ま、そんな力がないと今もケンタウロスと渡り合えているわけないんだけど。最上級の魔術師、異能者でも一人で戦うなんて無理よ。彼女にはそれができてしまう力があるってこと。全く、酷い運命ね』


 話し合いは終わりだというように、ヴェルニカはもう一度駆け出す。軍曹も意識を切り替えて目の前に集中した。

 心の中でキャロルの無事は祈るが、本人も余裕があるわけではない。迫る剣閃に、飛び出てくる四肢に身体を貫かれないよう、全ての動きを注視して近接戦を挑む。再生能力も無限ではない。貯蔵してある血を媒介にして発動できる能力だ。

 そのストックがなくなる前に、突破口を見付けなくてはならなかった。


次も二日後に投稿します。

感想などお待ちしております。あと評価とブックマークも。

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― 新着の感想 ―
[一言] 陰陽師主体の話だしキャロルとかは初登場時は脇役かなぁと思ってたけど意外と世界設定のど真ん中?に関わってくるんですね……!
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