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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
7章 神の縫い止めた災厄
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4ー3ー3 封印の解けた先での決戦

軍曹の過去。


 私の父は吸血鬼だった。

 邪智暴虐の、しかし私としては顔も知らない男。人を殺し、血を啜り、人を眷属にし。母に会いに来ない存在。父親なんて存在しないと思っていた。それほど家族としての絆は希薄だった。

 大前提として。家族の絆などあるはずがない家庭なのだが。

 その国では様々な実験が行われていた、らしい。当時私は子どもで、全て後から聞いたこと。実感は薄い。


 その国は吸血鬼が支配する常闇の国だった。国を仕切る王も吸血鬼。側近も家族も、その辺を夜好き勝手歩いているのも吸血鬼。人口の三分の一は吸血鬼だったらしい。人間は奴隷として家畜と同じように消耗され、血と汗を流しながら働き、吸血鬼のいたずらで死に絶える。そんな、弱者だった。

 吸血鬼は本来、生殖によって子を為さない。吸血鬼と吸血鬼が結婚して子を作るというのは稀で、彼らにとって子とは眷属だ。血を与えれば子ができるのに、わざわざ一から作るには手間がかかりすぎるというのがそれまでの吸血鬼にとっての主流な考え方だった。


 これに異を唱えたのは当時の王。国を統べる埒外の存在。

 その王は吸血鬼の中でも特殊だった。血を吸うのは変わらないが、吸血種の天敵たる太陽を克服していたのだ。

 私も吸血種だからわかる。半分しか受け継いでいない私ですら、太陽はキツイ。魔術で防いでいるとはいえ、できれば太陽の下にいるのは勘弁願いたいほどだ。肌から溶けていく感覚は今になっても慣れない。

 流水を渡れない、白い杭を心臓に打たれれば死ぬ、誰かに招かれねば家の中に入れない。この辺りは個体によってまちまちだ。白い杭については検証が少ないが、それで死ななかった吸血鬼もいる。吸血鬼の完全なる共通の弱点は太陽の光だけ。それを克服したからこその、王。


 その王が吸血鬼の千年王国を作るとのことで様々な実験を始めた。その内の一つが人間との交配。多種族との交配が主だったが、それでも手頃の相手として近似種の人間がいたのだろう。王自身も試し、そして──吸血鬼の光が産まれた。

 混血児(バンピール)ながら、王のように太陽を克服した超越児。弱点たり得る何かがあるわけでもなく、誰もが新たなる王の誕生を喜び。

 藍色の、太陽の光すら至高なる美貌へと変貌させて他の者を魅了させる道具へと落としうる宝玉のような髪。全てを見通す、そして何かを諦めたかのような漆黒混じりの翡翠の瞳。誰もが、同性までもが羨むプロポーション。

 王から与えられた教養と武。それらを用いた覇王二世。


 吸血鬼は言った。これで我らは安泰だと。

 人間は言った。これで私たちはずっと家畜以下だと。

 狭間の者は言った。これでまた、同胞が路頭に迷うと。

 他国の者は思い知った。あの化け物に逆らうべきではないと。地獄への片道切符を、受け取るしかないのだと。

 それほど鮮明に、様々な者の末路を定めた圧倒的な、王威。まだ子どもでもありありと見せつけるカリスマ。それを見て人間の母は、小さなつぶやきを漏らしていた。


「あの子が現れたせいで、人間の女は全てを失った」


 人間との間でも、他種族でも、最強の吸血鬼を作れる。それが知れ渡った結果、我先にと動き出した吸血鬼たち。血を与える眷属化ではなくわざわざ産ませることで最強の存在が産まれると、その成功例にあやかろうとした存在のいかに多いことか。

 その結果家庭を持っていた女でさえ吸血鬼に囚われて、子どもを産むための道具にされ、結果が出ずに捨てられる。そのサイクルを十年以上続けた。


 ヴェルニカ王女が規格外だっただけで、他には何も成果が得られない実験を幾万と重ねた。

 最初に諦めたのは女の吸血鬼だ。人間の子を産んでも超越者など産まれず、産む手間が惜しいと考えたのだろう。男なら人間の女に産ませればいいが、女の吸血鬼は自分で産まなければならない。それを無価値だと、切り捨てた。

 男の吸血鬼も産まれた子どもを見に来てはダメだとわかればすぐにその子どもを捨てる。母親はもう一度実験に使うために、残されたりもする。殺されたりもするが。

 そんな非生産的な実験を繰り返して吸血鬼は成功しない実験による苛立ちを他国へ向けて侵略し。国には無気力な人間がそこら中で地に伏せ。バンピールは家族に捨てられ一箇所に集まって集落を作り。


 国は国とは言えないほど、腐敗に満ちていた。

 私の母は幸運だっただろう。どうにか父親である吸血鬼から逃げおおせてバンピールの里に身を寄せられた。だがそんな母も日に日に衰弱していき、ベッドから起き上がれなくなっていた。

 吸血鬼に嬲られた記憶が、心身を痛めつけていたのだ。

 私はヴェルニカ王女を恨んだ。彼女さえ産まれなければ母は吸血鬼に虐げられることはなかった。私を産むことなく、海外に逃げられたかもしれない。ただの奴隷で終えられたかもしれない。ここまで苦しむくらいなら、奴隷の方がマシではないかと思ったほどだ。

 あの方は結局、吸血鬼の王と変わらないのだろう。そう思っていた。

 私が八歳になる頃。国が滅びなければ。


『潮時だ。人間の異能狩りも迫っている。逃げるぞ』


 バンピールの里の長がそう決断し、私たちは他国へ逃げた。森の中で居を構え、静かに暮らすつもりだったが、そうもいかなかった。

 ヴェルニカ王女が吸血鬼狩りをしていると、風の噂で聞いたからだ。

 それはもう、里中を揺るがす事件だった。いつかこの里に来て、全員殺されるのではないかと。だから全員で会合が開かれた。


『噂が本当だったら、この里も危ない。だから情報を集めよう』


『基本はあの方には直接会わない方が良いだろう。殺されるのが関の山だ。国四つを半月で滅ぼす女だ』


『奴隷ばっかでまともに機能してないヒョロヒョロの国だけど』


『お前に同じことできんのかよ?』


『無理っしょ。つーか、あの王様殺せるはずがねえ。太陽克服した吸血鬼、どうやって殺したわけ?』


 そんな現実逃避もしながら、誰がどの方面に行くのか決めていく。私もすでにその一人として選ばれていた。母も亡くなり、何かしらしたかったということもある。

 あの方がもっと早く動いてくれればと思うこともあった。そんな若気の至りで、ヴェルニカ王女捜索は始まる。

 最初の五十年はまだ吸血鬼が殺される噂が流れていた。実際に現場も見たことがあった。吸血鬼は吸血鬼としての機能をなくし、脆弱な人間となって殺されていた。どうやるのかはわからなかったが、彼女は唯一、吸血鬼を殺す確かな手を持っていることが判明した。王を殺したのも、その手段だろうと。


 それからしばらくすると、全く噂を聞かなくなった。吸血鬼が暴れていたという話は出ても、ヴェルニカ王女がその場にいたという話は聞かない。雲隠れをしたようだった。

 まるで噂を聞かなくなって二百年ほど。アプローチを変えようという判断を里がした。ここまで静かならそうそう殺されることはないだろうと引きこもりを始める面々と、調査を続ける者たちに別れた。私は調査を続けた。

 聞いてみたかったのだ。どうしてあのタイミングだったのか。バンピールとしては赤子と言っても変わらない年頃で父を殺す覚悟を決めたのは何故だったのか。それを問いたかった。


 そうして私はアプローチを変えるため、異端でありながら異端狩りたる方舟の騎士団に入団。父を吸血鬼に殺されたという嘘ではないことを告げて、素性は隠して誰にもバレることはなかった。獅子身中の虫ではあったが、西暦に変わる頃から存在する異端狩りの情報網は素晴らしかった。王女の場所はわからずとも、目的自体は察することができた。

 彼女も、人間の母を失ったのがその時期だというのだ。なんとありきたりで、なんとも人間らしい。そのことは里の者にも伝えた。彼女の母を殺したのは王だという。それの仕返しに王と国を滅ぼすなど、子どもの癇癪ではないか。それで亡くなった人間は可哀想だと思ったが、王を殺した後にあの方が統治するつもりがなければそう遠くない未来に死ぬことは変わらなかっただろうと思うことにした。


 国を滅ぼして以降、彼女は餌以外の人間を積極的に殺していないこともわかった。それなら話し合う余地はあるのではないかと。吸血鬼ではあっても、バンピールという同族なら平和的な関係を築けるのではないかと。

 それは幻想だった。彼女には、交渉の余地がないのだと悟った。

 今から三十年ほど前。組織に入ったばかりの頃。吸血鬼が大量に暴れる事件が起きた。それに私も制圧部隊に選ばれて参加したが、そこは地獄だった。


 彼女が、全員殺していたのだ。夜に、一千を越す吸血鬼を。

 そしてそれは、里の者がたまたま発見した彼女へ要請したことだった。吸血鬼をどうにかできるのはあなたしかいないと。あなたこそが王なのだからもう一度、立ち上がってくれと。そのメッセンジャーとなった者は彼女に殺されたらしい。いつになっても里に帰ってこなかった。

 彼女はもう、人間にも吸血鬼にも。狭間の者にも見切りをつけていた。吸血鬼は嫌いだから殺す。その感情は残っているようだが、それは良い者、悪い者拒まずだ。全ての吸血鬼を殺すだろう。それがわかってしまった。


 それでは、里にいる私の妻と子どももいつかは彼女に殺されてしまう。キャロルには嘘をついたが、里には妻も子どももいる。二人ともバンピールなのだから合わせるわけにもいかず、嘘をついた。最愛の家族だ。そんな彼女たちが殺されてしまうことに気付いた私は、彼女の捜索を続け、研鑽を続けた。他の者は皆諦めてしまった。殺されるしかないと。そんな生を良しとした。

 私はそれを良しとできない。また家族を失うのはもう嫌だ。たとえ相手がどれだけ強かろうと、死に怯えて過ごし、いつかは殺されるなど許容できない。


 だから私はやっと見付けられた彼女に問うた。結果は空振り。やはり彼女は全ての吸血鬼を殺すだろう。ただ平穏に過ごしていても、見付けたら殺す。それがわかって引けなくなった。

 だから、死力を尽くして彼女を殺す。たとえクリーチャーとして人間に蔑まれようと。今いる組織に牙を剥かれても。彼女を相手にした方がいい。バンピールだからこそバンピールの里を見付けられるとしたら王女の方だ。組織は里の存在を知らないのだから。

 それに方舟の騎士団は静かに過ごしている里は対象外。暴れているクリーチャーや異能者が最優先だ。だから組織からは逃げおおせる。

 やはり倒すべきは、辿り着きかねない、ヴェルニカ王女だ。


次も二日後に投稿します。

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