4ー1ー1 封印の解けた先での決戦
到着。
銀郎様が賀茂さんの首を斬った後、わたしは銀郎様と一緒に彼女を供養してからケンタウロスの手で移動を開始して、高千穂山の頂上へ向かっていました。先程のようなプロによる妨害などはなく、ただどこからか見られているという感覚はあって、予断を許さない状況のまま推移しているのだと思います。この視線はハルくんじゃないというのはわかるのですが、誰なんでしょう。プロの陰陽師でしょうか。
今はまだ、様子見に留めてくれているみたいです。無駄に手を出して怪我をされても困ります。次はケンタウロスもヴェルさんも手加減をしないで殺しにいくでしょうし。
先程のことがあったために、移動は比較的ゆっくりでした。ケンタウロスもヴェルさんも、何か思うところがあったのでしょう。わたしも銀郎様も気落ちしています。自分の娘を平気で貶める精神性には、反吐が出ます。
『小娘。貴様は確実にあの男の元へ還そう。あんなものが日本のトップでは、また神々が暴走する』
「はい?」
山を登っている最中、唐突にケンタウロスがそんなことを言ってきました。ええと、返してもらわないと困ります。わたしとしては天の逆鉾を抜くだけで、その後も拘束されるつもりはありません。
『あー……。まあ、あれがやってきたことを考えると、また神々は暴れるでしょうねぇ。五月に一応大天狗様が保留としましたが、それを撤回されかねない』
『賀茂も土御門も、本家本元の難波を冷遇してきて、神への冒涜じゃ。晴明も玉藻の前も法師も、あの者たちにいらぬ手間をかけさせられたというのも事実じゃしのう。奴らは何度も土地神を排除しておる。割と寛大じゃったが、その楔も解かれかねん』
銀郎様とヴェルさんがケンタウロスの言葉に同意します。
呪術省は土地神のことを妖だと思って何度も討伐。更には御魂持ちのような異能については搾取して、扱いに関しては天竜会に投げたまま。今回は自分の娘に土地神の身体や血を投与。神具だって神々が何かのために、祈りとして産み出した物のはず。それのありがたさもわからず、ただ埋め込むという所業。
いえ、わたしとハルくんもゴン様監督の元で神具を使った遊びをしたことがありましたが。ぞんざいに扱ったわけではありません。でも、わたしたちのように両家もそれが神具だと知らなかったのでしょう。
身体と血については、知らないの言葉で済ませられませんが。
「えっと。明くんに日本を治めてもらおうとしていますか?」
『ああ。それが法師の決定だろう。ならば適任だ。一千年前は邪魔が入ったが、今回は一千年という下準備と協力者が多い。過去の二の舞にはならないだろう』
『やっぱり統治者がまともじゃないと、国は制御を失うのじゃ。偽りの支配から救うのは、正当後継者しかおるまい』
「一千年前に実権を握ったのは安倍家かもしれませんが、始祖は賀茂ですよ?」
『そんな後先の話ではない。適正の問題だ。始祖だからその者に続けと?たとえ間違っているとしても誰も訂正をしない独裁になんの価値がある?独裁は国も民も苦しめるだけだ』
『そうじゃなあ。外面良くても本当は領民を攫って血を引っこ抜いていた悪い王様もおるからのう』
『それは貴様の父の話だろう』
ヴェルさんは吸血鬼と人間のハーフ。父親が吸血鬼だったという話は聞きましたが。
悪い王様だったからこうして放浪を始めたんでしょうか。
「え、もしかしてどこかの国の王様って吸血鬼なんですか?」
『イヤイヤ、そんなことはないぞ?きっちりわっちが殺したからのう』
カカカと笑い声を上げるヴェルさん。懐かしそうに、でも空元気のような笑い声。自分の父親を殺すだなんて、半分人間のヴェルさんの心に何か影響があったのか、それとも吸血鬼としての本能はそれを許しているのか。
どちらとも取れる笑い声でした。
「……辛いんですか?」
『さあての?昔のことすぎて忘れてしまったのじゃ。あんなクソ親父のことなんて』
『何か確執でもあったんですかい?』
『母上とちっとあった気がするが……。なにせ三百年前の話じゃ。もう憶えてない』
母上。となると人間の母親とは仲が良かったのかもしれません。ですがこれは本題ではないので、もうそれ以上は話してくれないみたいです。
国の統治についての話だったのに、脱線してしまいました。
「日本と言いますか、ほとんどの国は政治家がいます。その人たちが国を動かしますが、本来異能を使う人たちはその国に関わらないはずなんです。世界的に異能は認知されていません。日本が特殊で、こうも公に陰陽術を学ぶ場所があることが特殊なんです」
『天皇という存在もおるしの。じゃがまあ、異能の取り纏めをするにはリーダーが必要じゃ。どうしたって特殊な力を持つものたちを、制御せねばならん。ただの人に陰陽術を防ぐことはできないからのう。どうしたって陰陽術の纏め役は必要じゃ。これだけ市井に流布しておるとの。秘匿性があるなら小さな組織で良かったんじゃが、日本は特異に過ぎた』
『妖の跋扈に魑魅魍魎という魔。そして神の現存。異能を司り、その力を使って国を守る者がいなくては成り立たない場所だ。だから晴明は知識として陰陽術を与えたのだろうが、こうも悪用されるとはな』
『力の性質として、秩序のために作られたものでも裏表ありますからね。包丁だって凶器になるんですし』
だから、ちゃんとした管理者が必要という話。それは安倍家正当後継者のハルくんが一番ということ。
賀茂も土御門もダメとなると、そうならざるを得ないんでしょうけど。名家となれば他にも天海家とかいくつかありますが、土御門が血筋を偽っていたために正しい御旗が必要だということでしょう。
騙された後こそ、真実による正しさを民衆は求める。きっと、そういう観点からハルくんは求められている。こうして、人間からも妖からも神からも、日本の外の存在からも。
「どうして、人は力に溺れるんでしょう?」
『生存本能、欲、自尊心。考えられることはいくつかあるだろう。それは人に限らない。どんな存在だって、心がある限り付き纏う問題だ。解決するには統治する存在が無欲であるか、心をなくすしかない。システムとして自己を定義できれば、だいぶマシな国になるだろう。基準さえしっかりしていれば、という枕詞がつくが。そういう意味では日本の神はシステムチックだな』
『だから驚異と思う存在を封印したり、人間に可能性があれば任せたりしたんじゃろうけど。ああ、見えてきたのじゃ。天の逆鉾レプリカ』
「あれが……」
山の頂にある銅色の槍にも見えなくはない巨大な装飾品。武に用いられるものでもなく、神具のように神気を帯びているわけではなく。ケンタウロスからすればそこまで大きくはない、神の遺物を模したもの。
一説では太平洋戦争による爆撃で本物はなくなったという話ですが、爆撃程度で神具たる槍が壊されるのでしょうか。
『それが邪魔なら抜いておくが?』
「あ、ではお願いします。レプリカは要りませんので。これ、本物に似ているんですか?」
『いや。贋作もいいところだ。大きさも意匠も全く似ていない。本物の槍は龍の名前を持つ者が新婚旅行で抜いたら、そのまま天に還った。その男が多才でな、元の槍を模した絵を残していたためにそれを元にこうして贋作を作ったわけだ。鎮魂だか神への畏怖だか、理由は忘れた。何も意味を持たぬ、ただの慰みだ』
説明しながらあっさりと片手で抜いてしまうケンタウロス。本当にただの物のようです。それを適当に投げ捨てるケンタウロス。まあ、罰当たりではないと思いますので、わたしは見逃します。
それにしても天の逆鉾を抜いた龍の名前を持つ人。新婚旅行で行ったとのことですし、坂本龍馬でしょうか。確かに彼は天の逆鉾を抜いたという一説がありました。それが事実だったとして、彼は神気を多量に含んでいたのでしょうか。そうでもないと神の遺物を形式上とはいえ抜けないはずですから。封印は外せなくても、外装を外すというのは只人にはできないはず。
そうじゃないと、わたしにしか可能性がないという話にはならないはずですから。
『抜き方はわかるか?』
「封印自体は見て取れますので。多分大丈夫です」
ようやく拘束を外してもらって、自分の足で歩きます。正直ずっとよくわからない浮遊感で感覚が麻痺していましたが、数歩歩けば元通りに。
わたし以外のどなたもこの封印が解けなかったとすると、相当高位の神が施した封印だとは思うのですが。これを解かないとハルくんがもう一度襲われてしまいますし。わたしはレプリカが刺さっていた穴を覗き込んで、状態を確認します。
いけますね。封印の解除とかあまり習ったことはないですが、直感的にいけると思います。手を伸ばして、神気を注ぎ込みましょう。
次も二日後に投稿します。
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