3ー4ー3 組織と怪異と人間と
頼りになる人。
千里眼を用いながら祐介を探しつつ最短距離で天の逆鉾へ向かう。キャロルさんたちはやっと九州に入り込めたようだ。バス二台が高速道路を使おうとしているが、今は緊急事態宣言で諸々の移動が許可されていない。そのため許可証を見せたり、確認作業で大変そうだった。
姫さんが全権の許可を出しているようでキャロルさんもすぐに追いかけてくるだろう。姫さんも今の状況を把握してくれている。海外の敵が相手ならキャロルさんたちの方が慣れているだろう。CIAというのは真っ赤な嘘だったわけだ。
「あの人たち、海外の怪物専門の呪術省みたいなものですか?」
「そうみたいやね。異能者の犯罪者や紛争、今回みたいなクリーチャー相手に戦う組織やって。だから移動許可くださいって言われて許可出したから。ヴェルってバンピール、彼女たちにとっても有名な相手みたい」
呪術省に電話したら直通で姫さんに繋がった。この距離を式神飛ばして連絡とか、千里眼で霊線を繋げるとか無理だったので、電話で繋がって良かった。新体制に移りつつある仮称陰陽寮はワントップを中心に様々な組織図を作り上げているようだ。名前出した途端「難波明様ですか⁉︎」ってなるのは驚いた。すぐに姫さんに繋げてくれるし。
今あの場所で働いている人たちにとって、俺と姫さんはどういう風に見られているんだか。
「V3と呼んでいるバンピールは、吸血鬼の女王様みたい。実力もそうだけど、吸血鬼から認められている本物のトップだそうよ。例のケンタウロスも、どれだけ強いのか検討つかないそうや。ただ、あたしらの常識で言えば神に近しい存在だということ。珠希ちゃんを助けたらすぐに逃げなさい」
「逃がしてくれるのなら、そうします」
「明くん。あなたたちは日本に必要な人物。最悪、式神を盾にしてでも逃げなさい」
「……全員家族です。見捨てられません」
「そう?その覚悟があるなら大丈夫ね。また京都で会いましょう。ちょっとこっちでも問題が起きてるから援軍を送るには時間がかかるけど、なるべく早く向かわせるから」
「何があったんです?」
「賀茂家と土御門が隠していた事実が見つかって、情報を出させようとしたら抵抗されてるの。仮にも一大勢力だから手こずってて」
本当に迷惑な家だな。それがなかったら五神の誰かが援軍にきてくれたかもしれないのに。
「こっちはこっちでなんとかします。キャロルさんたちもいることですし。市民や京都をお願いします」
「ええ。もし怪我しても、蜂谷先生の病室は空けておくから」
それは心強いんだか、後ろ向きなんだか。苦笑しつつ了承の返事をして電話を切る。ミクはゴール地点である天の逆鉾に一直線に向かっているから行き先については問題ないとして、問題なのは祐介と賀茂だ。土蜘蛛を追いかけたのかヴェルさんを追いかけたのか。ヴェルさんも土蜘蛛に合流していれば変に誘導されて途方もない場所に行き着いているなんてことはないはず。
最短距離で二人のことを千里眼で探していると、一応ルート上で騒がしい場所を見つけた。救急車と警察車両が来ていて、すでに陽が落ちているのにサイレンやライトで明るくなっており、何十人もそこに留まっていた。そこの中に祐介を見付けたので、ゴンたちに言って降りる。
プロの陰陽師もいたようで警戒されたが、京都校の制服を着ていたために祐介と同じだからと攻撃されなかった。また学生かという呟きも聞こえたが、それを無視して祐介の元に向かう。
祐介は膝をついて項垂れていた。その祐介の前には京都校の女子制服を着た誰かが、首から上に白い布をかけられていた。身体の下にも布があって身体を労っていたが、問題はそこじゃない。身体つきからミクじゃないとはわかっていても、鼓動が早くなるのを感じた。頭にかけられていた布を外すと、そこには首を綺麗に斬られた賀茂の顔が。
目を閉じているはずなのに、ちっとも楽そうじゃない。近くに彼女の霊は留まっていないが、この空気は良くない。傷口が綺麗すぎる。これをやったのは相当刃物の扱いが上手くないとできない。土蜘蛛にはできないとしたら、ヴェルさんか、もう一人。
「祐介。何があった?……銀郎が、やったのか?」
「プロの人の話だと、そうだ。銀色の人型の狼が刀で斬ったって。静香ちゃんが殺されるようなこと、したのかよ……!」
「ちょっと、視てみる」
今も警察が現場検証している辺り。人型の白線が書かれて、その近くに尋常ではない血しぶきが。これは賀茂の血痕だろう。ゴンも賀茂の遺体を調べながら、俺は過去視を用いる。
この現場であったこと。賀茂の暴走。銀郎の慈悲。賀茂の過去。悲惨な人体実験の数々。失われていく記憶。見放されていく賀茂という個人。彼女にかけられていたセーフティーのための術式。その術式が発動したのは間に合わなくなってから。彼女が現世に留まらなかった理由まではわからなかったが、これで現世を愛しているなどと言われたら、その精神性を疑う。
いや、その精神が壊されていたのか。彼女への見方が変わる事実。その闇の深さに軽く失望して、陰陽寮を率いることに嫌気が差しそうだ。
また人間嫌いの発作が起こるところだった。そんな感情を消して、やらなければいけないことがたくさんあるんだろうけど。
「祐介、恨むなら俺を恨め。暴走した賀茂へ介錯したのは銀郎だ。……彼女は、もう長くなかった」
「長くないって、何で……。高校生だろ。それに、暴走って」
「身体に埋め込まれていた呪具が彼女の思考を奪っていた。彼女は妖を殺すだけの機械になっていた。だから銀郎は、わずかに自我が残っている内に殺してる」
小声で呟く。今周りは女子高生が殺されて、土蜘蛛が暴れているという緊急事態に曝されている。そんな状態で賀茂家のご令嬢が人道に背く改造を施されていたなんて知らなくてもいいことだ。
「式神がやったことに責任を取るのは主の義務だ。だから、直接手をかけた俺のことを恨め」
「……今度、銀郎さんを一発ぶん殴る。それでいい」
「ああ。……霊気がまだ本調子じゃないのに、無茶しやがって。祐介は賀茂を連れてホテルに戻れ。こんなところにいたら土蜘蛛に襲われかねない」
「いや、それは。周りの人を説得しないと……」
「今してやる」
賀茂の首を霊糸で繋げて、祐介に霊気だけ送るように伝える。そして賀茂から離れると、周りにいた警察官とプロの陰陽師の所へ向かう。早くミクの所に行かなくちゃいけないのに、面倒な。
「君。少し話を聞かせてもらっていいかな?」
「事実を。彼女を殺した式神は私の式神で間違いありません。銀の人型の狼は、私の式神銀郎です。土蜘蛛に連れ去られた私の幼馴染を助けるために、私が送りました」
「君、名前は?」
「難波明です」
「難波、明⁉︎」
プロの陰陽師の方々が知っていて良かった。これで姫さんの権力の笠を着れる。
むしろ警察官が知らないように首を傾げているのは不思議なんだけど。日本を揺るがせた事件で名前が挙がってるし、ワイドショーとかでも散々難波家のことは特集されてたと思うんだけど。俺が京都校の一年だというのはもう世間の常識になってると思ったのに。
「殺人の罪は必ず受けます。ただ、陰陽師の皆さん。明日にでもなったら呪術省に賀茂家について問い合わせてください。それだけはお願いします」
「……殺した理由がわかると?」
「はい。殺さざるを得ませんでした」
「何の話をしている⁉︎殺人は殺人だろうが!そんな問答はどうでもいい、現行犯逮捕だ!」
「申し訳ありません、警察の方。私はあの土蜘蛛を追わなければなりません。これにて失礼」
「なっ!消えた⁉︎」
詠唱破棄で隠行を使い、周囲の目を誤魔化す。ゴンと一緒に離脱して、そこそこ離れた場所でゴンを大きくさせて天の逆鉾へ向かった。
「あーあ。これで俺も犯罪者か。銀郎もやってくれたよ」
『あいつ、後でしばくニャ。何もあいつがやらなくても、周りにはあの土蜘蛛いたんでしょ?』
「いた。でも、陰陽師の家に仕える者として見過ごせないとかで、銀郎が斬った」
『あの娘、かなり改造されてたな。神具も呪具も身体に埋め込まれてやがった。初めて見た時から何か歪だとは思ってたが、あそこまでとはな』
「ああ。狐についてとかそんなだっけ。そういう問答してたなあ」
思考誘導がされていた彼女。それを土御門は助けられなかったのか。家でやられたとしても、高校からは寮生活だ。休日ともなると実家に帰っていたかもしれないが、あの状態を維持するには誰かが術式を重ねるしかない。土御門が認識阻害を重ねていたらしいが、根本的解決はできなかったようだ。俺だって身体に埋め込まれた呪具を安全に取り出す方法なんてわからない。
また頼むことが増えたな……。頼りすぎるのも問題だけど、こればっかりは仕方がない。携帯を出してまた姫さんに電話を。いっそ直通の番号を教えてくれないだろうか。
「なんや、明くん。もしかして問題発生?」
「その通りです。賀茂家の制圧って終わりましたか?」
「終わったわ。今は色々と資料を集めているところだけど、酷いわね。呪術省のトップにいたから堂々と隠せたんでしょうけど。もうそんな後ろ盾ないもの」
「……人体実験についてのことは?」
「今確認中。何?賀茂の女の子に何かあった?」
「銀郎が殺しました。それでどうにか便宜を図ってもらえないかなと」
「ハァ……。わかったわ。賀茂家の弟さんにも同じような実験の痕跡があったから今回収したところだし。そっちはなんとかするから、明くんはそっちに集中して」
「はい。ありがとうございます」
銀郎の気持ちもよくわかるんだけど。その場に俺がいたら同じことをしていたかもしれない。自分の記憶もあやふやで、家族には人として見られていなくて。そして恋心すら誰かに弄られた。極め付けはいつ爆発するかわからない人体の限界点、その爆弾がさっき爆発してしまったこと。それで敵と見なした相手は誰でも排除しようとして、自我なんて消えて暴れまわる。
それは人間として許せず、神々が知ったら激怒するような在り方だ。身体にも土地神の遺体や血を用いられて、その存在が魑魅魍魎を産み出す。彼女は生きているだけで他の人よりも魑魅魍魎を産み出しやすい性質だった。神の怒りに触れ、人間として曖昧な心を持ち、自分の不安定さから猜疑心が産まれる。その調整に呪術が用いられ、その身体は確実に陰に傾倒していった。
彼女の成長が留まったことで実験を施している側が焦り嘆き恨む事で魑魅魍魎が産まれて。彼女自身も呪具などに蝕まれる身体や不安な記憶から精神が安定せずに魑魅魍魎を産み出し。
彼女は薄氷の上を歩かされた被害者で。
「こっちも纏まり次第、またTV局とか使ってあの二つの家を潰すから。なんとか正当防衛という風に持っていけるようにするわ」
「そっちも忙しいのに、仕事を増やしてごめんなさい」
「いいのよ。これがやるべき事だから。明くん、土蜘蛛と竜の話は知ってるわね?」
「天の逆鉾に関わる話だったんですね、あれ」
「わかってるならいいわ。生きて帰ってきなさい」
「はい」
通話を切って、ゴンへ霊気を回す。ミクの神気を感じた。もう引き抜き作業は始まっているらしい。大地が鼓動しているのか、小さな揺れが続く。
木々が囀り、地が祝福をし、空は陰る。これが良い状態ではないと感じ取った。神に匹敵する存在が目覚める予兆だった。
次も二日後に投稿します。
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