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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
7章 神の縫い止めた災厄
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3ー3ー3 組織と怪異と人間と

星見にあらず。


 この二百年。賀茂家から星見は現れていない。土御門もそうだが、この表側二大巨頭たる陰陽大家で星見という破格の異能が顕現することはなかった。星見が現れるのは難波の血筋や野良の陰陽師ばかり。それに近しい風水は天海の家系と、適性があり真剣に学んだ者だけだった。

 年々星々や自然に見放されてきたこの二家では星見の片鱗など欠片も見られなくなっていた。


 関係者で唯一の「婆や」に子どもを見せにいったが、毎度同じことを言われるだけ。呪術省の前身たる陰陽寮で監禁している「婆や」はいつ見ても四十代くらいの綺麗な女性だった。九尾の狐憑きのようで、尻尾から九本の尻尾と頭にある狐耳を隠そうともしていない、いつから生きているのかも謎な女性。彼女は陰陽寮で唯一の星見であった時代もあった。


 見た目だけならお婆さんと呼ばれるようなことはないのだが、ゆったりとした話し方と語尾からそう言われていた。名前を名乗らないことからも、いつかの子どもが戯れで言った「婆や」という愛称が浸透してしまったせいだ。

 未来視しかできない代わりに、その未来を外したことのない破格の存在。そして星見には星見のことがわかる。そんな「婆や」は両家の子どもたちを見て必ずこう言った。


『星々に見放されておるのう。ここの地下でやっていることとか改めれば改善しそうですが。その調子だと星見の子どもは産まれませんよ?』


「地下のことが原因だと?」


『あれは星々の祝福ですから。その祝福だって不確かじゃが。九尾たるこの身でも星には愛される。風水とて自然に愛される。……そなたらは星を知るために何をしている?愛は一方通行では成立しないじゃろ?』


 そう助言したが、その助言は聞き入れられず。「婆や」としても親切心で言ったのだが、どちらの家も変えようとしなかった。日本を守るためにあの戦力は必要になるとしか言わず、「婆や」はそれ以上何も言わなかった。そのせいで敵を作り、のちに滅ぼされる未来を視ても告げることはしなかった。

 そうして滅びることが必定だと悟ったために。


 時は流れ今から三十年ほど前。ある計画が賀茂家内で持ち上がり、それを実行する流れになる。いくらか実証実験を行い、ある程度の目処が経った頃に本格的な実験をしようとして十年ほど。その計画の発案者たる時の呪術省大臣が天海瑞穂──当時の麒麟と同士討ちになってしまう。

 その影響で賀茂家の当主が空白になり、死んだ呪術大臣の弟がその座に就くことになる。呪術大臣の座は土御門に渡すことになり、彼は賀茂家の存続に奔走した。その一端で、兄と計画していた実験もそのまま継続した。実証実験はしていたので、ここで止める理由もなかったのだ。


 本人としても簡単な作業だっただろう。適当に女を囲い、子種を植え付けて孕ませ、その赤子に呪術的改造を施す。産まれてきた子どもには呪具や呪術によるさらなる改造を施す。その中で最高傑作とされる子どもを産んだ者を正妻として迎えればいいと思っていたし、偽装結婚だけしておいて妻の姿を公にしないということも、後から書類を偽装することもできた。

 そうして計画は、赤子改造実験は数々の失敗を経て一つの成果が出た。それが賀茂静香。産まれた時点で霊気は尋常ではないほど多く、髪も瞳も変色して、四歳程度の時までは心身問題なく成長してくれた。どの実験が良い効果を発揮したのか記録にとり、三歳下となる弟を産む時にも同様の処置を施し、この弟も髪と瞳の変色と多大な霊気を確認できた。


 静香を産む際には母体に負担をかけすぎたが、弟を産む際には母体も健康だった。だからもう一人仕込もうともしたが、二人目を仕込もうとした際にわかったことがあった。母体にも調整を施すと二人目を受け付けないということだ。つまり一人の母親に対して同じことができるのは一人のみ。だから賀茂の家には現在後継は二人しかいなかった。

 その二人も「婆や」に見せにいったが、青い顔をされてしまった。


『可能性の欠片もない。その子らは星見も風水も不可能じゃ。貴様ら、星見と風水の研究は進んでおるのか?』


「いえ……。後天的にも星見にはなれないと?」


『ほぼ不可能、と言っておこうかの。僅かな才能を伸ばすということができた場合が後天的と呼ばれる者のほとんど。……忠告を聞かなかった罰じゃのう。星が陰っておる』


 それ以降「婆や」はあまり未来を告げなくなる。視ることはあっても、それが呪術省の益にならないことだったり、関わらないことだったりしたので告げなくなっただけ。呪術省を見限ったとも言う。

 土御門も土御門で色々やっていたので助言をしなくなっていた。御魂持ちを探し始めた時点で自分たちの限界を決めたということだ。未来を視て御魂持ちを探せとも言われたが、二人確認をしても告げることはなかった。ここで告げれば土御門に利用されるだけ。片方は時の朱雀によって殺されるとわかっても、今ここで密告すればもっと寿命は縮む。


 それも見越して、今はいないと告げた。「婆や」にとっての最終地点も満足に視られたので、これ以降呪術省を動かす理由もなかった。ただその未来が早く来ることを望むだけ。

 賀茂家当主は「婆や」といえども全部を完璧に言い当てることなどできないとわかっていたために後天的でも星見を発現させようと静香へ呪具の埋め込みや呪術の重ねがけによる暗示などを施していく。どんなことをすれば星見を得るのか、霊気が上昇するのか。初の計画成功体だったために、やることは全て手探りだった。成功もあれば、もちろん失敗もある。


 そして人体改造をしている時点で、星見は絶対現れなかった。

 その実験も酷い。呪具を直接骨の代わりに差し込んだり、心臓や肺の動きを邪魔しないように呪符や神具を埋め込んだり。暗示の術式や催眠などのまさしく呪術をかけて自分たちに都合が良くなるように精神を変え。

 時にはそうと知らず、本人たちは妖だと信じていたが、殺して手に入れた土地神の血や肉体の一部も加工して食べさせて身体変化を促した。人魚の肉を食べることで不老不死になるという言い伝えもある。それのように、怪異を摂取することは身体に革新的な変化をもたらすのではないかとして妖を討伐した際は呪術省でその遺体を解剖して研究したり、実際に食したりしてきた。


 もしも。本当にもしもだが。土地神から与えられた血や、認められた者がその土地神の一部を食したとなれば陰陽師としての才能や異能者としての異能の発現、神気を得る、加護を得る、権能の劣化のような不思議な力が使える。そんな可能性もあっただろう。

 だが、そうとも知らずにただ摂取されれば、拒否反応が出る。神気ですら身体に馴染まなければ、人間では悪影響が出る。その神気の大元ともなる神の肉体や血を注射にしろ経口摂取にしろ、正しくない形で得てしまえば拒絶反応は余計に出やすい。それが人道的ではない、哀れな娘であればなおさらだ。たとえ死因になってしまった関係者の娘とはいえ、神とは基本的に慈悲深いのだ。


 実情を知ってしまった神は最後の力を振り絞って、嫌がらせをする。呪具に反発するようにしたり、彼女にかけられていた洗脳を解いておいたり。やれるお節介をしたことで幸いにも静香の寿命は伸びた。神気は多すぎれば毒にもなるが、そもそも毒に侵され、呪術によって呪われている少女には薬になっただけのこと。神気による中和がなければ、中学校に上がる前に身体機能を失っていただろう。

 それだけ強引な施術を続けてきた。その無理矢理な効果を神気が抑えてしまったために、中学時代から静香の霊気はあまり増えなくなる。それを見かねてまた無理な手術をして、神気によって無効化されて……といういたちごっこだった。


 どれが効くのかまるでわからなくなり、静香に対する無理な改造は十四歳を境に終了して、記憶関係を弄るだけになった。弟へ効率の良い強化策を探るための実験だったのに、それが難航してしまっては打つ手なしだ。血縁以外で実験しても、血が異なれば違う結果も出ると考え、他の子どもを攫って実験するようなことはしなかった。いくら賀茂とはいえ、妻を無理くり得ているのに、青少年たちもとなると隠蔽が効かない。

 しばらくは放置して自然に成長することを期待して放置されていた。


 だが、自然に見放された少女はまるで成長することはできず。霊気的な話でも陰陽師的な話でも、そして人間としての身体的な話でも彼女は十四歳から一切成長することはなかった。

 十四歳の頃は神童と呼ばれるような実力の持ち主でも。

 成長が止まった彼女はその時点から一歩も抜け出せず。


 家族の顔も思い出せず。どれだけの人間が自分を偽っていたのかも知らず。

 ただ、家の都合の良いように扱われた、救いの手が差し伸べられなかった。

 好いていた少年もあまりの闇に手を出せずじまいで。

 まずは自分の呪いを解くのと同時に力を得ようとして。

 ただ同情されたことで、恋は実らず。


 その恋心すら、大人によって思考誘導され。

 頼りにできる者は側に一人もおらず。

 人生は闇しかない歪な道を歩かされ。

 それでも、彼女が残したものはいくつかあったのだが。

 思考も記憶も奪われた賀茂静香という少女はこの日──十月十二日に、没することとなる。


次も二日後に投稿します。

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