3ー2ー2 組織と怪異と人間と
土蜘蛛の一千年前。
「どうしてそんなお話を?」
『道中暇だろう?こちらの目的など、知っておいた方が良いと思ってな。何をやるのか、その後どうするのか。それがわかっていれば、不安もなく事を為せるだろう?こちらも到着してすぐ説明して、などやっていては二度手間だ。だからこうして移動中に説明している』
山を猛スピードで爆走しながら、土蜘蛛の今までを穏やかな口調で語られて珠希は困惑していた。これからやる事を聞かされるのは良いのだが、それを風切り音の轟音と共に聞かされるのはどうなのだという思いがあった。
後ろを全力で追いかけてくる銀郎と、ヴェルの姿が視界に入るというのも要因の一つだろう。
「まあ、日本に迷惑をかけてくれなければ、問題はないですかね……」
『珠希お嬢さん、それで納得して良いんですか?』
「だって言うこと聞かなかったら痛めつけられるでしょう?こうやって言質も取りましたし、いざという時は騙されたということで責任逃れしようかと」
『アハハ!随分と神経が図太いのじゃ!そういう女の子は好きじゃよ?』
「あなたに褒められましても……」
珠希は顔を顰める。やっぱり面倒ごとに関わっていたので、ヴェルの評価はイマイチだ。ホテルの頃から珠希を狙っていたことになる。そうなると彼女と知己であった八神がどういう関係なのか気になってしまったが、考えても答えは出ない。推測はできても、そんな確認はできないからだ。今後接し方を気を付けようと思う程度。
『ヴェル。追ってきていた学生はどうした?』
『だいぶ後ろじゃのう。簡易式神程度の速度で、こちらの全速力には敵わんじゃろ』
『……こうして時代が逆行しても、その程度なのか?』
『この子と難波の次期当主が凄いだけじゃ?』
『そんなものか。……では、難波の家系なら関わりのある話をするか。一千年前。槍が抜けると期待して、最も可能性があった時の話だ。抜けなかったがな』
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私は拠点を天の逆鉾の近くに定めていてな。ちょうど晴明が都で台頭し始めた頃、不思議な存在を感知した。それが史上初の悪霊憑きである金蘭だ。それまで悪霊憑きなどといった存在は確認できなかった。だから、そんな摩訶不思議な存在なら槍を抜けるのではないかと思って村へ行ったわけだがこの見た目だ。反抗されてな。
目的が目の前にいるのに邪魔されることにムカついた私は、村を蹂躙していた。短気だろう?だが、その時点で三千年近く待ったのだ。忍耐の限界だったのだろう。何が何でも金蘭を連れ去るつもりだった。だがあ奴の奇怪な術で姿を消されてな。感じ取れなくなった私はすごすごと帰ったわけだ。落胆は酷かったな。今度こそと思ったのに、空回りだったのだから。
そうして金蘭は晴明に拾われて、その才を伸ばすことになった。それを見計らって、最悪晴明にでも抜かせようと思って都を訪ねたこともある。結界のせいで中には入れなかったが、晴明たちとは恙なく面会できてな。晴明では無理だと悟った。あ奴はあくまで半妖。神に最も近く、最も遠い存在だった。それでは神の槍は抜けぬ。
金蘭も期待外れだったな。その在り方はトンチキなものだったが、言ってしまえば半妖とさして変わらぬ。特殊な存在だったとしても、不可能だ。神の力など欠片もなかったからな。
貴様ならなぜできるかと言うと、その類い稀なる神気だ。悪霊としての魔、人間、そして神が混在している。そして今や神の割合が多い。神気に慣れず、生活を送るにも苦しい時はなかったか?それは身体が神へ近付いている証拠だ。元々が竜のように頑丈ではなく、脆弱な人間の身体だ。神への変遷は辛いものがあるだろう。
貴様は人間の中では最も神に近しい存在だ。神そのものには頼めぬ。奴らが自分の都合で友を封印したのだ。何をしても、奴らが抜くわけにはいかぬだろう。で、あれば。力に変わりなく御しやすい人間の貴様を使うのは道理だろう。私が貴様を利用するのはこれっきりだ。それ以降は干渉せぬよ。
悪霊憑きが産まれた要因など、人間が魔を産み出しすぎたせいだ。そして馴染む霊気を持つ者に取り憑く。悪意が産み出した被害者だろうよ。そこまで魔が蔓延ったために神々も晴明を必要とした。魔はどのような存在にとっても毒でしかない。調停者としてあ奴は完璧だったが、時代が悪かった。もう百年ほど早く産まれておれば、完璧なる統治ができたであろうに。
うん?霊気をあまり持たぬ悪霊憑き?それは憑かれた存在に喰われているだけだろう。憑く側も存在の維持に霊気が必要だ。存在の維持に全てを割かれたら、霊気を持たぬ悪霊憑きもいくらかはいよう。矮小な存在であれば、維持するだけで大変だからな。
今の金蘭であれば、神気を身体に宿している。しかし晴明と玉藻の前にダメだと言われてしまってな。ならば玉藻の前に抜いてもらおうとした。太陽の現し身だ。他の神が縫い止めた槍程度抜けるはずだった。だがな。
「わたしなら確かに抜けるでしょう。でも、もう少し待って欲しいのです。今人間は岐路に立たされています。それを超えるまでは、あなたのお友達を解放できません。今日ノ本の天秤を崩すわけにはいかないのです。魔の駆除が終われば、必ず槍を抜きましょう」
結局、鳥羽洛陽のせいで魔は収束せず、その約束も流れた。最大のチャンスを逃したわけだ。友が目覚めれば、神へ復讐をする。まだ下界へ容易に下ってくるあの時代では、確かに目覚めさせるわけにはいかなかったのだろう。今ならまだマシだ。ほとんどが神の御座に籠っているからな。
貴様という存在。そして今という時代。ここまで合致した時は他にないだろう。だから今が最後の機会だ。これを逃すつもりはない。
それまで?ああ、寝ていたよ。一千年、まともに時代は移ろわないと晴明に教えてもらっていてな。目覚めたのは槍を形なりにも抜かれた時だ。それまでずっと、槍の側で寝ていた。
その辺りだったか。ヴェルがそこに住み着いたのは。
この女の素性などどうでも良い。私と友の喧嘩が見たいからと居座った変人だ。種族からして変わり者だったか?とにかくこいつは邪魔することなく、ただその時を待つと言うからな。私としても無害だったので放っておいただけだ。
食事のためにフラリと消える時もあったが、それは些細なことだ。それで人間が死のうが、私が踏み潰そうが大差はない。死は死でしかないのだ。どのように死のうが、罪を重ねようが、死という現象に変わりはない。所詮肉体が死を迎えるだけだ。魂がどこに行こうが、精神が枯れ果てようが、特殊な状況下を除いて死者は蘇らぬ。
それにいつかは訪れるものだ。人間でも私でも、神でも。それを一々数えてどうする?嘆いてどうする?大切な者だったらうんと嘆くが良い。それが友誼というものだ。愛というものだ。だが、親しくもなく、顔も名前も知らない。そんな存在を憂いてどうする?遥か遠い地で野良猫が死ぬことを毎日嘆くか?
それが自然現象だ。自然淘汰だ。……それに抗う手段があるのだったな。陰陽術には。
私は友が封印されただけだ。死んだわけではない。それに友のことを思うのは人間と何が違う?そういうことだ。貴様があの少年を傷付けられて私に怒りを覚えているのもわかる。だからことが済めば全力の仕返しを、我が身で受けよう。それが誠意だ。
話がズレたが、ヴェルが殺した人間のことはそう気に病むな。たとえあの少年が日本を背負って立つとしても。その隣に貴様が居るとしても。生は喜ぶべきだが死は悲しむべきではない。親しい者のみにその感情を捧げよ。全てを背負えば一千年前と同じだ。
切り捨てよ。人間は増えすぎた。上に立つ者として最低限の秩序も必要だが、感情の揺り籠も定めておくべきだ。神だとしても、全ての人類を救う理由もなし。少年と添い遂げるならば我を強く持つべきだ。恋も愛も、自己中心的なものだろう。全てを愛するなど、それは博愛であって愛とは別のものだ。その博愛も、持つ必要はないだろう。
何故これからを憂うようなことを言うか?これでも等価交換のつもりなのだが。貴様たちの楽しみを邪魔した。少年も傷付けた。そして友を解放してもらう。それの対価として情報を渡し、助言をしているつもりだったがいらぬお節介だったかな?
まあ、貴様にとってはあの少年を傷付けてほしくなかったのだろうが。既に過ぎたことだ。それに貴様を捕らえるつもりで伸ばした腕に飛び込んできたのはあの少年だ。ビルに叩きつけたのは悪かったがな。あの少年は不要だったからどかしただけで、傷付ける意図は、少ししかなかった。あの少年が傷付けば、素直に言うことを聞くだろうという打算はあった。
そう拗ねるな。あの程度であの少年が死ぬはずはなかろう。……話のネタが尽きてしまったな。ヴェル、貴様が話せ。行きがけの駄賃だ。
次も二日後に投稿します。
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