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陰陽師の当主になってモフモフします(願望)  作者: 桜 寧音
7章 神の縫い止めた災厄
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2ー4 不穏な空気

煽り。


 目を開くと、見事なまでの青空。先ほどまで廃ビルの中で戦っておりましたのに、どうして青空を仰ぎ見ているんですの?

 硬い地面の上に布を置いたような、そんな不思議な感触が背中にありました。確認をしてみると、担架が地面に置かれているためでした。そして隣には同じような状態のコウ君が。

 何があったんですの……?確かあのヴェルとか呼ばれる女性について行って廃ビルにいるという妖を退治しようとして、戦闘になってそれで──。

 そこまで思い浮かべると、頭が痛みました。頭を強く打った、気もします。


「気が付いたか、賀茂」


「八神先生……?」


 狐を信奉している、正直教師として認めていない担任。授業の質は良いのかもしれないですけど、この人の人間としての在り方は気に入りません。この人が何故ここに、とも思いましたが、この人があのヴェルとかいう人と言い争っていたのが発端でした。

 なら後を追いかけてきても不思議ではありません。


「間に合って良かった。だが、金輪際こういうことはやめろ。学生である内は教師の言うことを聞け。だからこんな失敗をする」


「失敗?お言葉ですが──」


「お前たちが無闇に突っ込んだせいで死者が出た、その自覚があるか?」


 その言葉を聞いて、隣のコウ君を見ました。コウ君は息をしています。目立った外傷もありません。

 ですが、身体を起こして周りを見てみると。わたくしたちに付いてきた四人の姿が見当たりませんでした。


「正義感を持つことは結構だ。だが、プロでも勝てない相手に挑むのはただの無謀だ。取り返しのつかなくなる前に、行動を改めろ」


「あ、ああっ……!まさか!」


「生きていたのはお前と土御門だけだ。ヴェルに感謝しろよ。お前たちが死なないように回収してくれた。他の四人は、間に合わなかったらしい」


 ああ、そうですわ。わたくしたちの攻撃が何も効かず、あの触手に嬲られて壁に叩きつけられて、気を失ったんでした。わたくしたちが気絶する前に八神先生が入って来られて、四人はその前に触手で身体に穴を開けられて……。

 思わず胃から何かが這い上がってきそうで、えづいてしまいました。ですが何かが出ることもなく。口元を抑えただけで済みました。


「……幸いお前たちは怪我が少ない。このままホテルに引き返すぞ。その後どうするかは学校側に判断してもらう」


「あの、ヴェルとかいう女は⁉︎」


「お前、仮にも助けてもらった人だぞ?あいつの見当違いもあるが、恩人に向かって何を言うつもりだ?」


「だからどこだと言うのです!あの女がもっと情報をくれれば……!」


 あそこまで攻撃が効かないなんて聞いていませんわ。いくらプロが返り討ちになったとはいえ、こんな田舎にいるようなプロ。どうせ実践経験も少なく、実力もなんてことない者たちばかりだったはず。

 そのプロがどうだったとか、移動中何も聞いていませんでしたわ!あの女も全く話さなかった!ああまで理不尽であれば、もっと準備をして来ましたのに!


「情報があれば、あの妖を倒せたとでも?調子に乗るなよ、賀茂静香。鬼も陰陽術も通用しなかった相手だ。プロの陰陽師は死ななかった。お前たちは死人も出て、まるで歯が立たなかった。その事実を受け入れなくて、また同じ過ちを繰り返すつもりか?そうやって、お前の周りを屍で埋めるつもりか?」


「ならそうならないように指導なさい!あなたがこの半年間やってきたことは何ですか⁉︎まともな対処法も教えず……!」


 これは京都の守護者としての当たり前の在り方。それをこんな教師落第の男に指図される謂れはありません!

 陰陽師学校の教師なら、強力な魑魅魍魎と遭遇した時の対処法くらい授業で教えなさい!そんなこともせずに、ただ知識だけを与えて実践的なことを一切やってこなかった男が、何を偉そうに!


「……そうか。お前にとって学校はそう映るのか。陰陽師学校であって、呪術学校になった覚えはない。プロの陰陽師は戦うだけの存在だというのなら、それを貫き通せ。教え導くことが不要だと言うなら、何も言葉が届かないんだろう」


「ええ、そうさせていただきます!あの女の場所は⁉︎」


「ここを真っ直ぐ行った場所、駅への大通りに出る場所だ。そのルートが一番市役所に近い」


「どうも!」


 わたくしは痛む身体へ鞭を打って走り出す。簡易式神を出して、あの何もしなかった女に追いつこうとする。

 大通りに出る直前で立ち止まっていた女を見付けたわたくしは簡易式神を戻して彼女に掴みかかろうとした。けれどそれよりも前に、莫大な霊気を受けて身体が竦んでしまい、硬直した。

 その霊気の波動を受けたと思ったら、その複数の内の一つの霊気が、黒い巨大な腕に掴まれて消えたことで金縛りが解けましたが、わたくしの何十倍もある霊気が一瞬で消えたこと。それを為した存在が近くにいることで、わたくしの身体は、動かなくなっていた。


『あーあ。だからやめとけば良かったのに』


 それは誰に向けての言葉だったのか。かろうじて顔をヴェルの方へ向けましたが、その表情は前を向いているだけ。

 わたくしなど、眼中にないようでした。

 更に増えた莫大な霊気の持ち主。その正体があの大きな腕を持った怪異だとはわかっても、それ以上何もできなかった。


 姿を見せれば殺される。先ほどの妖とは、レベルが違いすぎると本能が悟っていたから。

 その強大な畏怖する霊気と、二つの大きな霊気が急速にどこかへ行く。方向はわかっても、追いかけようという気はなかった。それをしてしまったら、全てが終わってしまうとわかっていたから。

 路地の先で、難波が倒れていることはわかりましたわ。あの妖にやられたのでしょう。あの男も、結局強大な敵には手も足も出ない。プロの資格も得ていないただの学生でしかないのだとわかって、安堵しましたわ。


 やはり、日本を守るのは土御門だと。難波などという引きこもりに任せてはおけないのだという証明のようで。桑名が特殊なだけで、難波はそうでもないとわかって。この前の宣言も、ただの身内の贔屓だとわかって。

 口角が、不自然に、不器用に。上がってしまいましたの。自己肯定。わたくしたちは間違っていないという再認識ができて、心が黒くなっていくのを自覚しながらも軽くなったことが嬉しくて。


『いやー、災難じゃな。ヤガミンが倒せる妖に完膚無きまでやられて、もっと上の妖を感じてしまった。世界は広いのう。井の中の蛙じゃったのう。それで、負け犬のお嬢さんはどうするんじゃ?』


 いつの間にそこに立っていたのか。ヴェルが上から、わたくしの瞳を覗き込む。その瞳は混濁していた。絶望、憤怒、困惑、諦観、歓喜。そんな様々な感情が入り乱れた、混沌そのもの。

 何を経験すればこうなるのか。どうして人が死んだばかりだというのに笑っていられるのか。

 その瞳も精神性も、おぞましいとしか思えなかった。


『まあ、元から目的はお前さんじゃなかったのじゃ。ヤガミンは意外じゃったが、これでようやく悠久の止まった刻が動き出す。楽しみじゃのう……。お前さんはそのまま負け犬として、塞ぎ込んでると良い。取り返しのつかない災厄が目覚めても、そうやって下を向いておれば良い。そうすれば、自分の身だけは守れるかもしれんもんなあ?』


「なっ⁉︎」


 この女、何と言った?まさか、さっきの怪異が暴れるということを知っていた?取り返しのつかない災厄?

 そんなことを逡巡していると、ヴェルはいつの間にかビルの最上部へ上がっていました。どうやって?今、陰陽術の起こりは全く見えなかったのに……。

 まさか、ただの身体能力?それだけで、数十メートルを一気に飛び上がった?


『これ以上遅れたら折角の晴れ舞台を見逃してしまうのじゃ。お前さんはもう少し他者の言葉を疑った方が良いぞ?この世は性善説よりも、性悪説で成り立ってるんじゃからのう』


 それだけ言うと、彼女の姿は消えた。いや、霊気を追う感じ、高速移動をしているのでしょう。

 あれは悪人だ。そして向かった先も市役所ではありませんわ。つまり、この全てはあの女に仕組まれたこと。

 あの女のせいで、四人は死んだということ。それを、その犯人が逃げ出したことを、わたくしに見逃せと?


「できるわけありませんわ!急々如律令!」


 鷲の式神を出して、感知できるヴェルの霊気を追って突き進みます。あの諸悪の根源を見逃したら、またコウ君が傷付く。国民が傷付く。

 日本の守護者たる賀茂の、ひいては土御門になるわたくしがそんなことを許せるわけないのに。


「あれ、賀茂か!……薫ちゃん、明を任せた!」


 後ろからも誰かがついて来ますが、わたくしは無視をする。あの女を殺し、あの馬鹿げた霊気を放つ妖も倒す。倒さなくてはならない。

 土御門こそ、陰陽師の頂点に立つべきだと。コウ君が今できないのなら、わたくしが証明するしかないのだから。

 ここで武勲を立てて、難波にできなかったことを為す。そうすることで世論を変える。今ならまだ変えられますから。変えなくては、わたくしたちの未来はないのだから。

















 この騒動により宿泊学習は中断。全生徒が先日泊まったホテルで待機。難波明が近くの大病院に入院し、土御門光陰は教師複数による監視の元隔離された。

 土蜘蛛が現れたことは九州中のプロの陰陽師支部に伝えられ、ゴンの証言から天の逆鉾へ向かうことが通達される。攫われた那須珠希奪還のために。

 連絡がつかない生徒は賀茂静香と、その賀茂を追いかけたとされる住吉祐介のみ。死亡した生徒以外は、全員ホテルに戻ってこられた。

 九州全土に緊急事態宣言が発令され、全ての社会活動が止まる。この一連の事件は「土蜘蛛動乱」と呼ばれ、魔の三日間の始まりだった。


次も二日後に投稿します。

感想などお待ちしております。

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