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4-2-1 式神降霊三式

蟲毒。



 地下三階に足を踏み入れる。すでに誰かが足を踏み入れていたようなので、その後を追ってあっさりと侵入できた。麒麟門に安置されているコアへと通じる扉もいつもなら陰陽術で封印されているはずなのに、それもない。

 扉をくぐると、そこには異質な霊気が充満していた。視覚にも嗅覚にも訴えてくるほどの悪性を纏った霊気で、入った途端俺とミクが顔を塞いだほどだ。

 視界には紫色の霧のようなものが部屋を覆っていて、臭いは下水道に更にタールでもぶっ込んだような悪臭。こんなもの、鼻がひん曲がってしまう。即座に一枚の特別な呪符を出して中心へ投げる。


「ON!」


 俺の霊力と霊脈の霊力が込められた、俺の血で刻まれた文字の呪符。霊脈を正すのにはこれ以上適した物はない。ここを統治する難波の血筋と、霊脈そのものの霊力。これが合わさればここら一帯程度ならすぐにどうにでもできる。

 霧も晴れて、悪臭もなくなった。そして部屋の中心にはしめ縄で作られた社があるはずなのに、そのしめ縄は切れていて、飾られた杉の葉も腐っていた。


 そして、その傍に立つのは四十代の男。

 くたびれた灰色のスーツを着た、猫背の男。こんな乱れた霊気の中平然と立っていられたのは術の施行者だから。この中は不可侵領域だし、言い逃れはできない。


「この地を守護する難波家次期当主だ。この土地の霊脈に接続し、麒麟門を利用して蟲毒を用いた参考人として貴様を捕縛する。一応忠告として言っておくが、そのまま投降しろ。無駄な抵抗をするな」


「クク……。この地の守護?難波家次期当主ぅ?フッ……フハハハハハ!貴様らが、そうして目の上の瘤としているから我々正式な陰陽師がバカを見る!方陣の中も外も、守護しているのは我々じゃないか!実態も知らないクソガキが、調子こいてんじゃねえぞ!」


 目玉がぎょろりとこちらを向いたのと同時に高笑いと共にそう述べてきた。その様子を見ただけでわかる。

 あれは狂っている人間じゃない。狂わされている人間だ。


「こういった一等の霊脈には名家がその土地の守護をしているという事例はよくある慣例だが?そんなまともな思考もできていない時点で、あなたには正常な思考回路が残っていない。あなたを狂わせたのは誰だ?」


「狂ってなどいるものか!貴様らのようなお人形遊びと役にも立たない降霊なんぞを極めた出来損ないの血筋主義者に、江戸を作り上げた我ら崇高なる天海を下に見るな!現代の一般の世にとっても陰陽界にとっても!貢献しているのは我々だ!何故我らの功績が足元に見られる⁉おかしいではないかっ!」


 やはり、天海。クラスメイトの天海の父で間違いない。

 そして、下に見たことなんてない。そうしているのはむしろ今の呪術省だろうに。そういった制度を作って、雇われた市の陰陽師はその地に陰陽大家の当主がいたら従うように定めてある現行法が間違っていると訴えるべきだ。


 それに、霊脈が無事であるなら他の物事などどうでもいいというのが基本的な当主の考えだ。その地に根幹を為すものであり、当主たちの生命線でもある。その霊脈を守ってきたから当主になり得ている。

 我が家もそれは同じだ。霊脈は殺生石の封印に用いられたもの。それが狂えば、殺生石と共にあった人の憎悪が溢れて魑魅魍魎が闊歩する世界になってしまう。そういう意味では霊脈を乱さないように父さんは何度も四門を巡っているし、市への援助を絶やしたことがない。

 やることはやっているのに、理解されないとは。まんま、彼の台詞の通りだ。


「たしかにあなた方天海の貢献度は大きなものでしょう。ですが、承認欲求が満たされていないこと程度で今回のことを引き起こしたことに関しては釣り合いが取れない。それほどまでに禁術に手を出したのは現行法でも大罪だ。そして、土地の霊脈に手を出すということも」


「それがどうしたぁ!マッチポンプだろうと、我らの名を再び広めるにはこの方法しかなかった!貴様らを排除した後に蟲毒によって産み出された存在を私の手で祓えば、もう一度天海の天下を……!……?いや、強力な存在を呼び出して贄にし、重なる呼び出しによりあの存在を呼び出して討伐……?いや、いやいやいや!我らが、陰陽師の天下たる彼(・・・・・・・・・)を手助けするために……⁉」


 思考が纏まっていない。顔を塞いで息も荒くなっている。洗脳が融け始めたために、術による再拘束が彼の脳を焼き切っているのかもしれない。


「明様、あの方をもう見ていられないです……」


「そうだな……。天海の傍流よ、これ以上の羞恥を晒さないためにあなたを止める」


 俺とミクが一斉に呪符を投げつける。ゴンも身体に霊気を纏い始めた。抵抗されても良いように、少し火力を高めに術を発動させる。


「ON!」


「オン・サラバタタギャ・ボシチ・バン!」


 火には聖火と呼ばれるものがあり、灰も聖なるものとされることが多い。そのためミクもゴンも悪しきものを祓うために火を繰り出した。

 ミクは大日如来への真言を捧げ、ゴンはお得意の狐火を。特に真言を述べる際には両手を合わせることで儀礼に則り、更なる効果を産む。


 一方、俺は避けられないように天海父の身体を抑えるようにしめ縄を呪符から出して、手足と胴体を捕らえる。そこに押しかかるいくつもの炎。

 だが縄で捕らえきる前に天海父に一枚の呪符を出されて、それを蟲毒が行われているものの中心に投げ込んだ。


「えっ⁉」


 その後縄に縛られ、火に焼かれる。さすがに蟲毒を守るために防御術式でも使うと思っていたので、直撃した瞬間にミクもゴンも追撃をやめる。目の前の人間を止めようとは考えていても殺そうとは思っていないんだから。

 一方、麒麟門の方は滝からの濁流を受け止めたかのように悪性の霊気を溢れさせていた。


「ハハ……ハハハハハハ!ああ、これでこの地から災厄は巣立つ!これで娘はこんな災厄に怯えずに済む!これで……この地は憎き狐から解放された!」


「クソッタレ……。『それ』を弱みとしてつけ入れられたんだな……」


 プロの陰陽師ならどんな相手だって洗脳などに類する呪術への備えはしている。だが、それでも洗脳に引っかかるとしたら精神的な弱さが原因。

 今回は自分の娘が住む土地に、かの安倍晴明を呪い殺した玉藻の前がこの土地に封印されていると知り、その呪いが今も残っている、または殺生石が残っていると相手に語られたからか。

 陰陽師はその身体に霊気を宿し、陰陽術などと言う力が使えても人間であることには変わらない。自分にとって大事なものが強請られれば、そちらを選んでしまっても仕方がないとも言える。


「ゴン、あの人を治療してやってくれ。蟲毒から、溢れ出る」


 霊気が纏まり始めて、姿を現す。真っ黒と紫が構成する、ゴンの本来の姿と同じような大きさの二尾の狐。それが顕現する。


「アハハハハハ!おめでとう、玉藻の前!一千年の眠りから解放された大妖怪め!その鬱憤を晴らせ!貴様を封じた陰陽師を殲滅しろ!」


『黙れバカ。さっさと寝てろ。あの御方はもっと神々しくて、蟲毒なんかに負けはしない。陰陽師にどうにかできる方ではない』


「コペッ」


 ゴンが前足に霊気を込めて顔面にある術を押し当てる。強制的に気絶させて、なんか首が変な方向に曲がってるし、口から泡を出している。


「……殺してないよな?」


『失礼な。全治三か月くらいにしてある。それよりも集中しろよ。あの御方ではないが、ちゃんとした力を持つ同胞だ。蟲毒によって不当に強化されてるしな』


『くわぁーーーーーーーーーん!』


 狐の咆哮の後、狐は上空へ駆ける。天井など関係なく突き破っていった。天井はあっさりと崩壊する。


「キャアッ⁉」


「ミク!」


 天海父はゴンが守ってくれていたので、俺はミクと一緒に簡易方陣を組み立てて崩壊する瓦礫から身を守る。身を寄せ合いながら崩れる上空を見ると、全ての階を貫いて夜空が見えた。

 地下三階、地上十二階全ての天井をぶち抜いていた。大黒柱からはズレていたみたいなので建物そのものが崩壊するようなことはなさそうだが、瓦礫の山が酷い。

 携帯電話を出して星斗にかける。外にいるはずだし、少しは時間を稼いでもらわないと。


「星斗、蟲毒によって産み出された狐が市役所の頂上にいるはずだ!俺は麒麟門を収めるから少し時間を稼いでくれ!」


「ちょ、お前の友達がやられたし、何か怪しい奴にも攻撃されて、蟲毒に引き寄せられた魑魅魍魎の相手で手一杯だ!蟲毒の相手まではできないぞ!」


「祐介がやられただぁ⁉お前がいて何やってるんだよ!」


「彼が一人先行したんだ!」


「……あのバカ」


 約束守らずに勝手しやがって。星斗のこと待てって言ったのに。


「ゴンを向かわせる。何とかしてくれ」


「何とかって──」


 通話を打ち切る。ゴンは聞こえていたのか、天海父をその場に放置して駆け抜けていった。


「ハル様、どうするんですか?」


「俺はまず麒麟門の制御をする。ここからあの狐は力を得てるから、まずは接続を切る。そうすれば少しは弱体化するはずだ。ミクにはやってもらいたいことがある。ここを出て、高い建物の屋上に向かってくれ」


「まさか、ハル様──」


「式神降霊三式を行う」


 その前に、麒麟門を鎮めなければ。暴走した霊脈を正常に戻すなんて初めてやるが、泣き言は言ってられない。

 祝詞が書かれた一枚の紙を懐から取り出す。霊気を自分と麒麟門で繋げた上で、書かれている祝詞を詠みあげる。


「難波家四十八代目当主、難波明が奉る──」




次も三日後に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「何故我らの功績が足元に見られる」って文章がありますが、足元を見るならともかく、足元に見られるという慣用句は存在しないと思います。 普通に「下に見られる」で良いのではないでしょうか。
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