1ー4ー3 さて、九州へ
「もしもし?」
「明。今大丈夫か?」
「まあ。隣にタマいるけど、それでも大丈夫な話?」
「ああ、大丈夫だ。他に人はいないんだろ?」
「いない」
随分と慎重に尋ねてきたので、もう一度周りを確認してから答える。銀郎とゴンも頷いているから聞き耳を立てている存在はいないだろう。
それと星斗の声のトーンが低い。マジで何かあったんだな。
「確認するけど、地元にいるんだよな?」
「ああ、今は外だけど誰もいない。こっちの声も漏れなくしてある」
「緊急事態、じゃないみたいだな」
「まあお前には確認したかったけど、緊急……いや、緊急だ。焦ってはいないけど、緊急ではある」
ん?良くわからない。あっちで何かあったらしいけど、地元の危機とかそういうことじゃないらしい。でも緊急とは。焦ってなくて緊急って意味がわからないぞ。スピーカーモードにしてミクたちにも聞こえるようにしてるけど、誰もその意図がわかっていない。
「何があった?」
「……お前、神奈が土地神だって知ってたのか?」
夢月神奈さん。星斗の婚約者で長期入院している方だ。地元に帰っているんだから会いに行くのも当然。
そして星斗の質問の答えは一つしかなかった。
「ああ、もちろん。父さんもタマも気付いてた。むしろ何でお前が気付かないんだって思ってたよ」
「……気付いていて、何もしなかったのか⁉︎神奈はもう、立ち上がることもできないんだぞ!それがわかってて、日本を変えたのかよ⁉︎」
「は?夢月さんが、立ち上がれない?」
「身体を保てないんだよ……。知らなかったのか⁉︎」
『星斗、明に当たるな。あの神はそれを承知の上で明を止めなかった』
「……ゴン様」
話の流れが読めない。夢月さんが身体を壊していたのは知っている。それが信仰不足によるものだということも。
いつ頃土地神になったのかわからないが、ただの土地神に神の御座を維持できる力もなく、信仰を得られる社もなかった。夢月さんは幸いにもウチの社が玉藻の前様を信奉していたために神々に対する信仰は若干あり、存在を問わない純粋な神への信仰でどうにか身体を維持してきたとゴンから聞いた。
だから神の存在が認められた今、夢月さんの身体を維持できなくなるなんてことが──。
違う。逆か。神が認められたから、人間という認識をされている夢月さんの存在を維持できない?
「待て、ゴン。そういうことか?神として祀り上げないと、夢月さんは神としての肉体を失うってことか⁉︎」
『ああ、そうだ。夢月のあの姿は誰がどう見たってひ弱な人間にしか映らない。神としての信仰を得ることは愚か、存在の維持すら怪しい。そしてそんな衰弱しきった神を、地上に興味を持ち出した神が見逃すと思うか?』
「じゃあ、神奈は……」
『近い内に、身体を維持できなくなるか。神による迎えが来るか。その二択だ。土地神として地上に縛るのは無理だろう。それだけの力が神奈には残っていない』
神が人間に堕ちることもある。だが、それは何かしらの罰を犯した時。そして人間としても何かしらのペナルティを受ける。それが人間へ堕ちるということだ。今までの記憶があるとも限らない。
下手をしたら、夢月さんだったという証拠が何もわからないような存在になってしまうかもしれない。人間に堕とすことが正しいとは思えない。
神とは人間を超越した存在だ。その神としての在り方を崩された今、それよりも脆弱な存在になれるのか、という問題もある。
「……社を作っても、遅いですか?」
『遅い。本来の土地神としての在り方と、神奈は逆なんだ。社や土地など、信仰が生み出される場所に産み落ちるのが土地神。だが神奈の場合、神として産まれ落ちるのが先だった。彼女を保護する場所も土地もなく、土地神になってしまった。彼女は玉藻の前に向けられた信仰の余波で現れた神だ。難波の土地に縛られた、神の代行を務めてきたただの個に過ぎん。彼女を別個の神として顕在させずに神の世界へ揺り戻した時点で、できることはない』
「どうして教えてくださらなかったんですか!時間が必要なら俺が──!」
『五百年。土地神が一柱として認められるのにかかる歳月だ』
「え……?」
星斗の必死な声も、ゴンの残酷な現実に搔き消える。五百年。人間にはとても、どうにかできる年数じゃない。人間の寿命の、軽く六倍だ。そんな時間を一人の人間がかけるのは不可能と言っていい。
その年月も理解できる時間だ。ゴンが神になったのはこの一千年の間。しかも天狐として可能性が存在する狐でそれだ。
ただの無垢な存在が神となるには、それくらいの時間は必要だと思う。
「マユだって神になりかけているって話です。同じようにはいかないんですか?」
『無理だ。人間から神に上がることと、神になりかけの存在が神に認められるというのは過程が異なる。元となる自我が神奈にはなかったんだ。自我の形成、肉体の創造。信仰なんて脆いもので創ってある神奈と、生物の成り立ちで産まれたマユじゃ元となる存在の根底、強度が違いすぎる。……神が万能だと思ったか?なら神話に失敗談なんて含まれていない。それと同じで、人間にも限界があるぞ』
「……それでも俺は、彼女のために何かをしたい」
『なら自力で探せ。オレは残酷な言葉しか吐けない。明たちにも、そんな知識はない』
「ッ!……そうですか。ありがとうございます、ゴン様。俺は最後まで諦めません」
「星斗。黙ってて悪かった。二人の問題だと思って、口を出さなかった」
「……いいよ。こっちこそ悪かったな。旅行中だっていうのに」
こっち気遣う余裕があるなら夢月さんのために頭働かせろよ。……最終手段が、あるかもしれない。
「星斗。姫さん……瑞穂さんには聞いたか?」
「聞いてない。法師に聞けってことか?」
「それともう一つ。泰山府君祭。あれは神を天へ送り返す術式だ。おそらく本質は神に干渉する術式だ。法師ならもちろん、難波にいるはずの金蘭様に伺えば詳細がわかるかもしれない」
「!……金蘭様が、こっちにいるのか⁉︎」
「たぶん。そのことも瑞穂さんを通して法師に確認をとるべきだ。瑞穂さんの連絡先ならわかってるだろ?」
「ああ!ありがとう、じゃあな!」
星斗は光明が見えたのか、早速行動に移る。電話も切られて、姫さんに電話をかけていることだろう。
そのひたむきな姿が羨ましくて、軽く鼻を鳴らしてから携帯電話をしまった。
『んー?金蘭様、まだ難波にいるのかニャ?』
「いるとは思うけど。基本あっちにいるんだろ?京都とかに出て来る用事あったっけ?」
『さあニャア。……坊ちゃん、金蘭様ニャラなんとかなると思ってる?』
「いや。可能性があるって程度だと思う。それでも星斗は何かしらしたがるだろうから。一番は夢月さんの側にいてあげることなんだろうけど、星斗がそれで納得しない」
『やらせておけ。それがあいつの選んだ道なら、それでいいだろう』
そう。どうにかするのは星斗次第。あとどれだけ夢月さんが保つかわからないから断言はできないが、時間は限りなく少ないだろう。
どんな結末になったとしても、今の行動を後悔しないように。それくらいしか俺は願えない。
「何か進展があったら連絡を入れてくるだろ。……そろそろ戻るか。ミク、また抱えようか?」
「それじゃあ。お願いします」
来た時のようにミクをお姫様抱っこしてホテルの入り口へ向かう。先にコンビニに行って全員の夜食を買ってからホテルへ戻った。今度もテラス席からホテルの中に戻り、ミクを部屋まで送ってから自分の部屋に戻った。
星斗の決意。




