1ー4ー2 さて、九州へ
明日について。
ミクを抱きかかえたまま、二階の解放されたテラス席から足場を作り出して屋上へ向かった。誰もいなかったことを確認して、ミクを足から下ろす。ゴンがすぐに防寒と防音の術式を周りに使ってくれた。
「ま、これで明日からめんどくさいことはなくなるだろ」
「そうかもしれないですけど!恥ずかしかったです!」
「じゃあ、ここならいい?」
「……いいですけど」
誰にも邪魔されず、ミクともう一度口づけを。さっきよりもしっかりと繋がっていると、唇を離した途端にプイと視線を外されてしまった。頬も膨らんでいる。
「……付き合ってるって言えば良かったのに」
「それだけじゃ収まらないと思って。婚約者ってことは言わない方がいいと思ったけど、だったら行動で示すしかないんじゃないか?」
「抱きしめる……じゃ、ちょっと効果薄そうですね。ああ〜……。部屋に戻ったら質問責めにされそうです……」
「俺もだな」
知ってる人間には餌を提供しただけ。酒の肴ではないけど、絶対うるさく言われる。それはしょうがないけど、一々呼び出されて呼び出されたのを見て悶々とするより遥かにいい。宿泊学習以降の抑止力にもなる。
「あ、薫さんに婚約者って言っちゃいました。大丈夫ですよね?」
「天海ならいいだろ。話を広めるような奴じゃないし。話が大きくなったら面倒だけど、天海からは広がらなそうだし」
「……相変わらず、鈍感ですね」
「何が?」
「ううん。大丈夫です」
鈍感とは。はて。今日告白してきた子たちの気持ちに気付けってことなら無理だぞ。クラスも同じじゃないし、名前も知らなかったんだから。そもそも接点あったかって話。多分ない。
下ではまだ騒いでるだろうから、消灯前に戻ればいいだろ。
「……さっきお風呂で、すっごく聞かれたんですよ。馴れ初めとかそういうの。やっぱり皆さんそういうの興味津々みたいで」
『こいつも聞かれてたから同じだな。人間ってそういうの好きだな。誰が誰を好きだのって』
「思春期だからってこともあるだろ。あとは旅行特有の浮かれ方っていうか。真面目な話よりはそういう与太話の方が好きなんだよ」
『京都や日本の惨状から目を逸らしたいわけか?』
「そう。大人も子どもも変わらないんだよ」
人間の防衛本能が働いているだけ。思春期、それに俺が時の人だからっていうこともあるんだろうけど、そうやって今までの常識を守りたいだけ。妖や神っていう、それまでの生活では見え隠れしていた存在が台頭するのを脳が受け付けないだけ。
人間の大半は楽な方へ進みたがる生き物だ。現実逃避が楽な方だからそっちへ目を向ける。姫さんや星斗がいるのもそれを助長している。非日常は上の人間に任せればいいと思い込んでいる。
自分達にも降りかかることなのに。
『さて。甘ったるい話は一旦終わりにしましょうや。明日の話、未来について』
『そうニャ。日程表を見る限り福岡にいるのは明日の自由行動まで。そうしたら次は熊本に向かうのニャ。ということは、坊ちゃんの未来視を信じると事件が起きるのは明日。タマちゃんが狙われるとなると、こっちも真剣に対策を立てないといけないのニャ』
銀郎と瑠姫も姿を表して話し合いに入ってくる。そう、あの思春期空間から逃れるためだけに屋上に来たわけじゃない。おそらく明日起こるであろう妖の襲来についてだ。
あの未来を視て。意図的に未来視をやってみたけど同じ未来しかわからなかった。その後のことは一切わかっていない。
つまり、極限られた情報で対策をしないといけないんだけど。
『あっしが間に入るのはダメなんですかね?それかこいつに防御してもらうとか』
「だけど、抵抗したら街を戦場にしないか?駅の近くだから、人はたくさんいる」
『でもあたしらだって坊ちゃんが怪我するのは避けたいし、タマちゃん狙われるなら全力で守らないといけないニャ』
『一番の問題は珠希が狙われる理由がわかってないことだな。妖が明ではなく、珠希を狙う理由。珠希に手を伸ばして、明に用はないって言ったんだよな?』
「ああ。だからミクが狙われてるんだろうけど」
「わたしとハルくんの差って霊気と神気の量が多いことと、狐憑きってくらいでしょうけど……。それだけでわたしが特定で狙われることってあるでしょうか?」
『わからん。力試しだったとしたら珠希より明の方が戦上手だし、なんなら二人と戦えばいい。なのに明は除外、か』
そう。ここ数日全員で考えてはいるのだが、結論は出ないまま。何でミクなのかって話だ。狐憑きの中で一番力があるのはミクだろうけど、狐憑きだから狙われる理由があるかと言われたらない。狐憑きにしか使えない術式なんて、それこそ式神降霊三式の受容者になるくらいで、それ以外の特殊な術式も儀式も思いつかない。ゴンにも心当たりがないらしい。
姫さんにも聞いてみたけど、そんな術式に覚えはないそうだ。だから本当に理由がわからないのだ。
『一つ警戒することが。さっきこのホテルの近くに妖……のような者がいやした』
『へー、気付かなかったニャ。でもなんか曖昧じゃニャイ?』
『仕方がねーだろ。魔だとはわかるんですが、それ以外にわからなかった。血の匂いもするし、良くない者なんでしょうけど、妖っぽくもなく』
「銀郎の鼻でもそうなのか?……もしかして今回、かなりの大事か?」
『かもな。……市街地を戦場にせず、全員無事にどうにかする。かなりの難題だな、こりゃあ』
「銀郎様が察した妖のような存在も、明くんが視た妖とは別かもしれないんですよね……。このタイミングで目覚めたんでしょうか?」
「龍脈活発化させて、冬眠から覚ましたってこと?……ありえない、とは言えないんだよなあ」
それからもあーだこーだ話し合っていたが、結局結論は出なかった。未来視だって外す可能性があること、敵が詳細不明すぎること。俺を殺す気が無かったと推測できること。そのため臨機応変ではないが、もし俺に何かあってもまずは話し合いにすること。
本当に明日にならないとわからないのだ。父さんにも聞いてみたが、未来が視えなかったとのことで俺の見間違いの可能性があること。元々未来は不透明だから、その時になってみないと対処法なんて正確には立てられないとも言われてしまった。
それでも消灯時間までもう少しあったのでどうやって時間を潰そうかと思っていたら、携帯電話が鳴る。これと財布だけは浴衣の袖に入れておいた。携帯電話を開くと、相手は星斗。
このタイミングで何でだと思ったけど、俺の宿泊学習に合わせて星斗は実家に帰ってるんだった。そうすると向こうで何かあったんじゃないかと思って着信に出ることにする。
次も二日後に投稿します。
感想などお待ちしております。
あと明日の20時にとある作品を一章分だけ上げます。そちらもよろしくお願いします。




