1ー4ー1 さて、九州へ
ロビーにて。
明たちがゆっくりと風呂から上がってホテルに備え付けだった浴衣を着て暖簾をくぐると。同じく浴衣を着た天海が壁に寄りかかっていた。
そして明が出てきたのを確認して、有無を言わせず明の手を引いていった。その様子に口笛を吹く同じクラスの男子。それを気にせず行動する天海。
「早く来てっ!」
「天海?」
訳も分からず明が引っ張られて行くと、ホテルのロビーで人だかりができていた。男女半々ぐらいの割合で、浴衣を着ているが全員陰陽師大学附属高校の生徒たちだった。
顔をしかめながら近づいて行くと、その中心にいるのは珠希だとわかる。
「どういう状況?」
「白糸の滝に来なかったクラスの男子が珠希ちゃんに告白したの。しかも三人。珠希ちゃんも断ってたんだけどしつこくて。その騒ぎであの人だかり」
「はぁ。……天海。ありがとう。実力行使するから、霊気高めておいてくれ。あとこれ、祐介に渡しておいて」
「うん。じゃあ、よろしく」
天海は手を離して、入浴セットを受け取ると抑えていた霊気を解放する。それが予備動作だとわかった者だけ同じように霊気を解放していた。霊気を日常生活で抑えようとしていなかった者も、警戒だけは強めていた。
そして明が一歩踏み出したのと同時に、霊気だけを全開にした。神気が伴わないその解放でも、明の今の霊気はプロの八段上位、九段にも匹敵する保有量だ。五神にも届くその霊気を、彼女を守るためだけに使い、そんな圧に耐性のないただの学生たちは発生した旋風に吹き飛ばされ、腰を抜かしていた。
心構えていた者たちはなんとか立ったままでいられた。もちろん、明以上の霊気を持つ珠希は平然としていたが。
「珠希に言い寄るのはいいけど、これくらいの実力は持ってもらわないと」
「明くん」
霊気はそのままで近付く。告白しようとしていた男子たちはその霊気を受けて茫然自失。それが誰だったかを確認するまでもなく、明は珠希の横に行く。
そしてこれまでの告白が正直めんどくさくなって、お互い恋人がいるのに何でこんなことになっているのかと考え、ここで見せしめてしまえばいいかと思って珠希の肩を左手で抱き寄せる。そのまま顎を右手で上げて、唇を重ねた。
その鮮やかな、流れるような動きとこんな人目に着くような場所での大胆な行為に、女子から黄色い声が飛ぶ。
「きゃー!」
「大胆!っていうか、羨ましい!」
二人はしばらく見せつけるかのように長い間キスを続け、唇が離れる時も漏れる「プハッ」という呼吸音、そして二人の離れていくために形の変わる唇が耽美で、その様子に周りの人間は目線を釘付けにされていた。
された側の珠希もこの場で、何も言われることなくキスをされたことで顔を真っ赤にして、更には口をパクパクと閉口していた。今までも何回かキスはしていたが、人前でするのは初めてだ。式神以外に見られたことはない。一方明は顔つきを変えることなく、珠希の肩を抱いたまま周りに目線を向けていた。
「こういうことだから。あと、ここからは恋人の時間」
「へ?ひゃあ!」
明は珠希を抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこだ。それ以上何も言わず、明は珠希を抱きかかえたまま階段へ向かった。
「あの、明くんっ!恥ずかしいです……!」
「ちょっと我慢して」
「お、重いですから!」
「軽いよ」
周りの視線を気にせず、二人はそのまま階段を登って行ってしまった。その光景にポカーンとしてしまう周り。
姿が見えなくなった瞬間、女子が爆発していた。
「か、カッコ良すぎない⁉︎あんな彼氏欲しかったー!」
「颯爽と助けだして、見せつけて奪ってくとか凄い!平然とお姫様抱っこやっちゃうのはやばいって!」
「霊気も凄かったー!あれだけ霊気あったら、そりゃあ呪術大臣の代わりに選ばれるって!」
「私五神の演習近くで見たことあるけど、難波君の霊気の方がよっぽど高かったよ!四月だって鬼から学校守ってくれたんでしょ⁉︎実力もあってイケメンで将来有望であんなことできて!」
「「「那須さんいいな〜!」」」
それが他のクラスの女子たちの意見。天海たち同じクラスの女子は明のことを知っていたが、あそこまでやるとは思わず、刺激が強くて鼻を押さえている者も。彼氏がいる者は自分の彼氏と明を比べてしまい、ちょっと気落ちしていた。
一方の男子。告白しようとしていた連中は見せつけられ。
周りにいた野次馬は霊気の量に慄き。
事情を知っている者からしても、あそこまで見せつけるのかと驚いていた。
ロビーはさっきまでもうるさかったが、これからも主に姦しくなって声は途切れなかった。
そんなホテルの外。近くの木の上に一人の女性が立っていた。頂点の上に、その人は立っていた。星と月の明かりを何ともしない、黒いスーツに身を包み、成人男性並みの長身と抜群のポロモーションを隠すことなくそこへ存在していた。
とある存在からある人物の監視を頼まれていて、その人物がお眼鏡に叶えば誘導しろと言われているのだ。
その人物の、潜在能力を読み取った女性は、満足げに頷く。
『カカ。これはひょっとしたらひょっとするぞ……?ようやく姿を拝めそうじゃ。ちぃっと待ったが、そこまで長いことでもなかったかのう。して、神の呪いは解けるんじゃろうか?』
とても楽しそうに、音を漏らすその女性。着ている服とその口調は酷くミスマッチだったのに、それでいいかのように声は届く。
どっちなのか把握した後は報告のために一度離れることにした。また明日の朝、尋ねればいい。人間の生活習慣的に今から連れ出すのは難しいと思っていた。団体行動をしているのであればなおさらだ。
そういうわけで女性は、姿を消した。闇に紛れるように誰にも気付かれることなく、その姿は黒へ溶けていった。
次も二日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




