1−1−2 さて、九州へ
寸劇の答え合わせ。
「そういえば大峰さんこそ学校どうするんです?依頼主が失脚しましたけど」
「そうだねえ。護衛の仕事なんて辞めて本業に集中したいかな。瑞穂さんに聞きたいことがいっぱいあるし、星斗さんの補佐を五神としてやらなくちゃいけないんだゼ?呪術省の負債も出てくる出てくる。学生なんてやってられないっていうのが本音かな」
「ですよねえ」
この人、土御門と賀茂の護衛のためだけに卒業した学校で学生をやらされているのだ。今更あの二人を守ってどうする。彼らに誹謗中傷が集まっても、それから守る義務は大峰さんにはない。護衛というのは妖とか呪術犯罪者が主な相手だったのだろうが、一般市民から何か言われることまで守ることはしなくていいだろう。そんなものは家の問題で、彼らの負債。それに付き合わされる大峰さんが可哀想だ。
契約内容を知らないからそう思っているだけで、そういう言葉の暴力からも大峰さんはあの二人を守らないといけないのだろうか。
「あれ?大峰さん、えーっと、あの人を瑞穂として認めているんですか?」
「認めるも何も。たとえ十七年前に亡くなっていて肉体がなくても。記憶と魂がああやって存在しているならあの人こそ瑞穂さん。裏・天海家で最高の傑物は彼女だゼ?ボクは所詮代用品。麒麟の主権も握られたままで、どうしてボクが正当後継者だー!って言える?」
ミクの疑問に答える大峰さん。まあ、あの人を超える人物なんてそうそういないだろう。現状最高峰の陰陽師。姫さんに匹敵する陰陽師ってマユさんしかいないんじゃないか。
他の五神も本体を呼び出せるようになったみたいだけど、マユさんは長年玄武を呼んでいたことと、身体に蓄積している神気が桁違いだ。というか。この前の一件以降マユさんの神気が霊気を上回った。今までは霊気と神気が7:3位だったのに、今では逆転して3:7だ。霊気と神気の合計量ではミクと対して変わらない。まだミクの方が多いけど。
最近身体の変化が激しくて寝込んでるって星斗から聞いた。お見舞いに行きたいけど、家知らないしなあ。
「ボクの進退は後でいいの。辞める時になったらちゃんと君たちには言うから。そ・れ・で。見過ごせないことが一つ残ってるんだな〜、これが」
大峰さんが出したもう二枚の写真。あら、呪術省に侵入している時の俺とミクの黒ずくめの格好じゃん。防犯カメラとかに残ってたのか。
犯罪だからなあ。やったことは。
「これ、君たちだろ?狐の仮面を被る男女二人組。瑞穂さんに指名されるほどの深い繋がり。それにクラスの打ち上げ拒否したんだって?そんなわけで状況証拠が集まってるんだけど?」
「理由としては弱くありません?ゴンがいるから狐のことは好きですけど、それだけで俺たちって特定するのは。瑞穂さんに指名されたのは父の影響でしょう。父は瑞穂さんと旧知の仲のようですから。文化祭の打ち上げは疲れ切ってたんですよ。神楽ってすごく疲れるんです。朝から晩までお客さんの対応してたら疲れるのも当然でしょう」
理由がそれだけならこれでシラを切ろう。他にも理由があるならゲロっちゃってもいい。
そう思っていると、茶色い封筒から一枚の紙が。姫さんのサインが書かれていて……。うわ、嵌められた。
「最初から瑞穂さんの証明付きなの。ごめんね?」
「俺たちのこと滑稽だと思って見るなんて、酷いですね」
「うんにゃ?珠希ちゃんを庇おうとする誰かさんを見たかっただけだゼ?」
余計タチが悪い。姫さんも人が悪いなあ。もうバラしてるって言ってくれればこんな茶番に付き合わなかったのに。
この茶番、伏見校長も八神先生も見逃したのかよ。二人も俺たちを嵌めようとしたっていうのは悲しい。頼れる大人だと思ってたのに。
「二人がかりとはいえ晴道を倒すなんてねえ。で?なんのために呪術省に忍び込んだの?」
「どうせ瑞穂さんから聞いているでしょう?麒麟の書ですよ」
「ウンウン。やっと素直に話すようになったか。じゃあ瑞穂さんや道摩法師とはいつからの付き合い?」
「付き合い……。道摩法師と初めて会ったのは八歳の時です。難波に襲撃をかけてきたので迎撃しました。次に会ったのは入学式の時ですね。その前にお二人とも一月にあった難波の事件を見学していたそうですが」
「……そんな最近なの?」
意外だっただろうか。向こうはだいぶ前から俺たちのことを知っていたようだけど、俺たちがちゃんと知ったのは一月。初めて正式に顔を合わせたのは入学式。嘘じゃない。瑞穂さんは俺が産まれてすぐ顔を見に来たらしいけど。
仲良くさせてもらっているけど、直接顔を合わせたことなんてどれだけあるんだか。四月には殺されかかってるし、単純に仲間や味方という言葉では言い表せない。そんな間柄だ。
「新入生歓迎オリエンテーションの時だって、どういう意図か知りませんけど殺されかかったのは事実です。それからは敵対するのはやめようと思って少しずつ交流していただけですね。ああ、文化祭にも来てましたよ?」
「え?」
「平然と来てました。俺たちの神楽も見ていましたし。色々なところに顔を出しているらしいですよ?先日の『かまいたち事件』にも関わっているらしいですし」
「先代だけじゃなかったのね……。いえ、先代が関わってたんだから、瑞穂さんが裏にいてもおかしくないのか」
「随分と仕込みが多いんだな。さすが道摩法師。呪術犯罪者として活動してきたのはそういう仕込みも含まれていたんだろう」
「それにしても人間の式神に、一千年生き続ける法師ですか。君たちには言っておきますが、法師は様々な人間に狙われています。人間の寿命を伸ばそうとする医療従事者。誰よりも知識のある陰陽師として陰陽師の高みを目指す存在。そして政府による法で縛ろうとする者。それに屈するとは思いませんが、彼の知識と技量を求める者は多い」
大峰さんと八神先生が感心していたが、伏見校長は逆に不安を見せる。人間の寿命に歯向かうその在り方。そして死者と思われる存在を式神として利用。鬼などの妖や動物であれば式神として契約できていたが、人間という例はことごとく少ない。降霊であればいくらか実証があっても、その呼んだ存在を式神にするなんてさらに例が少ない。
前提条件が厳しいということもあるが、人間を式神にしてどれだけの利益になるかという意見もある。戦闘能力でいえば式神を呼ぶくらいなら他の妖と契約した方がよっぽど役に立つ。それに式神という技術すら下火な現状、死者蘇生というわけでもない式神にする理由があまりないだけだろう。降霊の前提として相手が認めるか、力量が下の者しか降ろせない。そんな存在を呼んでどうするって話。
降霊される側にも拒否権があるから、相手によっては全く呼びかけに応えないだろう。そんな非効率な術式を極めようとする人間は少ない。研究職とか、一部の際者だけだ。
そういう意味では法師は今存在する陰陽師の中でも別格の力と知識を持った存在。下手したら世界の異能者を見渡しても最高峰の存在かもしれない。日本だけじゃなくて海外からも狙われるかもしれない。キャロルさんの組織も動きそうだ。
一千年生き続けている存在なんて、歴史家や知識を求める存在から狙われるに決まってる。生き字引なんてレベルじゃない。今まで解明されなかった謎が解けるかもしれないんだから。
「それは大丈夫だと思いますよ?あの人は強いですし、医療の発展にはこれ以上貢献できませんから」
「タマ?どういうこと?」
「そのままの意味です。呪術大全以上に貢献できることは、あの人にはないですよ」
ミクの断言にその場にいた式神以外の全員が首を傾げる。呪術大全が現代医療に大きな影響を与えたのは事実だけど。それ以上を法師が与えられないってどういうことだろう。
いや、でも?寿命についてはそういうことか?彼の身体には神気が宿っている。それを上手く使えば寿命を伸ばせるかもしれない。神々なんていつから生きているかわからないんだから。ミクのように莫大な神気を持っていたら人間としての身体が持たないけど、調整できる程度の神気で調整方も知っていたら。
それに神気なんて誰でも持ってるものじゃない。後天的には増大こそすれ、無から有になるにはかまいたち兄妹のような神への敬愛を抱いてなければ不可能だろう。つまり、誰にでもは転用できない。
そういう意味ではミクの言葉は的を射ている。
「実力的にもあの人を捕らえられるのはマユさんと瑞穂さん、あと一人くらいでしょうか?最後の方もあの人の味方なので、そんなことしないでしょうし」
金蘭様か。人間という括りだと確かにそれくらいしか法師に拮抗できる人はいないな。
「ボクじゃ、無理だろうね」
「おそらく。まずは瑞穂さんに並ばないと」
「逆に言えば、玄武は拮抗できるんだ?」
「はい。現代の人で一番実力があるのはあの人だと思います」
それには同意見。神気の量がまず桁違いで、しかも強力な式神を連れてる。知識量はわからないけど、五神なんだから相応のものは得ているはず。
金蘭様も姫さんも厳密には現代の人とは言い難いから、マユさんを筆頭に置いてもいいと思う。ただ姫さんの今の状態ってどうなんだろう。ただの式神には思えない、違和感を覚える。ただそれが何なのか具体的には言えないんだけど。引っかかっているのがもどかしい。
「君たちの意見はなかなか興味深かった。……学校が再開されれば学生からの目線が変わるとは思うが、耐えてほしい。我々教員でもできるだけのことをするつもりだ」
「まあ、お前らは土御門や賀茂に比べれば目線が好転するから問題ないだろう。ただ、何か問題があればすぐに俺に言え。賀茂の対処に困っていなければ助ける」
「そこは教師として、頼ってくれって言ってくれた方がありがたかったです」
「確実にできる保障がなければ断言しない主義だ。絶対に賀茂の方では揉めるからな。宿泊学習なんて特殊状況下だと特に」
「呪術省からの最後のワガママですからねー。京都が落ち着くまで疎開させろって意地でも通してきたんだゼ?ヤになるよ。あ、ボクは行かないから旅行楽しんできてね?」
「大峰さん、こっちでやることが山積みですか?」
「呪術省が潰れたんだから、それはもう。この間の映像でボクが当代麒麟ってバレちゃったし」
法師たちが暴れていた映像が出回ってるからな。朱雀を除く五神に先代麒麟の顔など、今や動画サイトに載って検証とやらがされている。大峰さんが今この学校の一年生として通っていることも、すでに一度卒業していることも知れ渡っている。
いくら個人情報を抹消していたとしても、学校の卒業アルバムや入学式の写真とかまでは全部どうにかできないからな。
「難波、那須。宿泊学習の班員は住吉と天海にしておいた。それなら心置きなく旅行を楽しめるだろう?」
「……お気遣いありがとうございます。あの二人は今更難波が安倍晴明正当後継者の家と知っても態度は変えないでしょうから」
「はい。その二人で良かったです」
「こんな時だからこそ、旅行を楽しんでおけよ。せっかく呪術省がいらない気を回してくれたんだ。利用してやれ」
「それはもう、存分に」
「二人とも。ボクへのお土産よろしく〜」
「……星斗とマユさんの分も合わせて一緒で良いですか?」
「それで良し!というかそれが良い!できたらボクと星斗さんの分だけ一緒にとかは──」
「しません」
星斗には婚約者がいるのに、何で男女で一緒のお土産にしないといけないんだか。星斗もマユさんも大変だろうから買ってくるお土産に、おまけで大峰さんの分が加わるだけ。セット物とかは買ってこないからな。
次は二日後に投稿します。
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