5ー3ー3 旗はなくとも
別れ。
「現人神の顕現……。まさか人の怨念を集めて、邪神として顕現しようだなんて。もしそんなことが罷り通れば、神の御座が侵食されて、崩壊する。日ノ本を支えている神の御座が崩壊すれば、文字通り日ノ本も崩壊し、黄泉の門も開く。神は存在が消え、死者という概念がなくなり、天変地異が襲う……」
「……神が死ぬということは、玉藻も死ぬ。神の血がまだ残っている者も、消える」
「人として降りてきたのに、ままならないわ。……妖を倒せることがわかって、探索の足を伸ばしたらもっと強い存在を見付けてしまった。そして力のない土地神を殺したことで土地の加護がなくなり飢饉の発生。悪循環が生まれているわ。一気に下っているわね」
晴明の屋敷で、晴明、道満、玉藻、金蘭、吟の五人が話し合っていた。何度未来を視ても変わらない。だからこそ、この五人で話し合っていた。他の人間ではどうしようもできず、神々や妖たちには通達済みだった。
正確には。違う未来を既に視ていた。その過程を視ているからこそ、こうして暗い雰囲気のままなのだ。
どうあっても今の平穏は崩れる。いや、平穏なんてすでに崩れてしまっているが。彼らがなんてことのない日常を家族で過ごすという夢は、失われてしまう。
「こういう時は悔しいです。私には未来が視えないので、今ほど視えたらと思うことはありません」
「そう言うな。おれは陰陽術なんてからきしだ。刀を振るうことしかできない」
金蘭に星見の才能はなかった。しかし後ほど道満が開発した風水には適性があり、千里眼の真似事ならできるようになった。それでも過去と、未来は見通せない。
吟に至っては陰陽術の才能なんて一切ない。陰陽術の才覚も、霊気も神気も身体に宿していない。あるのは異国の妖精に施された呪いだけ。そんな存在ができることは、なかった。
「しかし皆様。晴唯様はどうなさるのです?あなた方の、唯一の子どもに、真実を伝えないわけにはいかないでしょう?」
「もちろん伝えるとも。しかし、関わらせない。晴唯は都から避難させ、那須へ行ってもらおう。どっちにしろ、都に留まらせる意味もなくなる」
「色々とやれるから都に来たけれど、逆に今の状況じゃここにいる方が危険だもの。あの子には出て行ってもらいましょう。そして時が経ったら、戻って来てもらいましょう。都は五神に任せれば良いでしょう」
「その五神も、休眠状態に入るがな。都は何も機能しなくなる。私が最低限を残して潰す。何もなくなった空の箱庭を、土御門と賀茂に投げればいい。晴明。すぐに晴唯に干渉させないようにあの愚か者どもを縛り付けておけ。どうせ調整に一千年はかかるだろう。それまで晴唯たちには隠居させておけば良い。お前たちがいなくなっても、どうとでもなるように準備は進めておく」
晴明と玉藻の子どもである晴唯については、そう決めた。既に元服もしているが、これからすることに干渉できるほどの実力はない。そして存在の在り方としてもイレギュラーに過ぎた。
子どもへの愛もある。だがそれ以上に、神々が危惧したように存在の不安定さがあった。天秤を崩し得る存在であり、やはり子どもには幸せになってほしい。
ただでさえこれから世界のルールに手を出すのだから。言い訳も用意できている。
「吟。お前は陰陽術が使えないからこそ、玉藻の護衛に回す。邪魔をする奴は斬れ。玉藻を那須まで送り届け、神の御座に戻すまで、何人足りとも触れさせるな」
「御意。ですが、迎えを寄越してくれるでしょう?」
「クゥでは足りないかな?」
「子狐に期待はしません。式神でいいでしょう」
「なら、私が外道丸を貸し出す。戦力的には十分だろう」
「……それでいいです」
吟は道満の言葉に、不承不承ながら頷く。外道丸──酒呑童子とは親友と板挟みになり、見殺しにした存在だ。酒呑童子本人は茨木童子同様どうとも思っていないが、親友は心を痛めている。なにせ自分の手で、同族の首を刎ねたのだ。そうして憔悴していく親友の姿を、目に焼き付けるしかなかった。
だから正直なところ、少し顔を合わせづらい。酒呑童子が道満の式神になってから顔を合わせるのは初めてだ。それがこのタイミングというのが、一つの罰のように感じていた。
「金蘭にはすまないが、蝦夷へ行ってもらう。今から行ってもらわなければ間に合わない」
「いえ、大丈夫です。……玉藻様。金蘭、先に失礼させていただきます。最後の儀式には、おそらくあなた様の意識はないでしょうから」
「わたしもごめんね、金蘭ちゃん。この人たちのこと、ちゃんと支えてね?」
「晴明様はほどなく追いかける予定のようですけど?」
「ふふ。そうね。でも、金蘭ちゃんはそうしちゃうでしょ?吟と一緒にやったこと、わかってるんだから。無茶する悪い子にはお仕置きしないと」
そう言って玉藻は金蘭と吟のことを抱き寄せる。突然のことに二人は面食らっていたが、二人ともしっかりと抱き返していた。
これが最後の別れになると、わかっていたから。これから先、一番苦しむのは玉藻だとわかっていたから。
「あなたたちは式神としての使命を優先しちゃうから困っちゃう。式神としての役目はもうおしまい。あなたたちも自分の道を歩んでいいのよ?」
「この歳になってしまっては遅いかと。それにおれはこの道を誇りに思っています。それに式神だなんて方便に過ぎません。おれはあなた方の刀だった。それに満足しているんです」
「私も、充実していました。それにこれが私たちの道です。ちゃんと自分の足で歩いていますよ」
「本当に困った子たち。……セイ、晴唯ちゃんのこと、よろしくね?」
「わかっているとも。玉藻」
二人は今生の別れのように、口吸いをする。それを誰も止めようと思わなかった。二人きりでやれと言うつもりもなかった。
晴唯に説明をして、同じ方向に行くことになる晴明と晴唯、金蘭は都を後にした。道満も南に向かう。
都は、暗雲に包まれる。一つの時代の終焉を告げるように、空模様はその時を如実に示していた。
次も二日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




