5ー3ー2 旗はなくとも
土御門。
それからも晴明は自分の妻が玉藻の前だと公表せず、魑魅魍魎を狩り、朝廷へ出席して術比べを行い、星を読み、妖と交渉し、子を育てた。先ほどの宣言通り子どもは一人だけで、他に子孫がいるようには見えない。
難波と土御門。どちらも安倍晴明の血筋だと言うには矛盾が生じる。安倍晴明に、玉藻の前以外の家内・側室は存在せず。それが示す証拠とは。
晴明は道満と一緒になって弟子たちに教えを説く。すでに二人の実力は賀茂を超えており、賀茂の発言力も晴明の師匠であった、という点のみになっていた。陰陽術の在り方を変えたのは晴明であるため、それも仕方がないことかもしれない。朝廷での発言力があるのも晴明であり、世間的にも最高の陰陽師は晴明か道摩法師か、その議論しか出ないほど。
そしてこの時代、陰陽術とは学問だ。確かに異能ではあるが、台頭してきた武士と比べると戦闘能力という意味では心許ない。晴明たちが方陣や五神の制御などに重きを置いて妖や神に反抗できないように調整していたということもあるが。
そんな中、古くから賀茂に弟子入りし今は晴明の高弟になっている一人の男が近づいてくる。質問があるようだ。
「師よ。五神と式神について聞きたいのですが」
「なんだ?土御門」
「師は神たる存在を式神に落とし入れたのですよね?つまり今の五神は、本来の力を発揮できていないのでは?それが発揮できれば、妖どもに対する強力な抑止力になるのでは?」
「土御門。今五神に与えている役割は何だ?」
「法師殿には聞いておりませぬ」
「いいから答えろ。──五神を何のために降ろしたか、その本質がわかっていないから問うている」
若干の怒りを表に出しながら、道満は問い詰める。そのことに本来聞かれた晴明も咎めずそのまま流した。
法師が問い質したことが全てだからだ。
「現状、都に張っている方陣のためでしょう。どこにでもいる魑魅魍魎。そして侵略に来る妖から朝廷を守るために──」
「その防衛の要を、お前はどうすると問うた?」
「ですが、妖を五神の力で殲滅すれば──」
「やれるならやっていいぞ?その間に方陣が崩壊し、朝廷を失う覚悟がお前にあるのなら。今の生活全てを破壊していいのなら、やってもよかろう。都が焼け野原になったら、貴様が責任を取れるのだな?」
「そういうことだ。現実的な話ではないな。妖は日ノ本にどれだけいるのかも未知数。五神は方陣に集中させることでどうにか制御できている。戦いに用いたら制御を外れ、暴走するやもしれん。我々でも完全な制御は不可能だ。神だからな。今は都の防衛のために説得して防衛していただいているという前提をゆめ忘れるな。もし貴様の発案を通したければ、我々を超える陰陽師になることだ」
その言葉からして、男の提案は通らないだろう。晴明も道満も、ここにいる者たちの誰よりも霊気を所持している。確かめるのも嫌になるほどの隔絶がある。
男の、土御門の霊気は高弟の中では高い方だが、二人の足元にも及ばない。
霊気を鍛えるすべを伝えていなかったので彼はこれから先も大して成長しないだろう。
そう、陰陽師が成長しないように二人は天秤を調整しているのだ。妖の数減らしも、人間の数減らしも全て計算して行なっている。最近は人間の減りが早すぎるので調整している真っ最中だ。
「土御門。それでは晴明紋は与えられぬ。もっと深く研鑽せよ。千里を見通せ。日ノ本がどういった状況か、正しく把握せよ。そのための星見、そのための陰陽術だ。朝廷のため、民のため。生まれ持った才を正しき方向性で使いたまえ」
「……あの怪異擬きには与えて、他の者には与えられぬと?」
「金蘭を怪異擬きと呼ぶな。あれは私の式神だ。世の怪異を調べるためには、彼女は有意義な存在だ。日ノ本ではすでに多くの妖交じりが産まれている。心は人間なのだ。彼女らが人間である以上、我々には保護する義務がある。それに──貴様の子も、ああいう怪異交じりで産まれてくるやもしれんぞ?」
その発言に土御門は目を大きく開ける。その可能性に至っていないことに二人は呆れる。悪霊憑きが産まれてくるメカニズムは何もわかっていないのだから、誰の子であろうとその可能性はあるのだ。
そして二人が星見である以上、未来を視た上での発言かもしれなかった。
「まさか、私の子孫が……ッ⁉︎」
「その可能性もあるということだ。子孫でもそのように接するのか?もう少し発言には気をつけよ。我らは朝廷に務めし役人だ。相応しい態度と言葉遣い、精神を備えよ。師である私に恥をかかせるな」
「……はい」
土御門はすごすごと元の場所へ戻る。よくあれで賀茂の元で師事を受けられたと二人は呆れてしまう。
あれで貴族で居られることに苦言を呈さずにいられない。破門しようかとも思ったが、破門した後に暴走されても困るのであえて目の届くところに置いておいて首輪をつけている状態だった。
晴明たちは朝廷でも高い地位にいるが、下級貴族を貴族から降格させることはできなかった。いっそのこと地方へ飛ばしたかったが、前の師匠である賀茂がやたらと庇うために二人の申し立ては封殺されていた。意見は述べられても、決定権がないのが痛いところだ。
「金蘭を悪く言う時点で晴明紋なんて与えられるはずがないのに。それも気付かない愚か者をどうしろと?」
「なぜあれで霊気はあるのか。才能とはわからないものだ。……法師、次の遠征で土御門は外しておけ。邪魔だろう?こちらで見ておく」
「そうしてくれると助かる。もし母が帰ってくることがあれば、よろしく頼む」
「わかっているとも」
晴明と道満の高弟たちに与えられる席次は完全なる実力主義だった。トップは式神たる金蘭。その下に家柄を除いた陰陽術の実力と知識のみで席次を決めていき、土御門は霊気の量だけを判断し、中の下に名を連ねていた。
その程度の実力者が、晴明紋を模した白い羽織りを着て、彼らの母を殺したことには腸が煮え立った。
だから、道満は母たる葛の葉の恨みを呪体とし、短命の呪いを施した。
表向きは妖を倒したことを称賛し。どうせもうすぐ死ぬのだからと、最後の夢を見させるために金蘭に次ぐ地位を授けた。彼が模した晴明紋については咎めず、ただし本物を与えることもしなかった。
この一件で四十年、晴明たちが作り上げた天秤が崩れてしまった。その修復に奔走し始めたが。
三人──晴明と道満、そして玉藻が同時に未来を視てしまう。
都が崩壊し、日ノ本の秩序が崩れ、神の御座にも影響を及ぼし。黄泉の国の秩序も消え去り。大地も天変地異を起こし。
日ノ本だけが、世界の理から弾かれ世界と隔絶される未来を。
次も二日後に投稿します。
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