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5ー3ー1 旗はなくとも

出産。


 そこは平安時代でも豪勢に思える屋敷。周りの屋敷と比べても二回りほど大きく、一目で住んでいる人間の格がわかるような住居だった。この時代、貴族でも位が高ければ高いほど上等な屋敷に住む。この屋敷の大きさからいって、天皇に近しい立場の貴族の家だと推察できる。

 住んでいるのはたったの四人。四人ではとてもではないが持て余してしまうほどの邸宅だった。貴族の家なのだから、立場を鑑みてのことと、権威の象徴だったので仕方なしに住んでいる側面がある。

 来客も多いので、これくらいの広さがないと困ることもあるのだが。

 そんな屋敷に小さな産声が響く。屋敷には各種様々な結界が張られていたので、その声が外に漏れることはなかった。


 産声が聞こえたのは屋敷でも奥の部屋。物理的に外から見られる心配のない場所だった。

 その部屋にいたのは三人。一人は産まれたばかりの赤子。男の子だ。産湯に浸けられて、今は身体を上質な布で拭かれている。その拭いている人は助産師を務めた金蘭。虎柄の耳と尻尾は出したまま、しかし手は人間の物に変化させていた。爪や体毛で赤子に不快感を与えないように。

 そしてもう一人は、赤子の母親。今金蘭から赤子を受け取り、腕で抱えていた。その人は玉藻の前。自身が九尾の狐であることを隠そうともせず、頭部の上には狐の耳が、腰の辺りには一尾一尾がとても大きく柔らかそうな九本の尻尾があった。今は子どもを愛おしそうに抱いている。


 その笑みのなんと神々しいことか。彼女の微笑みを見てしまえば、誰もが神の降臨を信じるであろう。所作もお姿も存在さえも、全てがあらゆる存在を超越していた。

 その部屋に、三人の男性が入って来る。一人は玉藻の前の夫であり、産まれたばかりの赤子の父親、安倍晴明。彼の式神で唯一帯刀している男、吟。安倍晴明の弟子であり、共犯者の蘆屋道満。出産が無事に終わったので、外で待機していた三人は中に入ってきたのだ。


「玉藻、大丈夫か?」


「ええ。人間としての出産は大変ね。厳密には出産って初めての経験だったから、こんなに痛いものだと思わなかった」


「玉藻。その子の耳を塞げ。煩い連中が来る」


 道満がそう言うと、屋敷に仕掛けた結界を突き破って侵入してくる存在を感知した。ここにいる全員、来るとは思っていたので気にもしないが、もう少し落ち着いてから来て欲しかったのが本音だ。


「とうとう産まれたのかのう?おのこか?おなごか?」


「おのこですよ。大天狗様」


 庭に降り立ったのは大天狗をはじめとする神々。馬の姿をした者、老人の姿をした者、一見ただの岩にしか見えない者。全員神の御座から降りてきた神々だった。こうなることは未来視でわかっていたので、奥の広間に宴会の用意をしてあった。晴明と道満の簡易式神総出で準備をしておいたのだ。

 いつも家事をしてくれる玉藻の前と金蘭は出産にかかりっきりだったので、仕方なしに晴明たちで用意したものだ。彼らは騒ぎたいだけなので、一級品の酒さえあればどうとでもなるが。


「おお。道中で此奴らを見掛けたから一緒に連れてきたぞ」


『よお、晴明。ガキ産まれたって?酒飲みに来たぞ』


『おれらの分もあるんだろ?』


『おめっとさーん。とうとう晴明も子持ちかー』


「酒呑童子、茨木童子。それに土竜もか」


 生前の外道丸と伊吹童子、その他にも幼少期から交友のある妖たちもやって来た。それだけで家は埋まりそうだ。赤子は何も気付かずスヤスヤと母の腕の中で眠っていた。その姿が愛しかったが、誰も触れることなく奥へ向かう。

 奥では神と妖という区別なく酒盛りを始めた。神々は出産祝いとして宝物と呼ばれるものを安倍家に送るが、妖たちは特段何かを持参しなかった。自分たちが食べるものを持って来たくらい。

 大天狗など、一部の巨漢たちは晴明と道満の術式で一時的に身体を縮めていた。そうでもしないと屋敷に入れないからだ。


「晴明。二人目はどうする?」


「一人目が産まれたばかりですよ。葦那陀迦神(あしなだかのかみ)、あなたが心配されるのも最もです。ですが、二人目は作れません(・・・・・・・・・)。人と妖と神の交ざり者、それだけで日ノ本のバランスは崩れるでしょう。私の後継者は、一人でいい」


 晴明に問いを投げた神、葦那陀迦神は日ノ本と葦の国──いわゆる死の国──の繁栄を願う女神だ。神の御座と前述する二箇所を巡り、バランスを整えている神だ。

 今までに存在しなかった三者の交ざり者。そんな存在を増やすのかは気にかかるところだろう。


「葦ちゃんは心配性ねえ?セイは妻を公表していないもの。物事を大袈裟にしないためにも、子どもは一人でいいわ。出産も大変だとわかったわけだし、もういいかな」


「後半の方が本音では?大お祖母様」


「失礼しちゃう。まだこんなに若いのにー」


 神同士の戯れに誰も口を挟まない。何が地雷かわからないのだから、口を噤むべきだ。

 本当は大お祖母様以上の世代の隔たりがあるなど、口が裂けても言えないのだ。指摘してはいけない。


「それにわたしには子どもが金蘭ちゃんと吟ちゃんと、道満がいるもの。十分幸せだし、これ以上増えたら愛が行き届かないでしょう?だからめい一杯、この子を愛して幸せにするの。愛は無限だけど、無限なんて見当がつかないもの。だから人として降りたきたのだから」


「太陽神たる大お祖母様がそう仰られても、説得力に欠けますね」


「おい待て玉藻。いつから私はあなたの子になった?」


「ふふ。あなたが産まれた時からー」


 道満はそれだけは拒絶しようとしたが、満面の笑みで返されてしまっては否定できなかった。太陽の如き存在の発言は、それだけ暖かみがあるのと同時に肯定せざるを得ない圧もあった。

 すごすごと身を引く道満。その様子がおかしくて、誰もが笑みを零す。


「道満も玉藻には勝てないか。さて、負けた罰だ。あの宴会をもてなすぞ」


「……仕方がない。金蘭、お前は玉藻の側に居てやれ。吟はこちらだ」


「はい、お師匠様」


「わかりました。道満殿」


 眩い景色。今はなきかつての繁栄。確かにあった、幸せの仄か。

 あと、たったの二十年しか続かない、刹那の輝き。


『おい、金蘭!オレと子ども作ろうぜ!』


「馬鹿なことを言わないで。酒呑童子。私は晴明様の式神。玉藻の前様の盾。守るべき対象が増えたのに、子どもなんて産めるわけないでしょう。それにあなたのこと、好きではないわ」


『かー、つれねえな。じゃあ玉藻、どうだ?」


「人の妻に手を出す貴様は何様だ?この悪鬼め」


『そりゃあ悪鬼だからな。晴明、玉藻くれ。金蘭でもいい』


「やるか、たわけ」


 晴明が酒呑童子の頭を叩く。一際大きな笑い声が響き、宴会は進む。

 笑い話となっているが、酒呑童子としては本気だった。それはずっと一緒にいる茨木童子と、神々にはわかっただろう。

 だがこの祝いの場で略奪など見たくもなく。笑い話にしてあげたのだ。酒呑童子では二人を幸せにできないとわかっていたということもある。

 大切な存在を破滅の道のりを歩む悪鬼に託す真似は、誰もしなかった。


次は二日後に投稿します。


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