5−2−1 旗はなくとも
龍脈。
キリがいいため短いです。
屋上に着いた。呪術大臣はそこら辺に投げ捨てる。簡易式神も戻して、術式の準備をしないと。
服はすでに着替えてある。黒い礼服に、白い羽織を上から重ねている。正式に頂戴した、わたしのための晴明紋が刻まれた羽織。裏・天海家の家紋とか難波の家紋が入った羽織でも良かったんだけど、戴いたのなら着なければ。これこそが証になるのだから。
気付く人が気付けばいい。そんな、ちょっとしたアイテムに過ぎない。
隣の塔を見てみると、すでに金蘭様がいらっしゃっていた。流石にこれから行うことは一人では難しい。巧くんの助力が欲しかったけど、権限は渡してもらっている。だから二人なら大丈夫。現状、世界最高の陰陽師が手を貸してくださるのだから。
初めて行う術式だけど。手本は一度見た。……リハーサルもなしにぶっつけ本番とか、スパルタなお人だこと。
まあ、仕掛けはこの十七年間ずっとやってきたんだから、発動はするでしょうけど。では、始めましょうか。
「金蘭様、聞こえていますか?」
「ええ。大丈夫よ。神々の眼は今の所誤魔化せてる。日本を一時的に掌握しようというのだもの。ちょっとした膜は必要ね」
感度良好。そして邪魔も入らない。明くんたちもここから避難させたから、術式の構築に介入されない。
つまりは、引き返せないところまで来てしまった。邪魔をされないということは、わたしは無責任に日本を変えて、その責任を取らずに他の人に押し付けようというクズになる。
あの人と同じ道を歩んでしまう。それがいいことか、悪いことか。でも、共犯者だ。これで罪は同じくらい。それなら同じところに堕ちるでしょう。それならきっと、あの人も寂しくないはず。地獄まで共にするのは、わたしだけでいい。
「では、いきます」
呪符は使わない。わたしという存在を起点に術式を起こすのだから、目印なんて必要ない。そんなちっぽけなものではどうしようもできない。
身体中の霊気と神気を呼び起こす。これでも全力でやっているつもりなのだけど、やっぱり生前と比べると七割がいいところ。でも、七割もあればこの術式は使用できる。
「隆起術式──龍陣羅幹」
まずは京都へ。わたしが保有している龍脈へ接続する。
「第一龍脈、鴨川接続確認」
金蘭様のオペレートに則って力を繋げていく。龍脈から龍脈へ。全ての龍脈は繋がってる。けれど、その力を全て使うことは事実上不可能だ。距離的にも、力量的にも。人間が使える龍脈は精々二つ。それもわたしや巧くんほどの術者で、ようやく二つ。九つ全部を使うなんて正気の沙汰じゃない。
けど、それは生身の人間の話だ。今のわたしは死人。式神。龍脈によって、あの人の存在を基軸にして地上に残っている存在。存在としては霊脈や龍脈に流れる、命なき者に近しい。そんな存在だから、わたしという主を龍脈に認識させることができる。
「第二龍脈、比叡山接続確認」
京都の外へ、円を伸ばすように力は拡大していく。千里眼で遠くを視ているように、その場所を特定させていく。目印は置いておいたから、近いところから見付けては接続を開始する。
「第三龍脈、寒霞渓接続確認」
「続いて第四龍脈出雲大社、第五龍脈信濃川接続確認」
「第六龍脈利根川、第七龍脈高千穂峡接続確認」
「第八龍脈那須野、接続確認」
「最終龍脈函館山、接続確認」
龍脈に呼応するかのように、それぞれ近くの霊脈も鼓動する。これを待っていたかのように、息吹が芽生える。
全て、全てが脈を打つ。日本の領土全てが波打つ。光り輝く。
四月にあの人がやったことの、拡大版。
「掌握術式起動。変換術式再構築。力量偏差逆行開始。神気充填開始。──蘇りなさい。神魔融合国土、日ノ本!」
龍脈を隆起させることは第一段階。これはまだ、日本を鳥羽洛陽の前の状態にしただけ。四月のものが一千年前に近付けたのなら、今回は確実に戻してみせた。外観は現代日本のままだけど、龍脈や霊脈、国土は一千年前に戻った。これから環境変化が著しく起こるだろう。地層とかを専門にしている方、ごめんなさい。
様変わりが始まる。わたしの眼にはもう変化が起きているんだけど、これを全員が知覚できることはないでしょう。一千年前も国民全員がこの景色を見ていたわけじゃないから。
地下から溢れ出る白い光。空へ、神の御座へ向かう小さな粒子たち。龍脈が溜め込んでいた神気が、神の御座へ還元を始める。止まっていた循環が、作用し始める。
「お見事。あの人が見出すのも納得の結果ね」
「金蘭様のご助力がなければ、成功しませんでした」
「それはどうでしょうね。……始めなさい。今は揺り戻しによる活性化で、伝播術式は使いやすいから」
「はい。──伝播術式、地底闊歩・天空遊歩発動」
術式、正式起動。わたしの目の前に置いたカメラが、わたしの姿を撮る。申し訳ないが、金蘭様にはカメラマンをやっていただいた。呪術省の近くには大型のディスプレイがあったので、そこにわたしの姿が映ったのを確認して成功を知る。
音声はどうだろうか。
「皆様、こんな夜明け前に失礼致します。わたしの声が届いているでしょうか?」
「聞こえていますよ。先々代」
巧くんから返答が来る。なら大丈夫なんでしょう。あらかじめ放っておいた簡易式神からも良い返事が来ましたし。
では、話し始めましょうか。
「初めましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。四月にも少しだけ顔を見せましたが、きちんと報告するのは初めてでしょう。天海瑞穂、先々代麒麟。十七年の時を経て、舞い戻りました」
呪術省を潰す、爆破劇を奏でましょう。
次も三日後に投稿します。
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