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3−4 五神と人間

明たちと呪術大臣。


 俺たちは二十五階から降りてきて十八階に向かっていた。外があんな騒ぎを起こしているのだから人がほとんどいないのが道理。プロの陰陽師でなければすでに避難しているのだろう。残っていたってやれることもないだろうから。

 エスカレーターで降りていたのだが、全然人に会わない。人影が全くない。警戒しながら歩いているのが馬鹿みたいだ。黒いローブに狐の面を被ってるから怪しさ全開だし。隠行を使ってるけど、一定以上の実力者なら気付く代物だ。いつもゴンに任せていたからそこまで立派な隠行ができない。

 今回は忍び込んでいるって都合上、ゴンたち式神の力を借りられない。見られた瞬間バレるからなあ。星斗や父さんたちに迷惑をかけられないし、でもミクの狐憑きをどうにかするには麒麟の書が必要っぽいし。父さんはどうせ星見で俺たちが呪術省に忍び込むってわかってるんだから、遠慮するだけ無駄。


 十八階に着くと、大きな霊気を感じた。ミクに確認をとって、呪符の準備をしてから階層のエントランスである大広間に向かう。

 そこにいたのは、本来であれば最前線に向かうか、対策本部にでもいなければならない人。霊気の量だけで言えば父さんに匹敵する実力者。灰色のスーツを着た、呪術省大臣──土御門晴道が鬼の形相で立っていた。どうやら一人らしい。


「侵入者め。二十五階を襲撃したのだからここに来ることは予想できていた。麒麟の間に何の用だ?」


「むしろわからないのですか?麒麟の間で求めるものなど、知れているでしょう」


「こんな混乱に乗じなければならないコソ泥風情が。狐を掲げている時点で万死に値する」


 苛立ってらっしゃる。まあ、こっちに出張ってきてもいいけどさ。指揮官様が引きこもってるのはどうなんだろうな。こんなもぬけの城を守って何になるのだろう。ここに安倍晴明が残したものなんて何一つ残っていないだろうに。

 だからハリボテの塔だと言う。虚偽の塔だと言う。ここには最初期の陰陽寮の何が残っているのだろうか。安倍晴明たちが目指した世界の、欠片でも残っているのだろうか。

 いや。当時の陰陽寮を責めるのは間違ってるのか。だって彼らは何も知らされなかった。神が現存していることも、妖たちが絶対の悪ではないことも、魑魅魍魎がどうやって生まれるのかも知らない。ただ魑魅魍魎と妖を狩っていただけの集団だ。それでも書物に残すような当時のトップ陰陽師ならと期待を抱いてここに来ている側面もある。


「だって、これを付けていればあなた方は嫌がってくれるでしょう?」


「嫌がることをするのが、呪術師としての常識ですものね?」


 ミクも悪ノリに乗ってくれる。ミクが言っているのは昔ながらの呪術師のこと。今の陰陽師たちが自称している呪術師とは違う。今の呪術師は本当に名ばかりで、実態は変わらず陰陽師のままなのだけど。呪術師と名乗りだしたのは本当にこじつけだ。極論だが、陰陽寮の在り方が安倍晴明の掲げていたそれとは異なるから名称を変えたという突拍子のないものもある。

 狐を嫌悪している時点でダメだろうけど。始祖が狐との半妖だと知ったらどうなるんだろうか。根元から崩れそうだよなあ。


「麒麟の書なんて物に拘っていていいんですか?外は大変なことになっているのに。あなたがやるべきことは、私たちの足止めではないと思いますけど。御山の大将はただそこにいて威張っているだけでいいだなんて、楽なものですね」


「あなた、やめてあげましょうよ。責任の取り方を知らない可哀想な人なんですから」


 ミクにあなたと呼ばれるのはちょっとだけむず痒い。でも俺たちが誰だかバレないように、いつもの呼び方はしないように決めていた。俺はお前って呼んでるし。

 俺とミクの言葉は呪術大臣を邪魔だからどかそうっていう考えからっていうこともあるけど、本拠地たるここが攻められているのにこんなところにいて良いのかと老婆心で言っている。あの決戦場に行って少しでも手伝ってくるか、状況を見て降伏する準備をするか。そのどっちもせずに侵入者の排除だからなあ。

 こんな小さなことを気にしている場合じゃないだろうに。俺たち程度見逃せば楽になれるのは事実だ。俺たちよりもよっぽど厄介な姫さんが侵入しているし、外にはあの大軍。Aさんがいる時点で勝ち目がないのに、がしゃどくろや龍までいる。朱雀も死んで戦力がただでさえ少ないのに、何やってるんだかと呆れているのだ。

 だって俺が同じ立場ならこんな些事見逃すもん。そんでさっさと降伏する。死人が増えるだけなんだよな、無駄な抵抗って。霊気とか感じたら勝てないってわかりそうだけど。


「今回の責任の取り方は全面的にあなたに非があるとしても。呪術省全体については一概にあなたを責められないんですよね。一千年の積み重ねに、おそらく日本政府も関わっているのでしょう?そうじゃなければわざわざ陰陽寮を省庁に取り入れないでしょう。戦争で必要だったから、だけが理由とも思えません。インフラ整備などに関わってくるとしても、だからこそ政治とは切り離された存在であるべきだった」


「呪術省で後ろ暗いことがあると、政府も関わってるんだろうなって邪推しちゃうんですよね。でも最近のかまいたち事件を見ると、警察にも随分口出しをしているみたいですが。あとは犯罪者の擁護。五神ほどの実力者だからって、そこまで歪められると法がある意義が失われます。天秤の釣り合いが取れていないという話ではなく、天秤自体があやふやなんです。これでは国民は困りますよ」


「でも、良かったですね。今日その天秤はある程度定まりますから。あなたたちが目を逸らし続けた難題、一つ片付きますよ」


 呪術省があるから崩れるものがある。その歪みを排除するために、歪みの大元を伐採する。Aさんがどこまでやるつもりなのか知らないが、今日で呪術省という形は壊れる。今まで通り、とはいかないだろう。あれだけの脅威を晒してしまって、解決もできない組織を国民が望むわけがない。

 自分たちの平穏を守れない組織が国防、人類の防人を名乗るなんて許容できないだろう。本当に必要なことは、何が敵なのかを確認することだったのに。そして、どんな存在も許容して対話することだったのに。


「これも神の思し召しですね。きっとこれから、日本は好転しますよ?」


「あんな異形どもが支配する国ができて、どこが好転だ⁉︎知性なき異形どもによる力の支配!それのどこに国家が残る?人間が治めてこその国だろうに!」


「あなたたちがそれをできないからでしょう?それに妖たちにも知性はあります。人間よりも上である個体もいるかと。今日はいませんが、神も憂いておられる。知性がないと嘆くのは早計かと」


「それに、暴力に頼ったのはあなたたちが何も進歩しないからですよ?A様の事件も、大天狗様の事件も、わたしたちは呪術省の反応を見守ってきました。その結果、大切な人が傷付きました。あれから少しの時間が過ぎましたが、何も対策を講じていませんよね?麒麟の加護もなくなってしまったのに」


 ミクが怒るところはそこなのね。愛されていて嬉しいけど、これも事実。この四ヶ月間呪術省がやったことは京都に戦力を集めただけ。若干調査はしたらしいけど、その成果は何も出ていない。神とどう接触するかなど、話し合うことはたくさんあったはずなのに何もしていないのだ。

 神社に話を聞くとか、古い文献を漁るとかやりようはありそうだけど。Aさんだって流石に全ての文献を奪ってはいないはず。何もヒントなしに対応はさせないはずだ。なんなら俺の家に資料はたくさんある。それを請求したりしなかったんだから、何もやっていないと言われても仕方がないだろう。

 星見に話を聞くとか、難波が嫌いでもやれることはあっただろうに。その調査結果を発表したりもしていないので、調査はしたけど事実は隠したか、調査もしていないか。これは怠慢と言われても仕方がないだろう。


「あの大天狗が神だのと宣われて信じられるか!神などこの方見たこともない、何も話を聞かない!神話の時代はどれだけ前のことだと思っている?もはや神の時代は終わった。今は人間の治世だ!それで今更力を奮って認めろなどと、神の方が傲慢ではないか。真偽も怪しい、どうせ強大な力を持った妖だったのだろうよ。それに踊らされる呪術省ではない」


「土地神なら割と地上にいらっしゃるんですけどね。三年前に朱雀が殺した異形も土地神でした。ただあなた方が把握していないことを棚にあげないでいただけますか?」


「その証拠がどこにある?それともあれか?そうなるように頭をあの犯罪者に弄られたか?都合のいい駒になるように、改造されたわけだ」


「……あの優しい人を、貶さないでいただけますか?」


 呪術大臣の言葉が逆鱗に触れたのか、ミクが霊気も神気も全開にして爆発させた。その波動だけで突風が起きて、廊下に飾ってあった花瓶や電球が割れる。ミクの足元は陥没して、一見無事な物にもちゃんと見ればヒビが入っていたり、無事な物はこのフロアになさそうだ。

 俺はわかっていたからなんでもないように隣で立っているが、呪術大臣は腕で目を塞いでいて、辺りを見回したことと、霊気の発生源であるミクを見て喉を震わせていた。神気も込みだったらミクの霊気は呪術大臣の十倍以上ある。今の突風というか爆発も、術式を使ったわけではなく、ただ霊気を解放しただけなんだから驚くのも当然か。

 霊気の量だけなら、ミクは日本の中でトップだろう。Aさんよりも、金蘭様よりも上なんだから。


「あなたたちにとったら優しくないのかもしれません。人も残念ながら殺しています。事件も起こしたでしょう。でも、あなたはどれだけ日本のことをわかっていますか?日本のために動いていますか?一千年前から続く遺恨を、解決しようとしましたか?」


「魑魅魍魎から国民を守っているだろう!そんな悪逆な人間を信頼している時点でお前たちはおかしいとなぜわからん⁉︎」


「おや。朱雀を庇いだてしていたあなたがそれを言いますか?こちらに正義がなければ、そちらにも正義がないんですよ。だから、暴力に訴え出た」


 もう前提が狂っているんだから、こんなのは水掛け論だ。歯車は一千年前にすでに壊れてしまった。明確にはどこからなのだろう。玉藻の前様が亡くなった時じゃ遅い。妖との関係を考えると葛の葉様が亡くなった時なのだろうけど、土御門がこうなってしまった原因はいつ頃なのか。

 そんな詳しいところまで過去視で確認できていないから、決定的に彼らが狂ってしまった理由がわからない。血縁だから、彼らも安倍晴明の血を引いているはずなのに。何番目の子が土御門を名乗るようになったのかわからないけど、彼らが没した年齢を考えたら、鳥羽洛陽の際にはそこそこの年齢になっていたはず。孫だって生まれていてもおかしくはない頃だ。

 都の再編をしていたら変質してしまった?難波は盟約があるから一切復興に関わらなかったし、その辺りが不明瞭だ。


 俺たちは外の決着がついて、ついでに麒麟の書を回収できればいいから、夜明け前に呪術省から離れることを念頭に置いたとしても時間に余裕はある。けど外の様子は違う。下手したらすぐ終わってしまうかもしれない。戦力差が酷いからなあ。

 ミクが喧嘩を買ってしまったから、このまま戦うけど。あいつの父親だから一回くらいぶっ飛ばしておきたいけど、今じゃなくて良かったんだよなあ。

 やるしかないけど。ゴンたちに頼らずに戦うなんて久しぶりだ。式神抜きの陰陽師戦なんて初めてかもしれない。


次も二日後に投稿します。

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