3−3 傍観者たち
海外の目。
呪術省からほど近い高層ビルの屋上。そこには三十代の男性が一人と、二十代の女性が一人、十代後半の女性が一人いた。全員外国人で、十代の女性はキャロルだった。つまりは彼女たちは日本を監視するために送られてきた世界の守り人。キャロルの組織の人間がひとまずここと、ここから離れた場所の二箇所で呪術省の決戦を見守っていた。
まず妖たちの大軍団を見た瞬間に腰を抜かしたり、気絶した者が数人。それからその妖たちがどういう存在か異能を使って調べて泡を吹いたのが一人。マユの神の力の行使に現実逃避を始めた者が複数。そんなこんなで監視どころではない阿鼻叫喚の図が出来上がっていた。
まず、一千年以上生き残っている意思ある怪異というのが世界的にありえない。それは幻想種とでも言うべき、絶滅寸前の強大な存在だ。力などはキャロルたちトップ層でどうにか相対できるほど。相性などもあるため一概には言えないが、戦闘部隊を呼んでも目の前の妖軍団に勝てるかわからないほどだった。
世界にももしかしたら同じくらいの力を持った存在がいるのかもしれない。こんな風に軍として存在しているかもしれない。だが今までこれほどの軍団を見たことがなく、日本にこれだけ脅威が存在しているというのは、これからの組織の方針に関わる重大な案件になった。
明たちの勧誘と、ついでに日本の調査のはずだったのに、それらがついでになってしまう。すぐさまに組織を通じて国と話さなくてはならなくなった。
怪異の存在は掴んでいても、ここまで強力な存在が隠れていたことに気付かなかった。キャロルたちは慢心しているわけではなかったが、世界のどこよりも危険な場所が日本だと思わなかったのだ。世界を回ってきて、異能者と戦ってきた。怪異とも戦ってきた。だから代表的な異能がせいぜい一千年前に体系化した場所に、脅威が埋まっているなんて思いもしなかったのだ。
「いや、この説は逆かナ?陰陽術の成立が遅かったから、怪異がこうも残っていル」
「キャロル。だとしたらそんな異能が体系化されていない諸外国はどうなる?怪異が蔓延っていない国との差はなんだ?」
「モランさん。どっちがイイ?ワタシたちの調査不足で本当はこの国みたいに怪異が隠れてル。もう一つはこの国の神話がギリシャとかのようにきちんと成立していたかラ」
「後者であってほしいものだ」
ため息をつきながら男性、モランはこれからのことを考える。彼が日本調査隊の実質的リーダーだ。日本政府が陰陽術や怪異については情報を出し渋っているのはわかっていたが、この爆弾は大きすぎる。
屋上にいるもう一人の女性、ジュリアは今日本に来ている組織の人間の中で、唯一精霊について感知できる異能者だ。その女性はこの一連の変化に目を回していた。ジュリアも世界各地を回っていたが、今回のような規模はもちろん、様々なものを見るのは初めてだった。
「ジュリア、できれば解説を」
「えっと。まずあの怪異たちですが、あの男の支配下にあるわけではないです。支配下にいるのはオーガ二体だけ。あの男は精霊に近しいです。どこまで精霊なのかわかりませんが、人間でもあるので半々というか。あと周りのラクーンたちも精霊の一種だと、思います。すみません、初めて見るものばかりで、言語化が難しいです」
ジュリアが判断しているのは霊気などではなく魂の色と形。それが透けて見えて、その在り方から推測をしていたのだが、西洋の精霊とはかなり違うが、魂の形が非常に似ていたのでそう判断していた。道満の魂は銀色で五芒星を描いていて、狸たちは少しボヤケテいるが同じく銀色の不定形。
この銀色というのが彼女の判断材料だった。西洋の精霊はほとんど白色に近い銀色をしているからだ。
「怪異は、おそらくこの国特有のものです。クリーチャーとも違う。あとは……呪術省の中に精霊がいます。それも三匹」
「それは我々の知る精霊か?」
「はい。誰かに付き従っているみたいです。それと、あの青い竜と亀、一角獣は精霊の魂が大きくなったような……。精霊よりも強固な存在かもしれません。魂や在り方が、精霊よりもはっきりしています。言いたくはないですけど、神に近しいです。まるで精霊の上位種のようで……。一角獣だけ魂が小さいですけど」
「あれがJAPANの守り神だったハズ。神様が地上に降りてくるなんて今でもあまり信じられないけド」
キャロルはあれから一ヶ月半、日本のことを徹底的に調査していた。その成果とも言うべき資料はすでに組織の本部に提出していたが、日本は他の国と比べても怪異の在り方がおかしい。魑魅魍魎が時間を指定して現れるなんてどういう原理が働いているのかまるでわからなかった。
神という名前がついている存在を人間が使役していることにも驚いたが、それが本当に神に類する存在だなんて知りたくもなかった。八百万の神など、正直ただの伝承だと思っていたのにそうではない結果が見付かるたびに頭を抱えたものだ。
「あの亀を連れた少女……、それこそ神に変質しています。人間よりも、ずっと色が神寄りです」
「五神の一人だったか。あの蘆屋道満とやらは?」
「あの人は、魂の構成が複雑なんです。人間寄りではあるんですが、怪異が混ざっていて、純粋な人間じゃないような」
「怪異と混ざっている?あのオーガの集団のようにか?」
「あのオーガたちはかなりオーガ寄りの人間です。道満は怪異と人間、それともう一つが混ざっていて、なんて呼べばいいのかわからなくて……」
半妖などであれば見たことがあっても、三つの存在が混ざっている魂なんて見たことがなかった。だから存在そのものに名前をつけることができず、だからこそ畏怖した。そんな不明瞭な存在が青竜を呼び出し、なんらかの関係性を持っているのだから。
安倍晴明が呼び出したとされる五神を、蘆屋道満も何かしら関われる。二人は平安時代に切磋琢磨していたという。彼らに匹敵する陰陽師はおらず、一説によると師弟関係でもあったという。だから五神に関わる方法を教わっていたのかもしれない。そういう推察はできたが、霊気を感じ取れないキャロルたちではその真偽を確かめられなかった。
魔女などが存在する西洋とはいえ、一千年生きている存在など知らないからだ。精々が三百年ほど。まさしく桁が違うのだ。
下ではデスウィッチが並び、狸たちが生前の姿へ戻っていた。死者が姿を変えたとしてもこうやって存在していることに胃が痛くなるのを感じていた。死は死だ。地獄や冥界など概念は様々だろうが、肉体があってこその生だ。それが捻じ曲がっている日本はおかしい。
陰陽術という異能だけでは説明がつかなかった。その術式の在り方は中国の五行思想を変質させたもの。近くの自然を利用したり、海外で言うところのマナを利用しているのはそこまで不自然なことはない。ただマナも変質してそれが霊気という名前になっているようだが。
だから海外と一番異なることを理由としてあげる。というか、それしかないだろう。
「それもこれも、神が現存してるからでしょうネ。色々狂っちゃってるのも、アキラたちがあの年齢でありえないほどの実力者なのモ。ラクーンが人間だったのはいいとして、あのパワードスーツは何?」
「ラクーンたちのマナで動いてる、パワードスーツだと思う。性能はわからないけど、ただの機械だよ。その証拠にホラ。ラクーンたちが勝ってる。ラクーンたちが五神の契約者とあまり実力が離れていないっていうのもあるんだろうけど」
狸たちが張る防壁をデスウィッチがマシンガンやロケットランチャー、火炎放射器などで攻撃しているが防壁は一切崩れない。銃火器程度の力を止められなければ、妖たちの理不尽な攻撃を止められるわけがない。選ばれた人間というのは、それ相応に選ばれた理由があるのだから。
攻撃のために足を止めたデスウィッチから武器を破壊されていく。防壁の中という安全圏から的確に陰陽術を飛ばして相手を削いでいた。デスウィッチも部隊を分けて戦っているが、空を飛ぶ能力もなければ、装備を除いた規格は同じ。狸たちのように防壁を張ることができる呪具を装備したデスウィッチは少数いるが、それを張ってしまうと内側から攻撃できない。
銃火器は攻撃の発生点がどうしても銃などの本体に依存している。陰陽術のように発生させる地点を任意で決められるわけではない。防壁は呪具に頼っているために、銃火器を内側から通るように設定するということもできない。そんな細かいことができるのは歴代の五神たちでも特段技術力に優れていた者だけ。
そんなことを、呪具で細かく調整できるわけがない。呪具は何でも再現できるわけではない。元々の技術を理論として書き出し、それを呪具として再現させるために数々の試行錯誤を繰り返して、それを何年も積み重ねてようやく呪具ができる。呪具製作でプロと呼ばれるような人たちが先人の知恵をもってしても数年単位だ。ものによっては人生をかけても作れなかった呪具もある。
デスウィッチに搭載されているものもそういった呪具製作者の汗と涙の結晶なのだが。AIが使用するための呪具と聞かされて作り上げた製作者たちは本当に泣いていい。呪具は人間が使うように設計されている道具なのだから、まだまだ未熟な技術であるAIが万全に使えるようにと企画書を出された時点で嘆いていたが、霊気を通すだけで使えるように仕上げてみせた。とても優秀なスタッフたちだ。
要するにかなり仕組みとしては簡易的な物で。燃費喰らいな代物だった。何かを得るためには何かを犠牲にしなければならないのだから。
所詮は実験品の類。きちんと防壁を張って安全マージンを確保し、陰陽術で確実に倒していく狸たちはさすがとしか言えない。デスウィッチには様々な呪具が組み込まれていたので、周りの建物に引火し、道路のコンクリートが隆起したり水浸しになったりしたが、それだけの破壊の力を示しても時代が選んだ優等生たちには敵わなかった。
『終わったか?では先代麒麟に連絡を』
『丁重に弔ってもらいましょうか。待ってる間にこの惨状直す?』
『どうせまた壊されちゃう気がしますけど……。無駄な労力になりません?』
『かといってやることないからなあ。今の陰陽師たちと戦ってもいいけど、妖たちの休憩も終わりなんだから過剰戦力だろ』
話し合いの結果、狸たちは狸の姿に戻って辺りの修繕を始める。今の一戦は妖たちや陰陽師たちの決戦に混ざり込んだ幕間に過ぎない。この戦いの本質はやはり呪術省と道満の決戦なのだ。
キャロルたちもこの場にいる存在を全て解析しながら決着を確認しようとする。すでに組織の方には掛け合っている。日本は楽観視したり見過ごしたりしてはいけない国だと。
組織が警戒している存在の願望が、叶ってしまう可能性があると。
次も二日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




