3−2−3 五神と人間
狸の恩返し。
それは現代日本の光景からしても見慣れないものだった。戦闘機や戦車が開発される世の中だが、パワードスーツが自衛隊に配備されたという話もなければ、あんなものを呪術省が隠し持っているという話も聞かない。あの軍事兵器にしか見えない物を何に使うのかわからない。
デスウィッチという名前すら知らないので、あれがどんな兵器なのかもわからない。呪術省から出てきたのでマユたちの味方だろうとは思えるが。
「妖たち。ちょっと下がってくれ。人類の叡智らしき亡者の群れが来た。狸たちに戦わせるから、休憩だ」
『やっとなのら。待ちくたびれたのら』
妖たちが道満の言葉に従って最前線から下がり、その代わりに今まで待機していた狸たちが道満の前に並び始める。その総数は百を超える。妖たちが下がったのは、機械を相手にするために来たわけではなかったからだ。できるなら陰陽師と呪術省の建物を破壊したくて来ている。
マユたちは戦うならこのままデスウィッチと一緒に肩を並べるべきだと考えていたが、デスウィッチがマユたちの前に行ってしまう。敵と定めた相手と交戦するために、マユたちは邪魔らしい。戦力として考えられていないようだった。
《敵性戦力を確認。殲滅いたします》
その機械特有の合成音声に伊吹が笑う。あの鉄くずたちは妖たちや狸、そして道満を見て倒すと宣言したのだ。機械だから正常な判断ができなかったのかもしれない。想定以上のことにはエラーしか出ない。戦力を測る計器が稚拙な物であれば、そんな勘違い甚だしい言葉を紡げるのかもしれない。
妖たちの総数は一千近く。それに狸たちが百に、道満がいる。人間の反乱者も若干数。それをたかだか機械百体ほどで殲滅すると宣ったのだ。
『なあ、道満。あの機械はどの程度の実力なんだっけ?』
「お前たち鬼を止めるには三体がかりで来ないと止められない程度の戦力だ」
『その程度か。じゃあ狸どもがいれば充分じゃねえか』
「まさしくその通り。だから私たちは休憩だ。狸たちの思いもある。あんな物に霊気を使うのは馬鹿馬鹿しいしな」
道満たちも若干下がる。マユたちもデスウィッチたちの質量から下がらざるを得なかった。まるで邪魔だというように部隊展開をされてしまい、前線に居残ることができなくなってしまった。これ幸いと人間たちは態勢を立て直すことにした。呪符や呪具の補給、ついでに水分補給や食料なども呪術省の中から持って来て次の再戦に向けて準備を始めていた。
人間何時間もぶっ通しで戦うことはできない。代わる代わる交代してそういうのをどうにかしてきたが、仕切り直しにはちょうど良かった。それに今回の相手はまさしく規格外。大天狗の時と等しい戦力差であり、大天狗の時は比較的短時間で相手が引いたためにそんなことは気にしていなかった。
今だってかなりの脅威だったために、そういう交代のことは頭からすっかり抜けていた。道満の宣言によるショックもあっただろう。だから最低限の監視を除いて、休息に充てる。特に道満と術をぶつけ合っていたマユたちは優先的に休憩に回された。彼女たちでなければ道満と戦えないからだ。
一度式神たちも戻して身体を休める。そして目の前の戦場を確認していた。
明らかに質では人間側が不利。妖たち一体一体が強すぎるのだ。強力な妖はプロの七段が五人集まっても止められない。中には八段でも止められない存在もいる。伊吹山の龍のように、青竜が出張ってようやく止められるような存在までいる始末。しかもそれが一体だけではなく複数いるのだから、それだけで大変だった。
その上外道丸が連れてきた鬼の混血、若干とはいえ陰陽師もいて、極めつけは蘆屋道満。道満に至ってはどうやって勝つのか道筋が見えない。それを話し合うためにもデスウィッチの時間稼ぎはありがたかった。
デスウィッチと相対する狸たち。見た目はただの狸だ。霊的な存在だということはわかるが、そこまでの霊気を感じられない。そこまで信頼を置いている道満たちの言葉を疑いたくなるほど、なんてことのない狸に見えた。
次の言葉を聞くまでは。
『さーて。元の姿に戻るのら』
『人様の霊気を勝手に使って実験やら兵器運用やら、やめてほしいのら』
そう言って狸たちが自分で起こした光に包まれていくと、そこから現れたのは大きな狸というわけでもなく、かと言って妖というわけでもなく、出てきたのは人間。男女の年齢はそれこそ十代から年老いた人でも四十代、服装もそれこそ室町時代辺りの服装から明治初期、そして最近の洋服に近い格好をしている人もいる。着物を着ている人もいれば、甚平のような簡素な格好をしている人もいる。
履き物も下駄や草履、靴など様々。人によってはオシャレなのか、帽子やリボンなどをつけている人物もいる。
まるで庶民服の展覧会のようだった。
そしてこれが決定的だったが。一人一人の霊気が星斗に匹敵していた。星斗の実力は全ての水準においてプロの八段の最上位だ。四神候補は伊達ではなく、朱雀の抜けた穴を埋めるのは星斗だと思われるくらいには実力が飛び抜けていた。星斗は難波の中でも天才と言われる部類で、明がいなければ安倍晴明の血筋たる家の当主になっていた存在だ。
そんな星斗に匹敵する存在が百人。しかも彼らは肉体がなく、魂だけの状態でそれだ。確実にただでは済まない。厄介すぎる手練れだった。死んでいるとはいえ、霊気があればどうとでもできる。それを姫が示していた。
『呪術省。いや、陰陽寮の頃からのツケだ。我ら元五神、貴様らに利用され捨てられたお礼参りに参上した。その兵器も我らの霊気で動いているのだから、どうしようがこっちの勝手だろ?』
『今更知らぬ存ぜぬはなしよ。こっちは五百年待ったんだから』
『道満様には感謝感謝。恨みっていうのは簡単に消えやしねえ。こうして状況を作ってくれただけありがたい。利用されてはいおしまい、じゃおちおち寝てらんねえよ』
元狸、元五神たちはそう言って呪符を取り出す。元五神であれば、その高い霊気にも頷ける。呪術省に反感を抱いている、道満からしたらこちらに最も引き抜きやすい存在だった。死んで地縛霊になっているところへ道満がちょっと手を差し伸べただけ。間に合った存在だけ、狸に身を変えて現世に留まっただけ。
だが、そんな元になっている存在など気にした様子もなく。デスウィッチたちは殲滅モードに入る。機械に人の心はわからない。機械は機械のまま、組み込まれたプログラム通りにしか動けない。
《戦闘モードに移行。排除、開始》
ガトリングが火を噴くことで二者の争いは始まった。デスウィッチはプログラムに沿って、近接部隊と後方支援部隊に別れて行動を始める。
しかしデスウィッチが実戦投入されたのは今回が初めてで。相手は人間だろうが魑魅魍魎だろうが妖だろうが、数々の敵を排除してきた歴戦の守り人で。呪術省に騙されるまでは、裏切られるまでは人々のために身を粉にして人々のために戦ってきた人々。
日本の兵器開発はなかなか優秀であっても、AI、人工知能に至ってはまだまだ発展途上の技術だ。完璧とは到底言える代物ではなく。戦闘に万全に当たれるような人工知能が開発できたわけでもない。実証数も少なく、大きな戦いは数十年前。五神の模擬戦をデータとして入れていても、AIの研究を始めたのはここ十年で、付け焼き刃の技術だった。
一方、元五神たちは狸になっても魑魅魍魎などと戦って今の自分たちに何ができるかを検証し尽くしていた。しかも一番若い狸でも六十年は狸として生活している。死者だとしても、魂にはきちんとその六十年分の蓄積があった。
戦闘経験値の差は、歴然だった。
次も二日後に投稿します。
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