3−2−1 五神と人間
鬼と一千年。
五神の内の三人と星斗の四人が蘆屋道満と戦闘を始める。式神三体とは伊吹が戦い、陰陽師四人は蘆屋道満一人で戦っていた。それで互角どころか、蘆屋道満の方が押している。使う術式一つ一つが彼らの知らない術式であること、呪術大全の原典を読んだことのある星斗が辛うじて抵抗するための術式を使えていた程度だ。
現代日本で最強格たる面々が一千年前の亡霊に敵わない。どんな悪夢か。しかもこれでまだ外道丸と姫が参戦していないのだ。全戦力を用いたら、どうなってしまうのか。それがわからない人間側ではない。
四月にあった京都校襲撃ですら悪夢だったのだ。悪夢を超える地獄の再現だった。
そんな中、蘆屋道満のもう一体の式神、外道丸はそこへ参加できていなかった。茉莉に呼び止められていたからだ。
「酒呑童子様。あなたが偉大なる名を名乗らず、幼名を名乗られるのは真の実力を発揮できないからなのでは?今のお身体では生前ほどの力を発揮できないからでは?」
『まあ、そういう側面もあるな。一度死んで今の身体はAの霊気で作られた身体だ。いくらAの霊気が日ノ本で三強に入るからって、伊吹と姫にも霊気を送ってるからな。生前ほど動けやしねえよ』
それが式神召喚の大前提だ。生前の力を発揮できる個体など、その式神としか契約していないか、強力な個体が複数いてもそれをあり余る霊気でどうにかしているかのどちらかだ。陰陽師は高位の存在になればなるほど用途を求めるので複数の式神と契約する。簡易式神を除いても便利な式神はいくつか契約しておくのが様々な戦場を渡り歩くことに向いている。
式神契約は難しいので中堅こそ一体に限って契約しているが、逆にいえば上位陣ほど数多くの式神と契約している。外道丸と伊吹は似通ったタイプの妖だが、この二体はセットなところがあるので蘆屋道満は両方と契約していた。
彼の場合は前衛が欲しかったので、それ以外の式神をあまり求めていなかったという理由もある。大概のことはできるし、空を飛ぶ、移動するなどは式神に頼らなくてもできてしまう。姫と契約したのは足りない手を補うためと、直属の弟子を欲したからにすぎない。
「なら、きちんと肉体があれば生前の力を発揮できますよね?」
『ああ?何言ってやがる』
「ここに、あなたと近しい肉体があります。これを用いれば、あなた様は生き返れる。それを見越して我々に声をかけたのでは?」
茉莉は自分の胸に手を当ててそう問う。茉莉の身体は人間の血も混じっているが、里で正当後継者に選ばれる程度には外道丸の身体の構成に近しい。人間としての構造よりも、龍と鬼としての構造に近しいのだ。だから戦闘面でも子どもなのに一番戦えている。
そんな茉莉の身体を得れば、外道丸は式神としての器ではなく、正しく外道丸として生前の力と身体に戻るだろう。完璧な存在として、そこら辺にいる妖よりも力を持った、まさしく鬼の中の鬼、鬼の王に返り咲くだろう。
そういう下準備のために、一千年先を見通して人間と子を為し、隠れ里として人間社会から隔離させたのなら辻褄が合う。しかも今回のことだって準備をすることはそんなに難しくない。Aという主が蘆屋道満だったのだから、星を詠むことなぞ造作もない。事実彼はこの状況を詳細は知らずとも詠んでいた。
だから、蘆屋道満から助言をもらっていれば今の状況を作り出すことはできる。
「私の身体、使ってください。むしろ光栄です。あなた様の血肉となれるのでしたら、如何様にでも」
『いつそんなことをオレが願った?』
「え?」
『舐めるなよ、茉莉。オレはお前を副官として任命したが、いつ贄として喰いたいって言った?ああ、いや。だからお前はあの女に似てるんだ。んなところまで似なくていいんだよ、クソ。思い出したら腹立ってきた』
ガリガリと歯ぎしりをさせる外道丸。むしろ最善の提案をしたと思っていた茉莉は惚けている。だって、その身体も魂もこの御方に捧げられるのだ。これ以上の名誉も、役得も存在しない。だから断られるとは思わなかったのだ。
何もかもを捧げられる覚悟はとっくにできている。死すらも恐れていない。犯罪者の誹りも受け入れる。一般社会での生活なんて捨てた。すでに茉莉は人間としての心を捨てて、鬼として生きることを決めている。これは茉莉だけではなく、里の者全員そうだ。死ねと外道丸に言われれば自害する、命令に純情な下僕だった。
この提案には、利点しかない。茉莉が死ぬことなんて、些末なことなのに何を怒っているのか。本当に理解できていなかった。
『オレのことそんなに節穴だと思ってたのか?そんな不忠義者に見えるのかよ?オレも伊吹も自分の意思であいつの式神になったんだ。オレたちは既に死んでる。魂こそあれ、肉体は仮初めだろうよ。だがな、死んだのはオレたちの責任だ。オレたちが進んだ結果だ。それは否定させねえ。死も結末の一つだ。オレたちは好き勝手やって死んだんだよ。お前のような生きてる人間の命を貰うなんて恥ずかしくてできるわけねえ』
「ですが!」
『お前があの里の代表として相応しいと思ったから副官に命じた。鬼なら、長なら、男なら、責任を果たせ。生きて好き勝手やれ。過去の亡霊に軽々しく命を差し出すな。死に場所を、他人に求めるな』
茉莉は今言われたことを反復する。外道丸は里の代表だったから茉莉を副官に命じたわけではない。ところどころ自分の子を産み、すがりついてきた当時の女を思い出すところが多々あったが、それでも戦場で正しく下の者を率いて見せたその姿勢を飼っていた。昔から多くの鬼を見て、その中で階級を与えてきた鬼の中の鬼だ。そういう、他者を見る眼は持っていた。
代表というのが名ばかりではないと見抜いて任命したのだ。それが命を差し出すと言ってきたら腹も立つ。だが見出した存在なのだから苛立ったからと命を摘むようなことはしない。
『ああ、あと。慣習だかなんだか知らねえけど、次からはその着物着てくるなよ?せめてマシな、動きやすい服着てこい』
「……申し訳ありません。この着物はあなた様が唯一与えてくださった物ですから。成人するまでは、男女関係なく着るのが習わしです。それこそ、あなた様と同じ戦場に立つのに、これ以上相応しい服があるはずもなく」
『うっわ、メンドくせ。じゃあオレからの命令な。戦場には動きやすい服着てこい。それはなしだ。いいな?』
「しかと受け止めました」
慇懃に頭を下げる茉莉。外道丸は見た瞬間から何で男が女物の着物を着てるんだとは思ったが、その疑問が解消されたことで気を良くした。里の連中にはこのまま待機を告げて伊吹の横に並ぶ。
『あっちはもういいのか?』
『ああ。道満!オレもこっちで暴れていいだろ?青竜取られちまったし』
「いいぞ。流石に伊吹だけじゃ辛かっただろうからな」
『ならもっと霊気寄越せよ!姫にやってる分とかさあ!』
「彼女にはかなり霊気を貯蓄させているから今はお前たちにしか霊気を送っていないぞ?私が久しぶりに戦っているからあまり送れないが」
会話をしながらだが、Aはマユたちと陰陽術で戦っている。それをしながら伊吹の補助を行い、千里眼を使って辺りの状況把握までやっていた。一千年生き続けているというのは伊達ではないらしく、経験値がどんな人間よりも隔絶していた。
Aは一千年前の段階で勝てない陰陽師はただ一人、それから妖たちや神の調停役をして海外にも行き、天海家を興すなど政治にしろ戦術にしろ齧ってきた。日本の状態を一番理解していると言っても過言ではなく、霊気の量は一千年前から減っていない。知識は蓄積されていき技術も学んでいるのに、それを万全に発揮できる状態を維持している。
人間の一生は短い。妖や神は百年ポッキリでは死なないのだから当然だ。だが神は存在が固定されているので成長しない。人間という器を手にした玉藻の前という例外を除いて。妖も生まれてから少しは成長するが、成長が止まったらそのままだ。人間のように学習するという本能がないため、身体の成長が止まれば頭脳なども停滞する。
だがAは人間のまま、神にならずに一千年成長し続けてきた。人間は不完全で短い一生を過ごすからこそ、その成長力が凄いという。引き継がれたDNAを駆使して、時にはとてつもないことをやり遂げてみせる。
そんな人間として、一千年生きたAという存在は。老いることのなかった怪物は。
蘆屋道満として名を残していた時よりも遙かに器を昇格させた、神に匹敵する災害へと膨れ上がっていた。彼を実力で叩きのめせるのは金蘭と巧くらいだろう。その二人もAの味方なのだから、サシで敵う陰陽師はいないことになる。
だからAは他の陰陽師に期待した。自分を脅かす才能を持つ者を。だから並び立つ者、並び立ちそうな者には祝福をし、過保護になる。そういう存在こそ、自分の後釜になれると。
玉藻の前が愛した、日ノ本を任せられると。結局のところ、Aの考えはそんなシンプルなものだった。
今の日本は見ていられない。任せられる人間だけ残して、後は消し飛ばす。そういう意味ではこの節目の一千年目には数多くの優秀な後釜が見つかった。巧は妻との平穏な生活を望んでいるので残念だが、候補はたくさん出てきた。
だからもう、呪術省は要らない。日本を理解していない、愛していない呪術省は存在するだけで目障りだった。
次も二日後に投稿します。
感想などお待ちしております。
あと、明日兄に言われて書いた小説始まりだけ投稿します。読みたいだの言われたので。




