3−1−1 五神と人間
青竜。
『ほうら!』
『ガアアァ!』
伊吹山の龍が青竜を投げ飛ばす。それも赤子の腕をひねるように。この二体では力の差が歴然だった。青竜が吹く息吹はかの龍の鱗を全く傷つけられず、保有する霊気と神気の量も桁違い。腕力も今のようにまるで敵わず、何度も地面に叩きつけていた。伊吹山の龍は戦うことが数百年ぶりだ。だからこの一時が少しでも長くなるようにと遊んでいる。息子たる外道丸のことを追い出してまで、親が楽しんでいるのだ。
むしろこの親あって子あり、ではあるのだが。
今の状況としては、妖たちが参戦したことで陰陽師たちは最終防衛ラインをかなり下げていた。もう妖たちがいつ呪術省に入り込んでもおかしくないところまで攻め込まれている。だが、侵入しようとする妖はおらず、陰陽師たちと戦っているのがほとんどだ。侵入する理由がなく、戦いに来たのだからそれもそうだろう。
『いやー、百年前と比べると弱っちいな』
『お前、いつの間に陰陽師と戦ってたんだよ?』
『お前も一緒に戦ってたじゃん』
『それ一千年前の話だから。年数間違えてるぜ。それに強かったのは陰陽師じゃなくて武士だろ』
『そうだそうだ。あの頃の陰陽師と比べたら、そんな変わんねーか。武士がいないから楽なんだな』
そんな雑談をしながら、陰陽師たちをのしていく。あの時の武士は異様に強かった。妖たちと平気で争っていたのだから。それと比べたら接近戦をするような陰陽師は少数、武士のような前線に赴いて相手を足止めするような存在もいない。
昔の陰陽師は足止めが精一杯だったのでそれに比べれば戦えるようになったのだろうが、前を抑えられる存在が不足しているというのは本当に致命的だ。いくら炎や風を生み出せても、懐に入られたら一方的にやられる。しかも確実に遠くで足止めできるわけでもない。
一番の問題は陰陽師の数と妖の数がほぼ同数なことか。身体能力で大きく劣る陰陽師は強靭な存在である妖には勝てない。接近戦をどうにかしてやっている陰陽師も、霊気がなくなればただの人間に戻る。その時が本当の崩壊の時だ。
徐々に戦線が縮んでいく中、最前線たる中央では青竜が式神を再召喚しながら自分にも肉体強化を施して奮戦している。青竜を呼び出したのは三度目。肉体強化の術式も込みで限界が近かった。なにせ五神を呼ぶのはかなりの霊気を喰う。それも本体なら式神の方で調整してくれるが、影だと加減を知らない。存在も脆弱だから何度も負けてしまう。
それでもと、青竜は歯を食いしばりながら戦い続けた。
「青竜様、一旦引いてください!霊気が尽きてしまいます⁉︎」
「引けるものか!この場に五神は我しかおらん。他の不甲斐ない者どもに変わって、我がここを守護するしかないのだ!それに、我が引いたら他の者たちも尻凄みする。青竜という名を頂いている以上、引けるものか!」
そう啖呵を切ると、相手の最前線にいた呪術師、白いタキシードのようなもので身を包み、顔の上半分を仮面で隠した男が拍手をしていた。その相手は、青竜。
「なるほど。人間としての矜持か。素晴らしいな。ああ、それでこそ人間だ。今までの呪術大臣どもに聞かせてやりたい言葉だ。責任ある者が、責任を取らなければならない。矢面に立たなければならない。そう、それが今までの人間は欠けていた。君は合格だよ。だから青竜、力を貸してあげなさい」
その祝詞に反応したのか蒼い契約札──近似点が光を出し、今までの青竜がなんだったのかというほどの神気を帯びた、ふた回りほども大きい竜がそこに現れていた。
それはまさしく、本体の青竜。
『契約をしよう。汝の名を示せ、人間』
「……奏流、燕京」
『ではここに楔を立てよう。いいのだな?』
「ああ、これで五神全てが揃った」
青竜がAにそう問うと、嬉しそうに笑うA。その言葉に人間側は誰もが首を傾げたが、妖側は全員わかっていた。史上初、五神全員が本体で現れたのだと。
本当に世界を変えてしまうつもりだと。
人間側は朱雀が殺されたばかりなのに何を言っているのかわからなかった。それに五神が揃っていたことはそれなりに多かったはず。それなのに初めてのことのように言うのは何故か。この場には青竜しかいないというのに。
『初めましてだな、青竜。生まれてこのかた色んな龍と縄張り争いをして来たが、お前とは初めてやる。そもそも出てくるのが初めてだったか?』
『伊吹山の。影では満足いかなかったか?』
『いくわっきゃねえだろ!さあ、やらせろやらせろ!』
『親父。本体来たなら変わってくれよ』
『それはできない相談だ。お前式神なんだから万全の状態じゃないだろうが。それにこれは龍同士の問題。半分龍のお前が口出すんじゃねえ』
『へいへい』
外道丸の懇願も軽くあしらい、青竜と伊吹山の龍は取っ組み合う。お互い腕で殴り合い、息吹をぶつけ合う。それで周りに被害が出そうだったが、Aとしても味方に被害が出るのは御免こうむり、またこの場所は凄惨な状態にはしたかったが塔自体は無事であってもらいたかったので二体の衝突を防ぐように二体を空へ押し上げた。
その気遣いに気付いたのか、気付かないのか。そのまま空で戦い続ける。完全に空は二体のものとなってしまった。
「ON。これで地上は大丈夫だろう。全く、久しぶりに暴れられるからといって、本当に全力で戦うバカがいるか。呪術省は壊すなとあれほど言っておいたのに。青竜も守るべき場所を壊してどうする」
呪符も使わずに単音で術式を用いて、しかも持ち上げたことと二体がすぐに出てこられないような結界付き。それだけで陰陽師たちはAの実力の高さを思い知る。広域干渉術式を用いたり、外道丸と伊吹、姫を式神にしている時点で察していたが、ここまでの規格外だとは思いたくなかったというのが本心だろう。
たったそれだけで、霊気の底も見えず余裕綽々で立っている超人。誰なら敵うのかという話だ。青竜こと奏流も霊気の量は多い自負があったが、次元がまさしく違う。Aに匹敵する霊気を持っているのは、現状先代麒麟である巧と、珠希だけだ。
「さて。手を貸してしまったが、目的の一つは達したか。君を殺して青竜を呼び出すことも考えていたが、私は流石にこれ以上の式神もいらないし、協力している彼らのどちらかに預けたらすぐにわかってしまう。最悪金蘭にでもやらせようと思ったが、その必要がなくなったのなら幸いだ」
そう。Aは手を貸したのだ。奏流を賞賛したのも事実だが、青竜の本体を呼ぶように誘導した。近似点なんてなくてもできたが、ある物は利用する。それに、Aであれば呼びかけに応えない五神などいない。今契約者がいない青竜ならなおさらだ。玄武あたりでは呼び出そうとしても拒否されるだろう。マユの方が大事だからと。
「では、この後はどうするのかな?私の思惑もあるが、戦力的に青竜は切り離した。外道丸も伊吹もいるが、誰が止められる?そろそろ私も本格的に動こうと思うが」
そう告げるのに反応したのか、奏流の前に白い光の塊が現れる。それは人二人分ぐらいの大きさであり、その光が消えていく頃には二人の人間が立っていた。
「ゲンちゃん、今回ばっかりはわたしの言うこと聞いてもらいますからね!」
『しょうがない、なあ』
「郭!……あー、もう。後でどんな言い訳すればいいんだ。マユ、死にそうになったら全力で逃げるからな!お前も連れて!」
「センパイは絶対に死なせません!だから大丈夫です!」
「いやいや、相手のことよく見て……。腹くくるかぁ」
そう、現れたのはマユと星斗。玄武を大きくさせて、大鬼を召喚していた。
絶対にここに現れるはずのない人物が現れて、Aは仮面の奥で誰にも見られることなく瞳孔をこれでもかと開いていた。
こういった良い意味での手違いは、さっきので打ち止めだと思ったからだ。計画はズレたが、良い意味でなので問題ない。どんどん彼の理想とする世界が近付いている。
次も三日後に投稿します。
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