2−6 とある青年の回収録
呪術省の地下にあるもの。
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呪術省の地下。そこには歴代の五神の遺体がある。安置されているとは到底言えず、利用されている。霊気というものは、死体になっても身体に残り続ける。神気もだ。肉体がなくなり、骨や灰にならない限り身体には残っている。それもそのはずで、神の力が死んだ程度でなくなるはずがなく、霊気もその言葉の通り霊的なものに作用する力だ。
だから陰陽師とは、陰陽を司る、つまり生と死の狭間に立つ異能者だったわけだ。妖などの怪異が闊歩していた日ノ本ではそこまで特異な異能じゃなかったわけだけど。だから陰陽師になる才能を持った異能者はそこそこ存在した。
この霊気を用いて術を行使するために、妖の死体はもちろん、同族たる人間の死体ですら利用できるとわかった当時の陰陽師は行動が早かった。特に五神に選ばれるような人間は保有している霊気も多く、影とはいえ五神に触れるのだから神気を帯びている可能性が高く、結界の維持のために短命だったために利用しようとしたのだろう。
特に麒麟が秘匿される一番の理由はこれだ。存在を隠すことで死んだとしても世間は存在を知らず。当時最高峰の陰陽師が持っていた力を堂々と使用できる。四神は引退した後に後進を育てたり、地方の大都市の防衛を任せたりすることが多かったために、麒麟ほどの実力もなかったために見逃されたわけだ。本当に酷い。
これには晴明様の責任も若干ある。母親たる葛の葉様の遺体を燃やさずに治して埋葬したために、何故そんなことをしたのかと調べる高弟がいて、そこから死体を利用できると知った。昔の占星術で亀の甲羅や鹿の角を利用したことと同じだ。ああいった物も霊気を宿していた、天然物の呪具だったために記録が残っている。つまり死体は、呪具を用いるのに有効だと知ってしまった。
呪具で死体の腐敗を防ぎ、霊気を使って他の呪具も使えるようにする。呪術省が龍脈を所持していないのに一大研究機関としてこの京都で様々な実験ができている理由は、この死体たちから実験に使う霊気を得ているから。
ここまで手段を選ばないのだから、今の呪術省がちょっとしたことで悪事に手を染めていても不思議じゃないわけだ。一千年前から先祖がやっていることを繰り返しているだけで、その悠久の時が罪悪感という感情を消してしまったのだろう。または倫理観か。
そんな狂気の地へ、隠形を用いて進んでいく。地上一階を確認してこれ以上研究者が来ないことを確認してから最後のグループと一緒にそんな研究特区へ入っていく。
そこではすでに数多くの研究者たちが様々な作業をしていた。呪術省と政府が秘密裏に研究している対異能者用決戦兵器、デスウィッチ。正直ネーミングセンスを疑うが、それをあの妖軍団にぶつけるために起動準備をしているところですね。流石に機械には詳しくないので、起動してもらわないと困るのですが。
このデスウィッチ、簡単に言うと10mくらいの人が乗っていないパワードスーツと言いますか。そんな見た目で動力が霊気というトンデモ兵器です。実際これが動いたら、ただの陰陽師では虐殺されるかもしれません。敵に普通の陰陽師なんて一切いませんが。
デスウィッチが全部地上に向かったのを確認して、出口に立ちます。あの駆動音、足にはキャタピラが付いているのでキュルキュルうるさいですね。アレの値段、確か戦闘機より高いんだとか。そんなものを100機以上用意しているのは頭おかしいですね。どこからそんな予算を捻出したんだか。
確実に呪術省と日本政府が口裏合わせしているだけでしょうが。
デスウィッチは壊したいという希望があったので見逃しますが、研究者は別です。なので、隠形を解いて彼らの前に立ちます。
「な、何者だ⁉︎」
「どうやってここに入った⁉︎」
「先代麒麟です。あなたたちと一緒に入ったじゃありませんか」
「バカな!」
そうは言いつつ、白衣の中から銀の筒を取り出す皆さん。懐かしくて笑いがこみ上げてきましたが、声を出すことはしません。私が作った物の、改良版のようです。彼らからは戦闘態勢に入っているのに霊気を感じないので、霊気が扱えなくても使えるようにしたのでしょう。デスウィッチと同じで、おそらく霊気を貯蔵することで。
そんなおもちゃで、いくら片腕を失ったとはいえ私に敵うと思っているのでしょうか?仮にも麒麟、相手は武道の達人でもなければ、陰陽師でもない、基本運動などしていない研究者たち。人数が優っているだけで、覆しようのない差があるのを、わからないのか。一騎当千という言葉は間違っていないというのに。
それに私は既に術式を発動している。音というのは相手の耳へ、そして脳へ刺激を送る。波を送るのと同時に霊気を込めれば術式の起こりとしては十分なのだから。こんなものは陰陽術とは言えないので、公表もしたくはないけど。
ただの世間話が幻術のきっかけだった。こんなことができるのは呪術大全を真の意味で理解した人だけだろう。現代では私と姫さん、そして那須さんくらいか。那須さんの場合音ではなく、霊気と神気が膨大すぎて術式の起こりができやすいというだけ。それを難波くんと天狐殿はよく制御している。
彼女が一般生活を送れているのは、間違いなく彼らのおかげなのだから。
今はこの塔の何処かにいるであろう二人のことを考えている内に全員に術式が効いたようで、その場に倒れこんでいた。二日もすれば目が覚めるでしょう。多分。
というわけで目的の物を探そうとしたら扉が外側から開かれた。誰かと思ったら、姫さんだった。
「あら。さすがに仕事が早い」
「……先々代。あなたが何故ここに?」
「何故って……簡単やん。他の人たちやあなたと一緒。利用されている物を取り返すため」
ここに来た理由がわからなかったので率直に聞いてみると、思いもしなかった答えが返ってきました。彼女も何か呪術省に奪われたのだろうか。私は龍脈の維持のためと、見逃してもらう担保として左腕を差し出したけど。
「……あなたのお望みの物は、見つからないかと」
そう言うと、言っている意味がわからないという風に首を傾げられてしまった。まさか、本当に気付いていないのだろうか。とりあえず目的の物は奥にあるようなので奥へ進む。私の左腕は培養液に浸かって保存されていたが、姫さんはまだ何かを探している。培養器の中身を確認しているので、探している物に検討はついたけど。
「……なんで?何でわたしの身体、ここにないの……?」
やはり。でもそれを言うのは野暮というもの。決して口に出さない。姫さんは呆然としていたが、それに対して言えることなんてない。彼女たちの問題なのだから。
私は自分の左腕が入った培養器を操作して培養液を抜く。濡れている左腕を持ってきたタオルで拭いてから状態を確認する。霊気や神気を抜かれていたとはいえ、自己保存をするように術式をかけていたのですぐに接続しても大丈夫そうだった。
異性の前で上半身を裸にするのは忍びないので、姫さんの視界に入らないところで服を脱ぐ。今から縫合をするのだから、服が邪魔だ。床に胡座で座り、その上に左腕を乗せる。自分の左腕と左腕の付け根を接続させるために筋や骨、肉や神経の位置を確認しておく。
精霊も呼び出してさあやろうと思ったら、姫さんがこちらに来ていた。
「手伝うわ。二人いた方がいいでしょ?」
「それはそうですが。もういいのですか?」
「ええ。後回し。ゆっくり考えるわ。この塔を崩壊させてからゆっくり探せばいいんだもの」
確かに朝日が昇れば、ここはもうAさんの物だろう。その後なら好きにできるのも事実。真実に気づくのはいつになるのか。
「こういうこと、やったことありますか?」
「ないけど、あの人の弟子よ?痛みもなくすぐに動かせるようにしてあげるから。違和感もないくらいに完璧に施術してあげる」
二人で術式を使い、精霊がバックアップをしてくれる。
当代最高峰の二人が行う術式に、失敗なんてあるはずがなかった。
次も三日後に投稿します。
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