2−5−3 とある青年の回想録
一世一代の想いを込めて。
簡易式神に乗って天竜会の施設へ向かう。蜂谷先生には神気と精霊のおかげで破傷風とかにもなってないからやることがない。毎日神気と精霊による維持だけはしろと言われただけだった。神経や筋などは意図的に綺麗に切断したため、痛みはひどかったが問題はないとのこと。
ただ着ていた洋服は血がべっとりと付いてしまったので脱いで別の洋服を貰った。それを着て降り立つ。
露美さんは一人で外で待っていたようだ。今は冬じゃないのでそこまで寒くなかったかもしれないが、耳や指先が赤く染まっている。長時間外にいたらそうなるだろう。
私の洋服が変わっていること。長袖なのに左腕が見えずにフラフラと風にたなびく様子を見て、顔から更に血の気が失せていった。そんな顔を見たかったわけではない。でも、こうなるとわかっていて伝えなかったのは自分だ。だから、どんな責め苦も受け入れよう。そうしなければならない。
「……バカ。何で麒麟を辞めるって言いに行ったらそんなことになるの?」
「ニュースになっていませんでした?呪術省の前で強大な魑魅魍魎が現れたと。あれ、私のことです」
「知ってる。そんなところだと思ってた。ようやく日が落ちるんだもん。昼間にそんな強い魑魅魍魎が現れるのは稀だからね」
お昼前に呪術大臣に伝えて、そのまま戦って三十分ほどで撤退。蜂谷先生がいらっしゃる病院に行って診察を受けて戻ってきたら見事に夕方になってしまった。心配をかけないように急いで帰ってきたつもりでしたが、ダメみたいですね。怒ってるのは左腕のことでしょうから。
「予想通り、呪術省に裏切られました。露美さんのことも露見しています。異能も容姿も。このまま京都に居たら露美さんが利用されます。だから、あなたを連れ去ります」
「あら、熱烈なアプローチ。アテはあるの?」
「あります。そういう根回しだけなら十分にしてきたので。……これから露美さんには多大な迷惑をかけると思います。大学に行ったことが無駄になってしまいます。経歴全てを捨ててもらわなければ、呪術省にいつまでも追いかけられる。ですが、私がいる限りあなたのことは何があっても守ってみせます。私にあなたを守らせてください。あなたの人生、私に預けてください」
その言葉に全ての信頼と独善と夢と恋慕と愛情を込めて。これから露美さんは顔を隠して生きていかなければならない。それは私もだ。三年間はひとまず大丈夫だとしても、その後は。そしてそれまででも、かなりの苦労をかける。私も露美さんも今まで普通の生活というものを送ってこなかったが、これからは一層送れない。
そんな呪いの言葉でもある。そしてやり方が呪術省と同じだ。だからこのタイミングまで言い出せなかった自分が恥ずかしい。
万感の想いを込めて送った言葉に、帰ってきた言葉として予想もしていなかったものだったためにちょっと変な声が出た。
「10点」
「へ?」
「プロポーズの言葉として10点。まず夕方っていうのがないよね。わたし、プロポーズ受けるなら綺麗な星空の下が良かった。星空じゃなくても、せめて綺麗な風景の場所が良かったな。つまり、慣れ親しんだ施設の前で言われるとか減点もいいところ。左腕なくした直後に言うことでもないよね。未来が視えるんだからそれもわかってたんでしょ?そんな大事なこと言ってくれなかったことも減点。迷惑かけるって今更言うけど、そんなの依頼した時点でわたしの方が迷惑かけてたってわかるでしょ?明らかにわたしの方が迷惑かけてるし、我儘もたくさん言った。五十歩百歩にもならないよ。大学とか気にしてるけど、こんな異能持っちゃった時点でいつかはこうなるって予想できたし。天竜会にいる子たちの中でも、わたしは別格らしいからね。お爺様に言われてたよ。わたしの今までの経歴なんて薄っぺらいんだし、捨てるのも問題ないでしょ」
怒涛の返しに、納得いくこともいくつかあるが、納得いかないこともいくつか。この状況で言うことではなかったと深く反省しているが、何故か露美さん自身が自分を責めるような言い回しをしているのが気になる。私に対するダメ出しだったはずなのに。
「呪術省に知られちゃったならタクミくんが守るのは当たり前でしょ。天竜会じゃわたし個人にそこまで入れ込んだら、他の子たちにも迷惑がかかる。その点ドロンするだけなら麒麟でもあるタクミくんなら問題ないだろうし。あと。最大のダメなところはね、人生預けてくれって言葉。返すこと前提で言われるのはヤだな。返さなくていいよ。半分とも言わないし、全部でいい。貰っちゃって。わたしも、この先隣で歩んでいくならタクミくんがいい。……左腕よりもわたしが大事だったんでしょ?だから10点」
露美さんの右手が、私の左腕があった付け根に触れる。もう痛みはない。抑えてるから触られても問題はない。触覚は生きているので、何と言うかむず痒いけど。
左手では私の頭を撫でてくる。私の方が年下だが、流石にこんな子どもがされるようなことをされるのは些か恥ずかしい。
「一生物なのに、10点ですみません。100点のプロポーズができれば良かったのですが」
「あー、気にしない気にしない。5点満点の10点なんだから」
「へ?5点、満点?」
「そうそう。それだけわたしは嬉しかったんだから。で、この後はどうするの?」
恥ずかしかったのが一転、嬉しくなるのだから心とは、数字とは、言葉とは不思議だ。ただその感傷に浸っている暇もない。露美さんに言われた通り、すぐにでも動き出さないといけない。
「まずは私たちの姿そっくりの式神を作り出して、大阪国際空港に向かわせます。適当なチケットを買わせて、そのまま海外へ逃げたフリをする。その間に私たちは栃木県の那須へ向かいます」
「栃木県?そこに匿ってくれる人がいるの?」
「はい。星を詠むことに関しては、私よりも上。当代最高峰の星見ですから。あとは、麒麟」
呼びかけに答えて麒麟が出てきてくれる。麒麟に乗って那須に向かうという訳ではない。ここで、この子とはお別れだからだ。役職上麒麟を辞めたという理由もあるが、私は裏に潜る訳ではなく、ただ表から消えるだけ。それなら裏で活動する姫さんの所にいた方がいい。
「麒麟。例の術式が発動した時だけ私の式神として戻ってきてください。それまでと、その後は姫さんの元に。麒麟の名はあの人にこそ相応しい」
最後に麒麟の頭を撫でて、別れを済ませる。私たちが心配で本体として契約してくれた心優しき神獣。私は役目を済ませたのだから、後は世界のためにかの姫君と共に事を成してほしい。麒麟は行く前に何度かこちらの顔色を伺ってきたが、気にするなと頷きを返した。
本当に心配性だ。だからこそ、助けられた。でも、今度力を発揮するのは私の横ではないから。あの人の側でこそ、日本を救えるのだから。
麒麟が空を駆ける。その姿はまさしく神の如く。煌めく後光をその背に、神は空へ還っていく。それが彼なりの別れの言葉であるかのように。別れの時は明るく。そう言うように、夕方特有の明かりにも負けない光を示してくれた。
「さようなら。相棒。君は私たちの、かけがえのない親友だった」
次も三日後に投稿します。
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