2−4−2 とある青年の回想録
散歩。
護衛が始まってから、私は露美さんが通う大学に潜入していた。一緒に講義を受けて、彼女の様子に変化がないのかを調べる。許可をもらって視界を共有させてもらい、何か不都合があれば共有を切除して、メールで復活してもいいかを聞いて再接続する。大学で講義が被っていることなどざらなために怪しまれない。姿も偽っているので、ただの子どもだと注目されることもない。
彼女にちょっかいを出そうとしている存在がいたらすぐに追い払った。会長から概要は聞いていたので難なく対処はできたが、実際に見てみると驚く。それだけの特異体質、狙われることも心配することも良くわかる異能だった。
それでも大きな問題はなかったので、講義が終われば校門の外で彼女を待っていた。サークル活動はしていないようだったので、講義が終わればそのまま天竜会の施設に戻るだけ。たまに友達と食事に行ったり飲み会に行ったりするようだが、今日はないようだった。だから並んで帰る。
「キリくん、本当に今日大学にいた?全然姿見なかったけど」
「いましたよ。だいたいあなたの四つほど後ろの席に。陰陽術で姿を変えていたので気が付かなかったでしょうけど」
「はぁー。便利だね。陰陽術って」
「まあ、便利ではあります。だからこそ使い方を間違える方が出てきてしまうのですが」
「呪術犯罪者ね。魑魅魍魎に加えて人間にも警戒して過ごさないといけないのは嫌だわ」
そう困ったように息をつく露美さん。彼女から現在キリくんと呼ばれているが、麒麟と街中で呼ぶわけにもいかず、呼び名がないと困るということで暫定的に麒麟の頭文字をとってキリくん。
彼女は呪術犯罪者のことを心配しているが、それは違うことを伝える。
「陰陽術はきっかけに過ぎませんよ。そんな力がなくても人間は犯罪を犯します。犯罪者と呼ばれなくても、悪いことをしている人もいます。逆も然り。存在や肩書きだけで判断するのは難しいことですよ」
「あー、それもそっか。じゃあキリくんも裏では悪いことしてたり?」
「今でもしていますよ?呪術省に無断でこうして護衛をしていますし、詳細なんて一切伝えていません。後進の育成もほったらかしですし、呪術犯罪者の方とは昔から縁故でご贔屓させていただいています。その方たちを呪術省に突き出していないので、これも悪いことでしょう」
「いっけないんだー。お姉さん、通報しようか?」
「やめてください。私が立場をなくします」
そんな冗談を笑いながら言い合う。会ってからまだ二日目だったが、かなり打ち解けていた。波長が合うというべきかもしれない。関係性は護衛とその対象なのだが、気さくに話し合えるというのだから何かがかっちりと噛み合ったのだろう。私は女性とあまり多く関わってきていなかったが、かなり好印象を抱いていた。
肩肘張らずに話せるだけで気が楽だ。今まではある程度立場を考えて話さなければならなかったことと、学校に通っていた頃は誰も彼も早く戦力になることを期待されて、いつでも研鑽を積んでいた。それは私も例に漏れず。二個上に香炉星斗さん、一個上にマユさんがいたというのも大きいのだろう。彼らに触発されて頑張れたという側面はある。
だからこそ、マユさんは後輩が麒麟になったことに驚いていたが。
「それで、一日わたしの視界を共有してみて、どうだった?」
「これを幼少期から経験していたとすると、大変だっただろうなと。そう思います」
素直に言うと、ほぼ目線が変わらない隣の横顔がフニャッと柔らかいものに変わる。同じ異能を持つ者は天竜会にもいない。そういう意味では私は彼女の初めての理解者かもしれない。自分が見ているものを他人とは共有できない。それは悲しいことだろう。
私の眼も少々特殊だが、前例がいないわけではない。星見は少なくても確実にいて、同じような眼を姫さんも持っている。Aさんもだ。だから私はそこまで特殊な人間ではない。それがわかっているだけ、私は恵まれているだろう。私は逆立ちしても勝てない方々がいることを知っている。平凡とまでは言えないが、少し抜きん出ているくらいだ。
日本の平定もできない。そういう意味では、ただの人だと定義している。
「陰陽術って便利だねえ」
「一応言っておきますが、視界の共有なんて全員ができるわけではありませんよ。そんな簡単な術式だったら、おそらく皆さん日常生活を送れませんから」
「下心満載の変態が勝手に視界を共有してたら何でもバレちゃうからね。キリくんもそういう不純なことやってたり?」
「やってませんよ、失礼な。人権は守ります。尊厳も。高尚な陰陽術を、そんな不埒な目的で使っていたら呪われますよ。陰陽術の始祖に」
「安倍晴明?昔の人じゃん」
私の真面目な言葉に吹き出す露美さん。一般人、いやただの陰陽師でも信じないだろう。陰陽師の始祖が生きていて活動しているなど。私の言葉は陰陽師に真摯な子どもとして映ったようで、微笑ましいものを見るような目線を向けられた。それが少し恥ずかしい。年齢的には確かに私の方が下だが、こうも短い間に何度も子ども扱いされるのは嫌だ。
それが少し心地良いと思うのは、おかしな話だ。揶揄われるのが初めてのことだからかもしれない。
では、話を戻して。歩いていると鴨川に出た。千里眼で父の店の様子を確認して、父が元気そうなことを視て頷いた後に本題に入る。
「羽原さん。あなたの異能は呪いでもなく体質です。私では治すことができません」
「だろうね。有名な除霊師とかにも会ったけど、何も変わらなかったもん。これはそういうものだって受け入れるしかないんでしょ?」
「そうなります。ただし、引き寄せられた存在を祓うことなら、私にもできます。他の陰陽師ではまず把握もできないでしょう。そういう意味では現状の呪術省で私は最適の護衛だ」
「いやー、悪いね。最強の陰陽師に頼まないといけないなんて」
全然悪びれることもなく言われても嫌な気がしない。そうやって軽く言うことで、私を思いやっているのか。それともこれが長年付き添ってきた異能に対する、彼女なりの処世術か。
今まで彼女が大きな怪我も内側が侵されることもなくこの年まで生きてこられたのは奇跡と言ってもいいだろう。しかも京都に住んでいて。結界が歪だからこそ助かった部分もあるのかもしれない。
でもそれは今までの話。これからはそうではないかもしれない。だからひとまずは一ヶ月。天竜会にも若干とは言え戦力があるが、それでどうにかなるのか。それを調べるための護衛でもある。
そんな調査の一環だったんだが、何故か露美さんが鴨川に行きたいとのことだったので来てみた。何となく理由は察している。
「鴨川に来たということは、大きな川が見たかったということですよね。視界を共有してもいいですか?」
「理由もわかってるんだね。いいよ」
無詠唱で視界を共有する。今まで見ていた鴨川が、赤紫色に変色する。川は黄泉への境目だ。つまりこれは、霊的なものを呼び寄せて見えてしまう異能が彼女の身体全部に作用している。
彼女は本来陰陽術でも高位の術式である降霊を、意図せずに起こせる。そして干渉ができるのも基本的に彼女と、彼女の異能を認識している者だけ。彼女にかかれば黄泉の門も開ける。つまり死者がいなくなる、正確には死を克服できる世界を生み出せてしまう。
これを知った呪術省は。いや、ただの人間は。彼女を求めるだろう。失った最愛の人、友人、肉親。そんな人たちを呼び戻せる。生き返らせることができる。そんなことが可能になるかもしれない。
それに伴う露美さんへの負担は何になるか。そもそもそんな風に世界を改変して、テクスチャはどうなるのか。今でさえ彼女の力に接触して黄泉の門が不安定になっている。降霊は黄泉の門をあちらからの許可を経て開いているために、まだ秩序がある。だが、その秩序がなくなってしまったら。この世界のテクスチャが覆る可能性がある。
そうしたら日本だけの問題ではなくなる。彼女は世界中の異能者から狙われかねない。だから神たる会長は、この異能を防ぐ手段を考案させるために私に依頼したのだろう。今暇をしているのは私だけだから。
「物心ついた時から、この光景を?」
「そうだね。だからさ、色覚異常だっけ?そういうのだって診断されたけど、死んだ人が見えるのはそれだけじゃ説明がつかないよね。結構苦労したよ?絵とか書くのはすごい苦労した。他の人が知っている物の色と、わたしが見ている色が違うんだから」
吟様と同じだ。吟様は本当に色覚異常だったのだろうけど、それだっておそらく精霊の仕業。彼女の場合は異能が身体を変革させてしまったのだろう。
だからか。私はそんな露美さんに他の人が見ている世界を見せてあげたくて。いや、私が見ている世界も少し他の人とは違うのだが。彼女が今見ている世界とは幾分、近しいはずだ。
「識」
彼女の額に触れる。それと一緒に、私の視界を共有させる。誰かの視界をハッキングするだけなら無詠唱でもできるが、私の視界を意図的に共有させるには流石に詠唱と接触が必要だった。
彼女が見るのは私の世界。神気と霊気が色濃く出ているが、色彩は変わらない。これはマユさんと変わらない視界だろう。
私の世界を見て、露美さんは目を輝かせる。鴨川を奥まで見渡した後、辺りをキョロキョロと見始める。まるで初めて来た場所かのような反応がおかしくて、小さな笑いが溢れてしまった。
「すごいすごい!これが普通の世界?あー、これイイ!そっか、これが普通なんだ!」
「ちょっと違いますけどね。私の視界はあなたとは違った意味で、世界を正しく映してしまっているので」
「キリくん、回ろっか!っていうか色々見て回りたい!」
「いかようにも。姫」
天竜会が定める帰宅時間をぶっちぎって、それこそ朝帰りをした私たち。職員さんには怒られたが、会長によってことなきを得る。あんな楽しそうな彼女を見たのは初めてだと感謝された。
この力で一人でも笑顔にできるのなら。なんと素晴らしい力の使い方か。それからも露美さんからのオネガイは度重なり、それに喜んで付き合う私はお人好しと称される。その彼女の笑顔が子どものように可愛らしかったのだから、ただ力を使うだけで喜んでくれるのだから、お人好しと言われるくらい素直に受け止めた。
次も三日後に投稿します。
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