2-2-3 とある少女の回想録
自害。
大百足には黄龍が突っ込み、四神には麒麟が突っ込む。指示なんて特には出さない。あの子たちには意志があるのだから、指示なんて出さなくても勝手にやってくれる。あっちはあっちに任せていい。任せるために詠んだんだから。
他の人たちみたいに式神に指示を出すなんて馬鹿なことはしなくていい。難波家とかだったら複数呼び出さない限り式神に指示を出したりしない。一体だけ呼び出すなら、後は支援術式を使うだけなんだから。
当時のわたしは、式神たちの戦いに一切目を向けず、五人に目を向ける。今でも暗黒微笑を向けているところだ。
「あれ?そちらから来ないんですか?わたし逃げちゃいますよ?」
「させるか!睦!」
呪術大臣が拘束術式を使ってわたしの周りにしめ縄を作り出す。それに縛られるけど、わたしは笑ったままだ。
「……こんなものか?ハハッ、これなら私が麒麟を務めた方が良かったな!」
「冗談ですよね?この程度で麒麟を名乗るなんて」
詠唱もせず、呪符も呪具も使わずに縄を燃やす。わたしが無詠唱で術を使えることを知っているんだから、仮に捕らえられたのならそのまま連撃しないと対処されるだけなのに。もっと霊気も込めて、最高級の呪具を使えば本当に捕らえられたかもしれないけど。
すぐに動き出したのは四神たち。数回一緒に仕事をしただけあって、わたしの異常性には気付いている。
「爆!」
「破!」
「滅!」
「流!」
呪符を使って、それぞれ得意な火、風、岩、水を用いて攻撃してくる。槍の形をしていたり、ただただ大きな塊だったり、普通の陰陽師ならそれぞれが必殺の一撃になるような高威力の一撃たち。
わたしも、さすがに呪符を出す。
「オン」
木の属性、雷で電磁バリアを作り出す。それが全てを受け止め相殺していた。相性があるのにそれすらも超越した霊気の出力の差に、四神はやっと実力差を思い知る。
この時の四神は八段に毛が生えた程度の実力者だ。それに呪術大臣が加わったところで、わたしの優位は変わらない。今も、黄龍が大百足を倒したところだ。黄龍は麒麟に加わって四神と戦いだす。
黄竜じゃなくて黄龍だもの。影の四神に匹敵するどころか勝る部分が多い存在だからあっちの戦況も好転し始める。
「何だ⁉どういう手品だ⁉その力、ありえないだろう!」
「ありえないって……。わたし、これ全開じゃないですよ?龍脈に接続していませんし」
「龍脈なんて、ただの人間が使えるわけないじゃない!あれは霊脈を超えた、あらゆるものの行き着く先なのに……」
「認識の違いですねー。人間でも使えますよ。あなたたちに使わせるわけにはいかないので、ヒントもあげませんけど」
正直、適性の問題なのよね。風水を極めて、龍脈に呑まれないように膨大な霊気の貯蔵ができるか、神気を多量に所持しているか。最悪風水は使えなくても、自然と一体化できるなら問題ない。明くんたちはまだ風水できなさそうだし、こっちの方が現実的かしら。
龍脈に接続したら、龍脈から霊気も神気も受け取れるんだからほぼ無限に術式を使用できるし、術式の出力上昇なんてお茶の子さいさい。身体がパンクしないように受け取る量はセーブしないといけないけど。
「ほらほら。年下の女の子に、大の大人が五人がかりで戦ってきて、それでも差が縮まらなくて悔しくないんですか?わたしばかりに構っていていいんですか?玄武、消えましたけど」
数としてはこっちが不利なのに、式神の質が違いすぎた。今麒麟が火を纏って玄武に頭突きをして消滅させていた。近似点たる呪符だけ、ひらひらと地面に落ちる。
麒麟って土の属性の割に天狐様のように五属性全て使えるから卑怯よね。だから翔子ちゃんが出す麒麟は雷なんて纏っちゃうんでしょうけど。その人の適性を色濃く出しちゃう式神だから、土の属性だと忘れられちゃうんでしょうね。一般人は麒麟門のことも知らないみたいだから、余計に勘違いが産まれる。呪術省のバーカ。
玄武は復活しないまま戦闘は続けられる。幻術や拘束術式を混ぜながら攻撃してくるも、わたしは全部を無効化させていた。この時マルチタスクで未来視を使っていて、敵が何を使ってくるか予測して対処していたので、相殺できて当たり前。
最初に脱落したのは青竜。霊気がなくなって倒れる。玄武と大百足は倒したけど他の式神は倒さないよう麒麟と黄龍には伝えておいた。式神なんて維持するだけで霊気を吸っていくんだから。霊気オバケじゃない限り長時間出すのは愚策。それを狙ってわたしは長期戦に持ち込んでいたんだけど。
次に消耗が激しいのは呪術大臣。大百足を四回ほど復活させていた。中々の霊気だけど、もう限界なのか大百足を復活させていなかった。彼には大仕事が残っているから、下手に消耗させないために大百足が復活するたびに倒していたんだけど、しつこい。
「四神、時間を稼げ!私があの娘にトドメを刺す!」
そう言って用意されたのは五枚の呪符。それを宙に浮かべ、五芒星の術式を作り出す呪術大臣。そう、それでしかわたしを倒せない。
わたしを殺すつもりで、自分を犠牲にする覚悟がなければ、ただの凡人がわたしを倒せるはずがない。
彼が使おうとしている呪術は、土御門と賀茂で共同開発した、晴明様が産み出したものではない五芒星を用いた術式。それを作りだしたことには賞賛の言葉を贈りたいが、千年経ってそれしかできなかったのは返って憐れだ。
残っている三人の攻撃術式が激しさを増す。そのどれも完璧に対処して、わたしの身体は一切傷付かない。だけど、わたしはここまでだ。
呪術というものは、代償を払えば払うほど強力な術式が使える。たとえそれが残り少ない命だったとしても、命を代償とした術式を止める手段は、ない。
実を言うと、わたしは全てのことを未来視で視ていたわけではなかった。わたしの結末はわかっていたし、その後どうなるかもわかっていたけど、その過程を視ていなかった。まあ、視たくないよね。自分が死ぬ瞬間なんて。
わたしと呪術大臣を対象に、その術式は発動する。
「泰山府君祭!」
五芒星が光を放った瞬間。当時のわたしは心臓を直接握られたような感触に襲われた。心臓から血液が逆流し、口から大量の紅いものをを吐き出していた。喀血ともいう。わたしは膝から崩れて、心臓に手を当てていた。
心音が弱くなっていく。口から零れる血が止まらない。それでも悪魔的な少女は、笑っていた。
「たいざん、ふくんさい?これが?真逆のものに、なんて名前を……」
「大臣?大臣⁉」
術者である呪術大臣は、生気が抜けたような顔をして横たわっていた。朱雀が肩を揺らしているが、もう手遅れだ。対象より術者の方が先に死ぬなんて、本当に不完全な術式。それを晴明様が悲願とした泰山府君祭と名付けるなんて、滑稽だわ。
死にかけているわたしは、小さな声で呟く。
「青竜……。わたしの死体を、運ぶように言われてるでしょ?さっさと、すれば……?」
「何でそこまで……?」
「未来視。あなたたちが、持ちえない神秘」
麒麟と黄龍が悲しそうな顔をしてそこに佇んでいた。当時のわたしは青竜の背中におぶさって、運ばれる。そんなわたしに二匹が近付いてきたが、敵意はないと思ったのか、青竜は迎撃しなかった。
わたしは二匹に手を伸ばして、ちゃんと別れの言葉を言う。
「ちょっとの間だけ。バイバイ……」
わたしの霊気が切れて、二匹も消滅する。全ての仕込みも済んで、当時のわたしはそこで息絶えた。わたしが知っているのはここまで。
後の顛末は村の人たちに聞いたり、Aさんから聞いたり。だから具体的なことは何も知らなかった。この過去視はまだ続いている。
青竜が簡易式神を出して呪術省に向かう。他の二人も動けない玄武と死体の呪術大臣を運んでいる。ここからどうやってわたしの魂はAさんの元に行ったのだろう。それだけは気になってこの光景を見続けていた。
すると、目にも見えない光の速度で簡易式神が斬り落とされ、意識がある人間たちは全員峰打ちで意識を刈り取られる。全員ボトボトと地面に落ちていく中、わたしの死体だけその人に抱えられていた。
淡い紺色の甚平を着崩した、白髪が綺麗な方。腰には長い刀と短刀を差した長身の男性。この後一回だけ共闘した、生前には会うことができなかった御方。
「全く……。久しぶりに京都に来てみれば、馬鹿なことしやがって。お前の犠牲一つで日ノ本が変わったらおれの姉はそんな苦労をしなかった。晴明様もだ。……さすが血筋というか。やることが無茶苦茶すぎるぞ」
吟様。まさかこの方に助けられていただなんて。一度会った時にはそんな素振りも見せなかったのに。それに基本的には血筋の行く末を見守っているはずだから、京都にはあまり来られない方のはずなのに。どういう思し召しか、このタイミングで訪れているなんて。
「血筋の保護がおれの役目だからな。Aが来るまで、なんとかしてやる。……呪いなら、これでなんとかなるよな?」
抜かれたのは神気を帯びた短刀。それがわたしの心臓に突き刺さる。それは玉藻の前様から預かった破魔の短刀。解呪をなさってくれたのだ。それがわかって、わたしは届かないとわかっていても吟様に頭を下げていた。
「ありがとうございます。吟様。あなたにも星の加護があらんことを」
次は三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。
あと、二日後は例のあの日なので新作を一つ投稿します。そちらも見かけたらよろしくお願いします。




