2-2-2 とある少女の回想録
式神召喚。
わたしの生前最後の散歩は、あっけなく終わる。目の前には当時の四神と呪術大臣の合計五人が立っていた。京都の中心部から少し離れたこんな山道で、この時代最強の陰陽師が集まることの奇怪さ。
この当人たちは、陰陽師の名も捨てて世界もまともに見られない底抜けの阿呆共だったわけだけど。
賀茂の呪術大臣は今の世界を維持しようとするばかりで、その実破壊していると気付かない。四神たちは本体にも認められず、ただ力に溺れている可哀想な人たち。人柱になっている事実さえ知らない。
真実を知ったかつての五神たちは、本体に認められなくても世界のために奔走したというのに。
その事実に苛立っていた当時のわたしは、皮肉を込めた言葉を相手にぶつける。
「あら。皆さんお揃いで。ピクニックですか?わたしだけ仲間外れは寂しいです。それとも、サプライズのつもりでした?」
「この魔性め……。本性を現したらどうだ?瑞穂」
「魔性?わたし、妖にでも見えますか?ふふ、おかしな大臣様。その腐り切った目、刳り抜いてあげましょうか?コンタクトや眼鏡ではどうしようもありません。新しい目を移植した方が良いですよ」
そんな発言に引く四神の女性二人。白虎と青竜だ。十二歳の少女が、同僚がそんな猟奇的な発言をすることが受け入れられなかったのだろう。
こんな発言をしたのは、この人たちは一切特別な眼も持たず、星見としても才能がなかったからだ。風水を通じて自然と対話しなかったからだ。日本の産声を、世界の泣き声を聞いてこなかったから、こうも絶望している。
それでよく、日本の頂点を名乗れるものだと呆れていたから、こうも発言に現れていた。
「瑞穂くん。私はまだ君が背信行為に走ったということが信じられない……。何か事情があるのだろう?教えてくれないか?家族が人質に取られているとか……」
「朱雀さん。あなたは今の日本を見てどう思いますか?平和だと思いますか?自然な形だと、断言できますか?」
「……これだけ魔が跋扈する世の中が自然なわけない」
「それ、逆ですよ。魔が少なすぎるんです。豊かさを与えてくれる神がいるのなら、豊かさを奪う悪神も必要です。今は穏やかな、優しい神々の恩恵で少しは豊かですが、それに気付かず、無駄な消費をする人間ばかり。人間が消費する分を妖や悪神を狩ることで調整していましたが、人間の在り方が変わらない限り無駄みたいですね」
四十代になる朱雀さんの問いかけに親切に答えていくと、その場にいる全員が目を細めた。何を言っているのかと。神様などいまだに信じているのかと。
どの国でも遥か昔神々が降臨していたとする神話が、記述があっても今の時代に何を言っているのかと。八百万の神々など本当にいるのかと疑う視線。海外の敬虔なクリスチャンならまだしも、日本人が何をといった侮蔑の表情。
彼らは一度たりとも神を見たことがない。だからこの真実を荒唐無稽で片付けてしまう。そうしてどれだけ真実から遠ざかっているか、理解できないまま。
「豊かさは人間が自分たちの手で獲得してきたものだ。神に与えられたものではない」
「そういう性善説を信じておられるのは好きですよ、朱雀さん。ただわたしは千年前の真実を知っているから。神様に見放された人間は、やっぱり悪性の存在ではないかと。神々を認識できなくなった人間は、感謝も忘れたわたしたちは、この日本にいていいのかと」
「瑞穂ちゃん。あなた、任務のしすぎで疲れているのよ。小学校にもまともに行っていないんでしょう?私たちが仕事を代わるから、しばらくの間お休みして?」
「うっるさいなあ。青竜さん、わたしの代わりに仕事できると思ってるの?晴明様がどんな日ノ本を築き上げようとしたのか、知らないくせに」
当時のわたし、大激怒。小学校が義務教育なのに行かなかったわたしが悪いんだろうけどさ、わたしの代わりはあと十年できる人が現れなかった。結局この人たちは生きていたけど、ただ仮初めの日本を維持しただけ。
何のために陰陽術が産み出されたのか。それを知ろうともしない人が何をしようというのか。最古の陰陽師たる賀茂と土御門ですら履き違えているというのに、ただの人間が、星見に頼まずに何ができる。
「言いたくないですけど、日本の霊脈と龍脈、だいぶ傷んでいますよ?どうにか形は保っていますけど、きちんと整えている場所以外は十年ほど安静にさせないと枯渇します。こういった管理ができていないから、わたし呆れているんですよ?」
「そんな口から出まかせを……!」
「え?千年経っても龍脈の整え方を知らないんですか?もしかして彼らの寿命が短いのはただの副作用……?大家の呪いの進行は、血が薄まって遅くなっているだけなのね。数年の疑問が解けました。ありがとうございます、大臣」
丁寧に頭を下げるわたし。五神や領地を治める者たちの寿命が短いのは、なんてことのない。神々からのしっぺ返しを受けているだけ。土御門と賀茂の両家は、最高の呪術師の呪いを時間が解決していただけ。
そして、日本を良くしようと思わない彼らにもう一度失望する。これはあの人が奔走するわけだ。あの人がいなかったら、日本はとっくに死の大地に変わっている。
陰陽術は戦うためのものではないと、その本質に手を伸ばそうとしない俗人たちのために何故あの人が奔走するのか。
理由は簡単だ。約束があるから。その約束を果たすためだけに、あの人は今も走り続けているのだ。だから、支える。だから、迎合しない。その二律背反を抱いて、あの人の隣に居続ける。
「皆さん。皆さんはきっと、皆さんが信じる正義のためにここに来たんですよね?悪であるわたしを討伐するために」
「自分が悪だと認めるのか?麒麟」
「いいえ、玄武さん。わたしは正義でもなければ悪でもありません。まず、その定義があやふやだと思いませんか?正義も悪も、立場によってころころ変わるじゃないですか。今だと呪術省から見たあなたたちとわたしを見たら、あなたたちが正義でわたしが悪に映っているのだろうと推測して話しているわけですが」
呪術省に属しているプロを殺した、Aさんの肩を持っているんだからそれも当然。
人間の常識に当てはめると、きっとAさんもわたしも悪。だけど、性悪説を信じているわたしたちからしたら、今の呪術省の方が悪。
でも、あの地下の光景を見たらわたしの方が正義になるんじゃないかしら。アレを正義だと思っているのだとしたら、それは倫理観が狂っている。
「本当にピクニックのように、雑談が過ぎましたね。あれだけ刺客を送っておいて、わたしを無罪放免で受け入れる気なんて毛頭ないのでしょう?なら、戦いましょう。あなた方が選択した通りに、わたしは世界のために殉じましょう」
「他の選択肢は選べないの……?」
「アハハッ!今さらだねえ、白虎さん。無理だよ。価値観が違いすぎるもん。見ている世界が違いすぎるもん。交わらないの、あなたたち程度じゃ。手を伸ばされても、すり抜けてしまうの。五神のことも理解していない人たちじゃ、土台が違いすぎるの」
胸の前で人差し指を交差させようとして、外す。近付けても、接触はできない。それがわたしと目の前の人たちの境界線。手を伸ばせば届くと思っているのは、錯覚だ。
近似点を持っていて、影しか召還できない時点で、その程度だ。
「おいで?瑞穂の名が示す通り、麒麟の称号が相応しいように。最高峰の陰陽師として踊ってあげましょう」
「ッ!やるぞ!天上天下輝け聖火!四神の頂点、ここへ顕現せよ!真なる繁栄を、真なる秩序を、真なる救いを与える不死鳥、因果の鎖を破りて悠久の刻より目覚めよ!来い、朱雀!」
「清め洗い流せ水神!四神唯一の竜よ、ここへ顕現せよ!全てを圧倒する力を、押しのける息吹を、吹き飛ばす生命の輝きを持つ化身、因果の鎖を破りて悠久の刻より目覚めよ!来なさい、青竜!」
「包め塞げ覆い尽くせ神岩!四神最堅なる守り神、ここへ顕現せよ!全てを封殺する壁を、払いのける鋼鉄を、何も通さぬ頑丈さを持つ海辺の王、因果の鎖を破りて悠久の刻より目覚めよ!来い、玄武!」
「飛ばせ斬り払え神風!四神最速たる虎よ、ここへ顕現せよ!何もかもを斬り裂く最強の矛、目にも留まらぬ突風、鞭のような柔軟さを備えた陸の王者、因果の鎖を破りて悠久の刻より目覚めよ!来て、白虎!」
四神の皆さんが大仰な詠唱をして、四神の影を産み出す。こんな詠唱と近似点を使ってようやく影しか出せないなんて。それに朱雀以外間違ってるし。青竜が司るのは水じゃなくて木、玄武が司るのは土じゃなくて水、白虎が司るのは木じゃなくて金。
どこかで狂ったんだろうなあとは思うけど、誰も五行思想については調べ上げなかったんだろうか。ああ、違う。呪術省が出している教科書の方が間違っているんだ。中国五行から離れて、ある意味日本式五行になっている。
ただ晴明様が定めた五行と五神の関係性は中国思想から引用しているから、適性がズレている。今の玄武であるマユちゃんだって、彼女の適性からしたら青竜が合っているし。それでも玄武があの子を選んだのでしょうけど。
今の白虎は間違った思想で選んじゃったから白虎になっちゃったんでしょうね。彼も若い妖だからそこまで調べなかったんでしょうけど。若いって言ってもわたしよりはかなり年上のお爺ちゃんだけどね。
賀茂の呪術大臣も大百足を召喚していた。大百足って龍を食べたこともある個体が居たけど、そこまで大きくないし違う個体でしょう。本物は山をも囲む大きな存在だったし、この大百足は雑魚だったし。
向こうの準備も出来たので、当時のわたしも頼れる相棒を呼び出す。
「おいで。麒麟、黄龍」
そんな大仰な詠唱はいらない。ただ呼ぶだけに二匹は来てくれる。
この二匹がいれば、数の差があっても楽勝だった。
「さあ、始めましょう?たった一人のクーデターを」
次も二日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




