2-2-1 とある少女の回想録
謀反。
麒麟として、全国各地を歩き回った。小学校なんて久しく行っていない。それだけやることがたくさんあったからだ。悪神狩りも行ったし、暴れる妖を退治することもあった。今ある天秤を崩しそうな存在かどうかは、この眼があれば見分けがついた。つくづく良い眼を持って産まれたなと思うほど。これは先天性のものだ。
そんな活動の中で、もう一度だけAさんがわたしのことを勧誘してきた。星を視たからと。だから手を取り合おうと。
それを拒絶した。わたしが視た星と違うと。わたしがAさんの隣にいるのは、そこにいるのが一番好都合だと思ったからだ。Aさんもよく星を外すとのことだったので、二回目は軽く術比べをしてそのまま帰っていった。
そしてある日。妖狩りにとある湖にやってきていた。何故かメンバーは八段ばかりで、そんなに強い妖が居るのかと思った程度だったので、特に星も詠まず、警戒もせずに向かった。人里から離れた場所だ。京都からも離れたこの場所で、それほど厄介な妖が居るのだろうかと。
そうして着いた先には。ただ綺麗な湖があるだけ。妖なんて千里眼を用いてもどこにもいない。そうそう、騙されたわね、これ。
「麒麟。君には呪術犯罪者との癒着の疑いがある。おとなしく投降せよ」
「呪術犯罪者?……ああ、あの人のこと。あなたたちの眼は本当に濁っているのね。名前も知らないあの人のことを、そんな俗称でしか呼べない愚か者たち。でもあなたたちじゃ、あの人の名前を言っただけで呪われるか。それに会ったのは四回だけなんだけど」
「っ!本当に背信行為を……!総員、構え!」
そう言って構えるおマヌケさんたち。遅いんだよね。呪符を構えている間に無詠唱で全員を影で拘束する。こんな日中に仕掛けてきたら、影なんていくらでもある。霊気を使わずに自然に身を委ねていればこれくらいすぐだ。何も難しいことはない。
殺すのは趣味じゃないし、この人たちにも家族はいるんでしょうし。そこら辺に転がしておいた。人数がいても質が追いついていない。一騎当千という言葉があるけど、それと同じ。八段程度を集められたって、生前のわたしを止めるならそれこそ千人は必要になる。苦戦し始めたら麒麟を呼べばいいんだから。
肉眼に映る全員の意識を刈り取る。その後、周りに隠れているつもりの人たちにも声をかける。
「そこに居る人たちも出てきたら?過去も未来も現在も、遥か異国の地でも視られるわたし相手に、隠し事なんてできると思ってる?わたしを欺くなんて、あの人を除いて不可能よ」
うん、当時のわたしは本当に傲慢だ。まだ金蘭様にも吟様にも会っていないから仕方がないか。どれだけAさんを神聖視しているかわかるセリフ。
でも康平クンでもわたしを騙せないし、現代陰陽師でわたしに勝てる人間は本当にいなかった。先代麒麟が現れてようやくだ。井の中の蛙大海を知らずじゃないけど、日本でわたしに敵う陰陽師がいないっていうのも事実だった。
わたしの言葉を聞いて出てくる人たちと、出てこない人たち。どっちでもいいけど、この人たちもいわば呪術省から依頼を受けた被害者だ。わたしが犯罪者と共犯であると知らされて、仕方がなく駆り出された人たち。
「皆さん、本当にわたしが呪術犯罪者と手を組んだと思っていますか?わたし、あの人に半殺しにされていますが」
「君があの時生き残ったのは何故だ?何故君だけが、生き残った?」
「ただ見逃されただけだと思いますよ?それが理由だとしたら、ちょっと根拠として弱いと思います」
その時一緒にいた人たちはAさんのお眼鏡に叶わず殺されただけ。あの場であの人と対等で在れたのはわたしだけ。霊気切れという結末だったけど、あの人に食い下がれたのだから見逃しもするだろう。
まさしく、千年来の麒麟児だったんだから。
「……その犯罪者との会話を録音した式神がいる。随分と熱心に勧誘されていたらしいな」
「それ、あなたはちゃんと聞きましたか?わたし、全部断っていますけど」
今となってはあの人の式神をしているけど、当時わたしは全て断っていた。だから録音されていようが問題はなかった。そんな木っ端な式神がいることも知っていたが、泳がせていた。呪術省がどういう対応を取るか、知るために。
結果は予想通り。星を詠まずともわかっていたことだ。裏側の人間なら誰もが予想できた結末。だから落胆もしなかった。
「二度の勧誘。目の前に現れたのに、取り逃がしたこと。このことから麒麟は背信行為を働いていると呪術省は判断した。その真意は?」
「真意も何も……。勧誘してきたのは、わたしが実力者だから。呪術省に隠れて家のこととかもたくさんやっていますし。それに今のわたしじゃ、あの人に逆立ちしても勝てない。それこそ、周りにプロがいても負けたんです。一人の時に会っても、戦おうと思いませんよ」
あの人と戦うというのは、神様と戦うことと変わらない。我らが始祖。そんな方と戦って無駄死にするくらいなら、見逃すことも視野に入れると思うのだけど。負け戦をするほど馬鹿になったつもりはないし。
「呪術省に報告しなかった理由は?」
「式神で監視されていることがわかったこと。麒麟たるわたしが勝てなかったのに、救援要請をしたところで虐殺されるだけだと思ったこと。呪術省のことを信じていないから。この辺りが回答の理由ですね」
「そんな人間を放っておくことを良しとするのか⁉」
怒るポイントがズレている。わたしは当時十二歳の少女だというのに、何を期待しているのか。いくら麒麟とはいえ責任を押し付けすぎだ。たしか呪術省はあの人が背後にいたから麒麟を召喚できたと思ってたんだっけ?あながち間違っていないけど。
わたしはあの人のために努力を積み重ねてきたと言っても過言ではない。あの人の願いを知ってしまったから。それが叶うのはいつのことか知らなかったけれど、そこまで先の未来の話ではないと知っていたから。
わたしはあの人の願いを打ち砕くために、邁進してきたのだから。
誰も理解してくれないから、当時のわたしの瞳からハイライトが消えている。人って絶望すると、本当に瞳の光彩が消えるのね。胸の前で両手を合わせながら、少女に相応しくない、笑っていない笑みを向けていた。
そんな凄惨な笑みに、凍り付く大人たち。
「皆さん。日本の秩序ってどうしたら産まれると思います?」
「魑魅魍魎を狩ることだ!そして呪術犯罪者を捕らえて……!」
「その魑魅魍魎が産まれるメカニズムは?」
誰も答えられない。こんな疑問、子どもなら誰もが思い浮かべることだ。魑魅魍魎のせいで不便な世の中になり、わたしたち人間の生活に密接した邪魔な存在。それがいなくなればいいのに、なんて誰もが思うだろう。
そしてこの魑魅魍魎には妖も含まれている。妖だって狩ればいいというものではない。人間にも土地にも益を与える存在もいる。全てを狩れば、日本は豊かさをなくすだろう。妖だって日本を構成する一部なのだから。
「知りませんよね?魑魅魍魎が何か。妖という存在についても不鮮明。呪術省が陰陽寮の頃から千年かけてもわからない、世の理。それを暴こうとする人も昨今いませんね。表舞台ではそうやって皆諦めているのでしょう。ある程度の定義が決まったから。でも、わたしたちは遥か昔から識っている。ちょっと考えればすぐのはずなのに、目を逸らしている。表面しか見ていないから、自分たちで真実を遠ざけているんです。だから秩序なんて産み出せない」
当たり前の帰結だった。物事がわかっていないのだから、行動しても意味がない。一千年間、空回りを続けてきた道化たちが今も必死に空回りをしている姿を見せつけられて、どうしてまともな笑顔を浮かべられるのだろうか。
こんな空虚な笑顔を向けても仕方がないだろう。陰陽を司ることも忘れて、その名も責任も放棄して呪術省などと名乗っているのだから。
「ああ、別に呪術犯罪者が全員良い人だなんて言いませんよ?悪い人もたくさんいるでしょう。ただ、あの人だけは悪く言わせない」
「プロを何人も殺しているだろう!」
「実力差を見抜けなかった人たちですね。呪術省の言いなりになるのがプロだとは思えませんよ?皆さん、呪術省の地下に何が眠っているか、知らないでしょう?」
そう問いかけても、誰も答えられない。呪術省の地下は表向き研究群があるだけなので、ただのプロであれば入ろうともしないだろう。職員たちだって用がなければ入ろうとしない。
あんな魔窟に、わざわざ入ろうと思わないだろう。
「別に死人に口なし、ですからね。あそこにいる人たちがどんな思いをしているのか、わたしは知りません。けれど、人として人道外れたことを嫌悪感くらい覚えます。人の形をしただけの、悪鬼外道を滅したいと思うのは不思議ですか?」
「それが、君のつるんでいた呪術犯罪者とどう繋がる?」
「プロの方を殺したから呪術犯罪者と言っているのでしょうけど、あの人の正体なんて全くわかっていないでしょう?本名も、どこで産まれたのかも、いつ産まれたのかも。そして何をやってきた人なのかも。……あの人と、もう一人だけですよ。日本を正しく導けるのは。正しい日本の形を取り戻せるのは、神の居城を取り繕えるのは、あの方々しかいません」
「……狂信者め。狂ったか?」
両手を広げて、あの人たちを褒めるわたし。たしかに傍から見たら狂っていると思われるかも。でも、わたしでも先代麒麟でも日本を平定できない。
狂信者一歩手前なのも認めるくらい、わたしはあの人を信用している。ただ一つ、狂っているというのは否定しよう。狂っているのはこの世界の方だから。
「じゃあ狂信者を止める?いわれのない罪で拘束しようとしてた人たち懲らしめちゃったから、そっちも正当防衛成立するでしょ?殺さないからさ、かかってきたらいかが?それが陰陽師の仕事かと言われたら、首を傾げますけど」
「……かかれ!」
肉眼に映る人も映らない人も、全員捕捉済みだ。誰一人逃さず、同じように影で絡め取る。学習しない人たち。同じ方法でやられてるんだから。
全員影で縛って、軽く首を縛ったり頭を強打させて気絶させる。わたし一人に50人近くって、それほど本気なんでしょうね。呪術省も。
「あーあ。呪術省のお守りも終わりね。もうちょっと大人になるまで我慢しようと思ってたけど、きっとここがわたしの限界点。……未来のわたし、姿変わらなかったもんなあ。最後の散歩くらい、ゆっくりしようっと」
未来を知っていて、その未来が変えようのないもので。そこに行き着くために必要な犠牲があるのなら。
それを選んでしまうのが、未来視の出来る星見だ。その未来が最善だと信じているから。後に続く人もいるからと自分を誤魔化して。
たった十二歳の少女の想いは、心は。汲み取ってもらえない。
そんな残酷な世界なのだから。
次も二日後に投稿します。
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