3-2-4 昼下がりの影は、夜への架け橋
ゴンの調査の報告。
「難波くんやタマキさんはいつから呪術を?」
「俺は三歳から。タマは?」
「わたしも三歳くらいからです。本格的に習いだしたのは明様も知っての通り六歳からですけど」
「三歳……。私と三年も開きがあるんだ」
六歳から始めたなら十分早い方だ。それに今では十分な実力があるんだからいいだろうに。将来どうするのとか知らないが、陰陽師になりたいなら高校と大学で頑張ればいい、
才能はあるんだから、あとは努力次第だ。師匠が誰になるか、どういう路線でいくかによって変わるが、それなりの陰陽師にはなれる。食べていく分には問題はなさそうだが。
祐介は独学って言ってたけど、いつから使ってるんだか。
『ふん。努力に関しては過去を振り返っても意味ないぞ?もうそれは血肉になっている。今の自分の状態を知って、どうありたいかを夢想し、そこへ歩くしかない。過去は知れても過去には戻れんぞ?』
さすが生き字引。過去視でも言ってたけど、安倍晴明の一番弟子だっただけはある。土御門とかの当時の分家当主よりも優秀だったんだろうか。
「……あの、私もゴン先生って呼んでもよろしいですか?」
『無理。弟子など取ってないからな。オレはただの式神だ』
「でも住吉くんは先生と……」
『知識の量はお前たちよりもよっぽどあるからな。そいつは明と一緒になってサボってる。授業で教わる分をオレが補ってやってるだけだ』
「もう、ゴン先生に迷惑かけちゃダメだよ。住吉くん」
「あれ~?俺が怒られる流れなんだ?」
「当たり前です!」
結局ゴン先生って呼んでるし。俺の式神なんだけど。
というか天海はゴンが狐だと知らないわけで。声は変えてないけど姿は偽ってるからゴンの正体知ったら嫌わないかが心配だ。
「もうすぐ駅に着くけど、息抜きにはなったか?」
「はい、おかげさまで。難波くん、良ければこれからもゴン先生に会わせてくれませんか?」
「……ゴン?」
『面倒だから嫌だ』
「そ、そんなっ⁉」
さすが猫の瑠姫より気まぐれな神の分け御霊。自分の好きなようにしか過ごさない。
『今日は用事があったからこうしているが、オレは本来明の傍にいて召喚されていないんだからな?無駄な霊気を使わせる気か?』
「そ、それは……」
なーに一般的な霊的式神を例にして話してるんだよ。生きてる式神なんだからいつだって召喚されてるクセに。無駄な霊気っていうのは今姿を偽ってるようなことを言うんですがねえ。
知り合いに会っていたのは仕方がないだろう。だが話が終わったならまた隠形すれば良かったのに。最初はそうして方陣の中心に向かってたはずなんだから。
「でも!住吉くんのために召喚されてるんですよね?」
『サボりに付き合わせてる埋め合わせでな。お前も授業サボるならオレに会えるだろうがどうする?』
暇だからって祐介に陰陽術教えてるだけだろ。たまにコンビニの稲荷寿司もらえるからって甘えやがって。
俺の食費が浮くから認めてるけど。
「それは……できません」
『なら諦めろ』
項垂れる天海に勝ったと誇っているゴン。真面目な天海だったらサボるなんて言えないだろ。勝ちが決まってて勝って嬉しいか?
良心に負けなかった天海を褒めるべきだ。
「……じゃあ、高校合格したら会っていただけますか?」
『それぐらいなら良いだろう。その時は明に頼め』
この神様偉そー。神様だから偉いのか。そうか、偉いのか。
偉そうに見えないなあ。いや、俺の態度が悪いというか付き合いが長すぎるのが問題なんだけど。家族が神様とか言われても。ゴンも瑠姫も銀郎も小さい頃からの付き合いだし。全員神に近いとかウチの式神なんなんですかね。四神にも勝てそう。
「じゃあその時はお願いしますね、難波くん」
「まあ、その時はな」
面倒な約束だな。しかもどこの高校か言ってないからほぼほぼ見せること確実だし。
志望校、とかだったら良かったのかね。天海の志望校とか知らないけど。
天海は大きなマンションへ歩いていく。突発的なことが多々あったが、これで元々の予定をこなせる。
「さて、ショッピングモール行くか。祐介も来るのか?」
「夜まで暇だからなー。行くぜ」
「受験勉強はどうした?」
「今更もがいたって無駄だろ。一夜漬けタイプでもないし、やることは授業中とかにやってるし」
「あっそ」
ちっ、せっかくのミクとのデート邪魔しやがって。二人だけで出掛けるのなんて数年振りなんだぞ。
ゴンはいつもいたけど、ガチの瘤付きか……。今回は諦めるか。
「天海も帰ったし、ゴンどうだった?」
『予想通り、中央が浸食されてる。その乱れが外の魑魅魍魎を呼び寄せてやがる。美味しい餌がありますよって霊脈が伝えてるんだ』
「……おもっくそ蟲毒じゃねえか。目当ては上質な悪霊を式神にすること?」
『それが一番考えられる。……今夜だ。今夜決めないと取り返しがつかなくなるぞ』
「そこまで進行してるのか?」
『術式が、ではなく使用者の心身にな。この土地で悪霊を産み出すわけにもいかんが、無意味な死者を出すわけにもいかないだろう?まもなく術式が崩壊して、暴走する。方陣の中心が破られれば外側も緩くなる。蟲毒に呼び寄せられた大物なら方陣の中にも入ってくるだろうな。この街は京都や東京のように建物一つ一つに方陣を張っていない。百鬼夜行と同じ被害が出るだろうな』
思ったよりも火急の案件だった。術を施している側が術式に耐えられずに影響を受けて崩壊する。そんな危険性があるから蟲毒は危険指定の禁断術式とされている。あまりに危険すぎて術式の祝詞や必要な呪符、呪具すら公開されていない代物なのに。
「それ、やばくないっすか?先生」
『事実危険だ。昨日誰かが隠蔽術式を崩してくれなかったら態勢もままならずにいきなり現れたな。今夜地獄が出来上がっていたぞ?そういう意味じゃこの街を救ったのはこの歪な隠蔽術式に気付いたどこかの誰かだな』
「昨日の……隠蔽術式?」
手を握ったままのミクが何か思い当ったのか、思案顔になっている。それには俺以外にもゴンが気付いていた。
「タマ、もしかして昨日この辺りで何かの術式を壊してた人を見たのか?」
「あ、えっと……。昨日わたしお昼過ぎにこの街について、お昼ご飯を駅近くのご飯屋さんで食べていたんです」
「うんうん」
「で、その時にあの大きな建物を覆っている術式が乱れていることに気付いてですね……」
「うん。……うん?」
ミクが指しているのはこの街で一番大きな建物。市民の政治を行う役所であり、方陣の中央である市役所。
まさか。
「えっと、感覚だったんですけど、そこに在ってはいけないというか、存在が綺麗じゃないというか……。そう、違和感を覚えたんです。ちょっとした乱れなのかなと思って、でも誰も気付いていなかったみたいなので……」
「うんうん」
「その術式を読み取ったら隠蔽術式だったんです。それも正規のものじゃないみたいで。誰かのいたずらなのかなーと思って術式を外した後に正規の隠蔽術式に繋げておいたんです」
「そっか。タマのおかげでゴンも感知できたのか」
「……タマちゃんどういう感覚してるわけ?方陣が得意な俺でもわからなかったんだけど?」
自分の長所だと思っていたものが他の人に軽々しく超えられてしまったらショックだろう。しかもミクはウチの血縁とはいえ遠縁も遠縁。かなり遡らなければ血縁も確認できない程離れている。
そんなミクが俺を超える才能の持ち主だなんて納得できないだろうな。
「どうと言われても……。それにまた何か、ずれてますよね?」
『首謀者がまた簡易な隠蔽術式を張っているんだ。だからこそオレも仕掛けてくるなら今夜だと思ってる』
「蟲毒って百鬼夜行を呼び寄せるほどの危ないものなんですか?」
名前くらいしか知らないのが一般の知識だよな。そもそもが禁術だし。
「蟲毒は一つの閉鎖した空間に複数の力ある存在を閉じ込めて、競わせることで生存競争を促し、強い力を得させるための呪法だ。最後に生き残った存在は生き抜いたことに相応する力を宿している。問題は強くなりすぎて、大体の術者が産まれた存在を制御できないことだ。それほどまでに効果が出て、危ないものだから禁術に指定されてる。この蟲毒を一つの空間、一つの場所を定義していた場合、日本とか県とかそういう単位を閉じ込める壺としていることが多い。色々なところからこの街に魑魅魍魎が訪れるなら、百鬼夜行と変わらないだろ?」
これは俺がわざわざ分けて呼称している方の呪術の分野だ。呪いを糧に力を得る悪法。こんなの自滅願望でもなければ用いる莫迦はいないと思っていたが。
「魑魅魍魎に則した術式だから、夜にならないと尻尾を出さないだろうな。だから、それまではいつも通りの行動だ。祐介、眠いなら寝てきた方が良いぞ?今夜は一大決戦だ」
「そうするかね。体調を万全にするって意味でも休息は必要か。身体休めてくる」
ちゃんと帰る家があるので、祐介は帰っていく。いつものように雑魚ばかり相手にするわけじゃない。陰陽師とも戦わなくてはならないかもしれない。蟲毒によって引き寄せられた魑魅魍魎や、産み出された存在とは確実に戦う。
激戦は必至だ。そもそも俺たちは誰も戦闘特化の陰陽師じゃない。いわゆるオールドタイプの陰陽師だからだ。
今の主流はウチの分家の皆様方の桜井会と同じ、本人が戦える陰陽師。安倍晴明の頃の何でもできて、どちらかといえば補助寄りの陰陽師は古いと言われている。
呪具開発してる人や研究職の陰陽師もいるから全くいないわけじゃないけど、花形はやはり戦える陰陽師。俺たちはオールラウンダー寄りの式神や降霊術がメインの陰陽師だから雑魚相手なら無双できるけど、強い相手にはできれば戦いたくない。
今戦ったら星斗にも負けるだろうし。というか星斗に勝てたのは術比べっていう制限された戦場だったからだ。何でもありの本物の戦場だったらあっけなくやられてると思う。
まあ、とにかく。ゴンはいるとはいえこれで二人っきり。邪魔はいなくなった。さーて買い物を楽しみますかね。
次も三日後に投稿します。