1-2-2 呪術省眼前の決戦
五神たち。
呪術省の中はもちろん大混乱だった。とにかく戦える者は任務の通達も班編成も待たず出撃し、外で戦い始めた。抗う力があるのだ。そこまで脅威が迫っていたら突撃するのも仕方がない。彼らにだって守りたい者はいる。
で、一番混乱しているのは十階にある五神の控室。そこに今日唯一待機している青竜が椅子に座っていたが、いまだに待機を命じられていたために苛ついていた。敵が目の前にいるのに出撃できないのだ。それはイライラが溜まるのも仕方がないだろう。
待機が命じられている理由は簡単で、ここに本来いるはずの白虎がいないからだ。いるメンバーで最高の戦力を投入することで戦況を打開しようとしたが、その白虎が見当たらないのだ。
辛抱が効かなかった青竜は、机を思いっ切り叩く。
「遅い!もう出撃して良いな⁉」
「お待ちください、青竜様!おそらく白虎様はトイレに行っているだけで……」
「ダメだ!書置きが置いてあった!奈良に行ってくるって!」
ドアが唐突に開いて、職員の一人がそう告げる。それを聞いて頭を抱える職員たち。こんな時に頼れる存在がこうも居ないと不安になるのも仕方がないだろう。それだけ呪術省の戦力として五神は規格外だ。
こういう自由行動を許さないための行動制限だったはずなのに、白虎は平然と破っていた。白虎が呪術省に拘る理由はない。なにせ、妖で人間ではないのだから人間を守るために身を粉にして働く理由がない。
「奈良⁉奈良に何があるんだ!朱雀も白虎も、麒麟も!」
「なに?三人も向かっているのか?」
職員の言葉に疑問符を浮かべる青竜。奈良に特別な何かがあるのかと勘繰るが、特に思いつかなかった。三年前の英雄譚は知っていたが、それが三人の五神が向かう理由になるとは結びつかなかった。
いない人間を考えていても仕方がない。青竜は立ち上がって出撃準備をしていた。
「弟子たちと出る!休暇だが、玄武は?」
「それが電話も繋がらず……。電波が届かない場所にいるようです……」
「どいつもこいつもなっておらん!我がやるしかないな!」
マユに電話が繋がらないのは当たり前。すでに星斗と一緒に神の御座に隔離されている。神の御座に電波など届くはずがない。もう少し早く連絡を入れていれば繋がったかもしれないが、これはマユよりも白虎を優先した呪術省のミスだ。
そうして結局、青竜は自分の弟子たちと出撃する。それしかあの暴動を止められる手段はなかったからだ。
────
奈良のとある山の中。かまいたちと朱雀が壮大な決闘をした場所と近い山の中で、大峰は吊るされていた。呪具で出来た蔦のようで、その蔦が中々強力で外すことができなかった。
こんな山奥では助けなんて来ないだろう。簡単に言えば先代麒麟に負けてこうして縛られていた。
「こんちくしょう……。幻術ばっかり使ってボクの三半規管ぶっ壊しやがって……。うぅ、まだ気持ち悪い……。おえっ」
かなりの幻術を喰らったせいで上手く霊気を編むこともできなかった。そのせいでまだ捕らえられていると言える。最初っから幻術だらけだったためにそれを解除していたら麒麟を呼び出す余裕もなく、いつの間にか朱雀が産み出した炎の壁が消えていた。
それに気を取られた瞬間、今までで一番強い幻術を浴びせられて、気付いたらこうして吊るされていたわけだ。すでに夜も遅い時間なので身体が冷えてきた。
気持ち悪いのにお腹が空いてきて、それが更に気持ち悪さを誘発してきた。時計を見られないのでどれだけの時間気を失っていたのかもわからない。戦っていた時は陽が沈む直前だったので、それなりに時間が経っていることは確実だった。
そんな色々と感覚が狂っている大峰の耳に、ガサガサという物音が聞こえてきた。その方向を見ると、白髪でニット帽を被った男が近付いてきていた。
白虎こと、西郷だった。
「プッ。ププププププッ!ま、マジで吊るされてるッス!翔子ちゃんダメッスよー!悪い大人に攫われちゃいますよ?なんせ見た目ただのチビっ子なんだから!」
「はいはい。笑ってくれていいから、助けてくれないかな?まずはこの幻術解いてくれないかい?」
「はいはい。任されたッスよー」
西郷は大峰の様子を見て、解呪の術式を使う。ようやく気持ち悪さがなくなって大峰は一息ついた。それだけで大分楽だ。
次は蔦を剥がしてくれるのかと思ったが、何故か距離を置く西郷。
「これも外してくれない?本調子じゃなくて、これの解除も上手くできなくてね……」
パシャッ、という音が聞こえた。ついでに小さな光も見えた。まさかと思ってそちらを向くと、携帯電話を構えた西郷が。完全に写真を撮っている。
「……何をしてるのかな?」
「いや、こんな最強の姿なんて絶対これ以降見れないじゃないッスか。記念に撮っておこうかなと」
「まさか皆にバラす気⁉やめ、やめてっ!君そんなに趣味悪かった⁉」
「さあさあ!誰にバラしてほしくないんですかねえ!呪術大臣?あの瑞穂?それとも先代麒麟?誰ッスか?それとも香炉星斗?」
「いやー!星斗さんには、星斗さんだけには見られたくない!恥ずかしいっ!」
「えー、つまんねえの。……なーんで、皆アイツなんすかねえ?いや、それを否定したら大西さんの眼を疑うことに……。畜生」
最後の方は小声すぎて聞こえなかったが、テンションの上下が激しすぎて大峰は引いていた。ここまで西郷がサディストだと思わなかったのだ。
写真を撮る気がなくなった西郷だったが、良いことを思いついたようだった。もう写真を撮るつもりはなかったようだが、今すぐ送るということもしないようだ。
「ま、イイッス。星斗くんに嫌われたくないんですもんねー。オレッチも協力しましょう。これはオレだけの秘密にしておくッスよ。んじゃあそれ外しますか」
呪具も簡単に外していく西郷。数時間ぶりに解放された大峰は腕が痺れていたのか揉んで元の調子に戻していく。ある程度揉んでから、大峰は最大の疑問をぶつける。
「それで?どうして君がここにいるんだい?」
「うん?ああ、あれッスよ。二人の外出記録を見たから。五神二人が行くなんてよっぽどの案件かなって思ったんスけど、なんてこったない。ただの復讐劇だったんスねえ。あとは呪術省に居たら巻き込まれるんで、それを回避しに」
「知ってたんだ?朱雀とかまいたちの関係。……ん?呪術省で何かあったの?」
「今頃呪術犯罪者のAに襲われてるッスよ。以前学校を襲った時以上の戦力で」
「それを早く言わないかなあ!」
大峰は怒りながら準備をする。携帯電話で今の時刻を確認するが、もうこの時間では公共交通機関は止まっている。つまり自力で奈良から京都まで帰らないといけない。
「えー、今から京都に向かったらどれだけ時間かかるだろ……」
「一時間ちょっとくらいッスかね?いやー、行ってから呪術省潰れていないといいけど」
「不安を煽るなあ!でもそんな戦力を集められたら、たしかに不味いけど……。っていうか!君までここに居たら呪術省に戦力いないじゃない!朱雀も死んだっていうのに」
「青竜さんしかまともな戦力いないしー。玄武は今日お休みだからマズイっすねー」
「いや、助かったけど!君が来なければ戦力安定してたんじゃない⁉」
「いやー、人間側で考えたらこっちの方が良かったと思うんスけどねえ。翔子ちゃんがここにいたら呪術省なくなるんじゃ?だって先代はもうあっちに向かってるし、瑞穂さんもいるからヤバいんじゃないんスか?」
麒麟級が確実に三人。とはいえ、その麒麟級は全員大峰よりも実力者だ。だから実のところ、大峰が向かったとしてもぶっちゃけ結果は変わらないだろう。むしろいまは、西郷という妖側の戦力が減っているのでそれこそが戦力減少の一助になっている。
二人は簡易式神に乗って京都に向かう。彼らが京都に着くのはちょっと決着がついてから。
次も二日後に投稿します。
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