5-2-2 かまいたちの舞う夜に
麒麟の衝突。
「ああ、もう!本当に手間がかかるッ!」
大峰翔子は簡易式神に乗って急いで飛んでいた。大峰とはいえ、魁人の家は知らない。だから呪術省に行って今日の魁人の移動予定を聞きに行ったのだ。四神ともなると休日の行動予定は呪術省に報告しなければならなかった。それもこれも青竜が勝手に飛び出したり、白虎が消えたりするからだ。
だから確認したら、魁人は京都にいなかった。同じく休みのマユが文化祭に来る予定だと聞いたのも、ちょっとだけ憤っている理由だ。大峰は仕事をしているのに、マユは文化祭に行けるというのが羨ましかったのだ。
では魁人はどこに行っているのか。その行き先は奈良。奈良のどことまで書かれていなかったが、謎の情報提供者のおかげでどこにいるかはわかった。
奈良での、英雄誕生の地。今回のかまいたち騒動のことから、ここにいることはわかっている。魁人を追うように電車に乗り込み、奈良に着いた途端簡易式神を飛ばした。初動が完全に遅れたのだ。急ぎたくもなる。
場所はある程度把握していたので、迷うことなく突き進んだ。だが、飛ばしてきたはずなのに、一向に着かない。僻地ではあるが、簡易式神で飛ばして来ればそこまで時間がかかる場所ではなかったはずなのに。
「……まさか!」
辺りを見渡す。すると、日中なのに太陽も見えず、雲も一定の形だけ。山もどこか似通った形ばかりだ。まさかこんな初期で相手の術中にはまっているとは思わず、大峰は舌打ちをしていた。
「アンサー!」
この辺り一帯にかけられた幻術を解こうとする。魁人が邪魔が入らぬように仕掛けた程度の術式なら、この程度で解除できると思っていた。だが、大峰の考えは通用しなかった。
景色が一切変わらなかったのだ。
「……随分と準備の良いことだね。そこまで邪魔されたくなかったのかな?」
「それはそうでしょう。なにせこの一戦には日本のこれからが懸かっている。いいえ、存在の定義、神々の関心。陰陽師という存在の、四神という立場の崩壊。ただの殺し合いではありません。様々な思惑が重なった、一つの決着点ですから」
「……!」
その声を、覚えている。大峰は一生忘れることはないだろう。いくら記憶に新しいとはいえ、裏切り者の声だ。全ての責任を投げ捨て、暴走し、押し付けてきた愚か者。比較され続けて、いつも劣っていると言われてきた大峰からしたら憎悪の対象だ。
その姿を探す。三年振りに見る姿だ。その男は真正面にいた。大峰のように簡易式神に乗るわけでもなく、単独で空に浮かんでいる。幻術で周りの景色を歪めているのだ。浮かんでいるように錯覚させることも容易だろう。
ただその姿は、大峰の思い描いていた姿とは異なっていた。三年経っているので少しは成長しているというのは予想できていたが、左腕がないように服の袖がふらふらとたなびいているのはさすがに己の目を疑った。最後に戦った時も、左腕なんて欠損していなかったのだから。
「……先代麒麟」
「ようこそ、当代。あなたが来ることは予想していました。情報提供もしたのですから、来てもらわなければ困ります」
「あれ、あなたの仕業だったの⁉」
「私の、というより協力者に送っていただいた、というのが正しいですね。呪術省、そして五神の行動を見たかったのですが。予想通りで安心しました」
誘われた、と大峰は下唇を噛む。別に魁人が殺されることになってもいい。かまいたちの姿を一目見て、もうやめておきなさいと一言伝えて、朱雀の契約札を回収するだけのつもりだった。
だが、その出来事すら罠だったら。ここに大峰を呼び出し、倒すことが主な目的だったとしたら。せめてもう一人四神を連れてくるべきだった。今目の前にいるのは先代麒麟だけだが、他にも戦力がいる可能性が高い。
先代麒麟の実力を、大峰は認めている。自分と同等だと。だからこそ他にも戦力がいれば、負けが確定する。左腕の欠損や麒麟をどちらが従えているかという差はあっても、複数人と戦う戦力が大峰にはない。
伊達で麒麟にはなれない。その代の最強陰陽師が麒麟に選出されるのだから、実力を低く見積もるつもりはなかった。だが、姫──瑞穂ほど強いとも思っていなかった。大峰は瑞穂のことをある意味神聖視しているからこその思考だった。
「……ここに来た理由はわかるわ。なにせ朱雀が殺されるかもしれない。そうしたら世界に与える影響は大きいでしょうね。ボクだって止める気はないけど、そこに過去の亡霊が現れる理由は何?ボクから麒麟の契約札を取り返すこと?」
「契約札?……ああ、近似点。別にそれは必要としていませんよ。あなたが持っていてください。それがないと困るでしょう?なにせ、瑞穂殿に蹂躙されるだけですから」
「やっぱり瑞穂さんと関わっているのね」
「同じ境遇ですから」
二人の共通点はかつて麒麟であったこと。呪術省を裏切ったこと。今も生きていること。共通点の多さから二人が手を取り合っていてもおかしくはない。
そしてそれは、呪術省側からしたらかなりマズイ状況だ。二人に加えて鬼二匹を従えている呪術犯罪者Aこと、天海内裏がいる。瑞穂を従えている天海内裏だ。瑞穂に実力で劣るとは思っていない。それに何故か魑魅魍魎を従える力もある。
この三人が手を組んでいて、いつかは呪術省を襲いに来る。それを考えると戦力的に呪術省は全く敵わないだろう。それだけこの三人は別格だからだ。
「じゃあ何?ボクをここに誘い出したのはどういった理由?こんな大掛かりな幻術まで仕込んで」
「大掛かり……。まあ、大掛かりでしょうか。理由は簡単ですよ。今の呪術省に、麒麟がどういう影響を与えられる存在なのか。それが知りたかった。結局私の時代と変わらず、ただの駒でしかないようだ。五神の存在も、随分と歪められたものです」
「呪術省は必要悪よ。あれがなくなったら陰陽師の管理はどうするの?強力な陰陽師の手綱を握る存在は必要なのよ」
「手綱を握れていますか?下の愚か者も、呪術犯罪者も殺人犯も捕らえられない呪術省に、何ができているのでしょうか。過去も未来も、現在も視られないその瞳には何を映しているのでしょうか。それが知りたかった。予想通りなので、潰しても構わないでしょう」
先代との唯一の差は星見であること。たしかに希少な能力だが、そこまで特別だと思えない。大峰だって星見の勉強をしている。彼らが視る過去や未来が正しいものとは限らない。錯覚の可能性だってある。
それでも、彼らは未来を知っているからこそその未来に進むように動いてしまう。彼らは未来に縛られているのだ。それを、今を生きていると言えるのだろうか。こういうところが、星見の嫌いなところだった。
星見ではない大峰とは視点が違いすぎるのだ。現代を生きているはずなのに、そこにいないような不安感を煽ってくる。それが気に喰わない。
「本気で呪術省を潰すつもり?」
「本気ですよ。あの二柱がある限り、私の妻も安心して過ごせませんから」
「………………あなた、奥さんいたの?え、だってまだ二十三歳よね……?」
「十八で結婚する人もいるのに、驚くことですか?」
「そんな話聞いたことなかったから困惑してるのよ……!」
いきなりのカミングアウトに大峰は頭を抱えたくなる。頭痛を収めようと思って少し思考を整えようとしたら、頭に引っかかることがあった。それを尋ねてみる。
「あなたの奥さん、呪術省に狙われる謂れがあるの?」
「ええ。珍しい異能者でして。御魂持ちほどではありませんが、天竜会にも所属していた人ですよ。天竜会の恩を忘れた呪術省など、鉄槌を喰らっても文句は言えないでしょう。慈善事業に喧嘩を売るなんて愚かだ」
さらに問いかけようとすると、近くの山の頂上が燃え盛った。そこはまるで結界のように、炎が燃え上がっていた。
その炎が自然発生の物ではなく、霊気によるものだと察する。そこに魁人がいることもわかった。まさか幻術を突破するほどの術式を使うとは。
「不浄の力……。忌々しい。かまいたちくんの邪魔をしないとは約束しましたが、手を下せないのは今さらながら惜しい」
「行かなくていいの?」
「約束を違えるわけにはいきませんから。この手持ち無沙汰を解消するためにあなたを呼んだというのもあります。良い時間潰しになってくれるでしょう」
そうして始まる麒麟同士の術比べ。大峰はまず周りの幻術を解くことから始めたために時間がかかった。
暗雲が、立ち込める。
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




