5-2-1 かまいたちの舞う夜に
炎の闘技場。
朱雀の猛攻は凄かった。さすが神。さすが、四神のリーダーたらしめん存在。戦う神ではないのに、本体ではなく影であったのに、飛鳥は攻めきれなかった。
常時身体に炎を纏っているのだ。攻撃の際にはその炎も消えるが、攻撃に用いられる炎はどれも必殺の威力。範囲も広く、攻撃が来るたびに飛鳥は全速力で走り抜けていた。そして最大のポイントとして朱雀は飛べる。空に逃げられたら攻撃が届かないのだ。
「烈!」
そして魁人からも攻撃はやってくる。二対一という戦力差、朱雀という圧倒的戦力。接近戦しかできない飛鳥と遠距離攻撃が得意な一人と一柱。
この戦いは飛鳥が突破口を見つけるか、魁人の霊気が切れるか。そういう勝負に変わっていた。飛鳥はまだまだ体力はあるが、攻撃の嵐が酷くてまともに近付けない。先ほどから一気に距離を離したからダメージは受けていないが、霊気はガンガン減っていく魁人。
魁人の攻撃は敷地内のトラップを破壊すべく、見境なしに破壊活動に勤しんでいる。実際に地面に埋めていた爆発物は全部破壊されていた。ここからは単純な戦力勝負だと。そう魁人は気を緩めていた。
飛鳥がポケットから小さなスイッチを出す。そのボタンを押すと、魁人の左腕に小さな針が何本も刺さっていた。木から針が発射されていた。しかもその針には麻痺毒が塗られている。
何も地面に設置するだけがトラップではない。ワイヤートラップやブービートラップなど、森に逃げられた時も考慮して罠だらけにしてある。飛鳥はこの場所で確実に魁人を殺すために準備をしてきたのだから。
「ッツァ⁉」
魁人からの攻撃が止まったのと同時に飛鳥は朱雀目掛けて跳ぶ。その跳躍でビルの三階に位置する高さにいた朱雀へ届き、斬り伏せようとした。
『グァ!』
だが、それを許す朱雀ではない。咄嗟に口から炎を吐いたが、それを飛鳥は斬り伏せる。神気を纏った攻撃同士であれば、神気が強い方が打ち勝つ。そして飛鳥が持つ刀はその名の通り神刀だ。
たとえ朱雀の炎であっても、負けるはずがない。もっと強い炎によって打たれた神の遺物なのだから。
下から斬り上げを行おうとする。だが、朱雀は自身の周りに炎の円球を作りだして飛鳥を弾いていた。炎が凝固したような堅さで、さすがに飛鳥でも斬れなかった。
神気を纏っているからと言って、飛鳥は飛べるわけではない。弾かれた反動でそのまま地面に落ちていく。空中で一回転して姿勢を整えてから着地したが。
「フゥー……。戦力の不利はわかっていたけど、こんなの久しぶりだな。味方がいないのは初めてか」
飛鳥は戦場で一人になったことはなかった。飛鳥の身体能力についてこられる者がいたというわけではなく、後方から支援があったからだ。戦車や戦闘機など、味方が必ずいた。だが今回は飛鳥一人だ。
そういう状況をお願いして作ったのは飛鳥自身だが。
「でも、だからこそやる。お前を殺す。朱雀を解放させる」
「朱雀の解放……?可笑しなことを言うな、かまいたち。朱雀は結局式神だ。道具だ。力でしかない物を生き物のように扱うのは愚者のソレだぞ」
「人の妹も力しか見ないで物扱いだからな。お前とは価値観が共有できないから、会話したって無駄だってわかってる。……まるで陽炎だな。そこに居るはずなのに、世界は変わっているはずなのに、何の影響も受けない」
「私はすでに人間という立場から一線を画している。人間を守るのも、利用するのも超越者としての当然の権利と義務だ。私が、何もできない呪術省に代わって日本を救ってやろうというのに!」
誰にも理解できないだろう。人間の姿で、やっていることが小物で。立場は人間として最高峰で、力もそこそこあるが本当の超越者には劣る程度の力しかなく。
救うというのは何から救うというのか。魔に満ちた現状か。神々の意志からか。人間の弱さからか。その具体的な方法を述べず、力だけを求める。大仰なことだけを言う。それでついてくる者は表面しか見えていない者だけだろう。
「救いたいなら自分の力でやれよ。他人と協力しないで、利用するだけで救えるほどこの国は簡単じゃねーよ。清濁併せ持つ陰陽師ならまだしも、悪の道を進んできたお前じゃ、人の上に立つ将には向いてない」
「御魂持ちがいれば、容易だ。圧倒的な力があれば、神を偽る連中にも屈せずに日本を守り切れるというのに!それがわからない愚者の、なんたる多さか。貴様もだぞ、かまいたちぃ!」
「今必要なのは武力じゃなくて対話力と、実行力だろ。神の意見に耳を傾ける最低限のことを欠かしてるからこんな状態になってるっていうのに」
巫女や神官など、日本は太古から神と近い立場の人間が多かったが、人口が増えたにしてはそういった役職の人間は少なくなっている。むしろ神と会ったことのある現代人は限りなく少ないだろう。
明たち難波家と飛鳥と真智、そしてマユは限りなく希少な人間と言える。これだけ人間がいるというのに、神と対話ができる人間がこれだけ少ないというのも問題だろう。
だからこそ、神からの恩恵も得られず、架け橋になれずに敵対している。それが日本の現状だ。
「ここで死ぬお前には関係ないことか。もうすぐ日本は終わる。その光景を見れないってのはある意味幸せかもな」
「ここで私は死なん!朱雀!」
『ボォウ!』
朱雀が一気に霊気を撒き散らす。火の粉も飛んできたので咄嗟に飛鳥は顔を腕で塞いだが、周囲の温度が一気に上がる。森が燃えて、地面にも幾つも炎が散見していた。
その炎が酸素を奪い、呼吸がしづらくなる。熱が肌を差し、不快感が一気に増した。
そこは、飛鳥も見たことがある地獄の様相だった。こんな光景を、海外で何度も見てきた。死体がないだけマシな光景でも、これはなかなか人体には厳しい環境だ。
「熱で苦しくなるのは貴様だけだ。私にも朱雀にも、この炎の闘技場は効果をなさない」
「コロッセウム、ねえ。良い例えじゃないか。どちらかを殺さないと出られないなんて良い皮肉だ」
「死ぬのは貴様だ!殺人鬼!」
「殺してやるよ!吸血鬼!」
再び、激突する。相手の戦力の方が上だなんて、理不尽な力を使ってきたことだって飛鳥は二年半の間で経験してきた。戦場の、命を懸けたギリギリの戦いの経験値は確実に飛鳥の方が上だ。魁人は死ぬ目に遭うような大きな戦いなど、この前のがしゃどくろ戦が精々だ。
神気を纏ったかまいたちは、風と共に音を置いて駆け去る。神気をフルスロットルにして身体がもたなくなろうと、関係なく一陣の風になる。
身体がいくら悲鳴を上げようと、今後一切このような動きができなくなろうと。この一戦に全てを投資してきたのだから。掛け金を全てつぎ込むのは当然だった。
限界が来るのは、どちらが先か。
次も三日後に投稿します。
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