4-2-2 文化祭二日目
桑名先輩の術比べ1。
「では選手説明を。まずは二年生の桑名雅俊。彼は退魔の力と呼ばれる特殊な術式を使う家系でね。彼の術式は彼の一族しか使えないものだそうだ。この退魔の力には呪術省も一目置いているね」
「先日発表された強力な存在である妖や、魑魅魍魎に効きやすい術式のようです。桑名先輩の成績を見ると、攻撃術式は得意のようですが基礎術式が苦手のようですねー」
「それは言っていいことなのかい?牧角君」
どうやら選手の解説は都築会長と書記の牧角さんが行っているらしい。マイクを通して二人の声が聞こえる。どこからモニターして見ているんだか。そこまで探そうとは思わなかった。
「成績を言ってしまったのは仕方がない。では重要な事実をもう一つ。桑名という家は安倍晴明の血筋だ。静岡を拠点にしているが、その名は京都でも有名だろう。もっとも、力の方が有名で血筋のことは知らない人が多いだろうが」
それ言うんだ。でも難波の分家だということは言わない。難波の家を知っている人は陰陽師に関われば一定数いるだろうが、一般人ではほとんど知らないだろう。父さんが何かしても新聞の片隅に名前が載るくらいだし。
だからたぶん他の観客たちは勘違いをしている。土御門の家系だと。晴明の血筋ってなると思い浮かべるのは普通そちらだ。
「マー君がんばれー!」
「まーくん?」
「マー君?」
「あの声って……」
突如聞こえた声に桑名先輩はキョロキョロしだす。俺たちはすぐに方向がわかったのでそちらを見ると、この前見た姿の成長した姫さんの姿が。着物を着て今は母さんの格好をしていなかった。
隣には仮面をつけたAさんが平然と座っているけど、誰も気にしていないんだろうか。姫さんはにこやかに桑名先輩に手を振っている。桑名先輩も見つけたのか、力なく手を振り返していた。
「うわー、美人な方……。これは桑名君も一層張り切っちゃうでしょうねー。隣の男性もカッコイイ」
「ご家族の方かな?これ以上言うなっていう警告だったのかも。では綺麗なお姉さんに免じて相手の説明に移ろうか」
そんな意図なかったと思うけどなあ。だって姫さんだし。注目浴びる意味がないからな。あの人たちのこと、マジで誰も気付いてないな。四月にここ襲撃した二人組だぞ。Aさんの姿は襲撃に来た時と同じ格好だから、他の人たちにはどう映っているのかわからない。
「では相手の紹介を。賀茂静香さん。一年生ですねー。ご存知、あの陰陽大家賀茂家の御令嬢です。賀茂家の名に恥じぬ成績といいますか、どれも突出して高いですね。苦手な術式はないようです」
「え?占星術苦手だよな?」
「できる人の方が少ないですよ、明くん。わたしだって占星術はできませんし」
俺の疑問にそう答えるミク。だって、賀茂家だぞ。星見でブイブイ言わせていた家の御令嬢が星見じゃないって滑稽話だろ。いや、あの家に今星見が居るのかすら怪しいけど。
それにどれも突出しているわけじゃない。どれも平均的に高いだけだ。高校生にしてはという頭文字が付くはずなのだが、ここは学校だからそれが付かない。高校生としたら優秀なのかもしれないけど。
「静香様~!」
「キャー!今日も麗しいわ、お姉さま!」
「おや、こちらの応援団も変わらず凄いね。男女問わず人気のようだ。校内でも人気があるとは聞いているけど、校外でもファンは多いようだ」
「横断幕までありますねー。手作りの団扇まで。それを見ても集中力を高めたままの賀茂さんは、クールですねえ」
「さて、そろそろ始めようか。実はスケジュールギリギリだし」
「会長、そういうこと言わないでください」
桑名先輩も賀茂も呪符を手元に用意している。二人の準備が整ったということで、プロの陰陽師が務めている審判が開始を告げた。
そこから始まる術比べ。この一回戦の特徴はどれだけ力を温存して勝ち進めるかとお互いに考えていることだろう。決勝まで行ったらあと二回戦わなければならない。それまで連戦になるのだから霊気の無駄遣いはできない。
だから一回戦はあまり見所のない試合になると思っていたが。
「いやはや。凄いねえ、桑名君は。それとも先のことを考えていないのかな?あれほどの攻撃術式を連発するなんて」
「でも桑名君、普段の授業でもあんな感じですよ?前聞いたことあるんですが、彼は霊気の量が多いのか攻撃術式を連発してもあまり疲れないそうです」
「それは凄い。あの量と質の攻撃術式を捌くのはプロでも厳しいだろう。かく言う僕にだって無理だ。同じ威力の攻撃術式をぶつけるにも、防ぎきる防壁術式を作るにも、そこまで数は出せないからね」
「ちなみに会長はプロ五段の資格を持っていますよー」
知らなかった。やっぱり優秀なんだな、生徒会のメンバーって。というかこの学校が、というべきか。一応高校では最高峰という名前に偽りはないらしい。
桑名先輩の霊気も相当多い。これは難波の家系の特徴とも言えるかもしれない。土御門系は呪術大臣を見てみてもそこまで霊気が多くない。同年代の父さんと呪術大臣では父さんの方が圧倒的に多い。
この理由としては難波の家系が式神運用を前提としているために、霊気を増やすための修業を幼い頃から続けているからと、あとはやはり血筋だろう。ウチの血筋だと産まれつき霊気が多いという統計がある。桑名もそういう流れを汲み取っているのだろう。
今、賀茂が一つの術式を使った。だが目に見える効果はなし。それもそのはずで、桑名先輩が術式の効果が発動する前に退魔の力を使って効果を消していたからだ。
「おや、不発ですか?珍しい」
「違うよ、牧角君。きっと桑名君が退魔の力を使ったんだろう。まさか不可視とは恐れ入った」
「どういうことです?会長」
「賀茂さんほどの実力者が術式の不発をするとは思えないからだ。効果が顕われていないことに賀茂さんが驚いていたからね。絶対の自信があったようだから、効果が打ち消されたことは意外だったんだろう。たぶん幻術とかそういう系だろうが、そういう呪術と呼ばれる術式には退魔の力が作用するんだろうね。うん、確実に僕じゃ勝てない。小細工は退魔の力に、出力勝負じゃスタミナ的にも出力的にも敵わない。お手上げだ」
都築会長の説明に会場から感嘆の声が漏れ始める。打つ手なしになったのは都築会長だけではなく賀茂もだ。切り札たる偽茨木童子を召喚する時間を桑名先輩が与えるはずがない。それに相性的に退魔の力で一発だ。出す意味がない。
そうなると賀茂の勝ちへの道筋は。残念ながらないだろう。これが連戦続きの最終戦だったりして桑名先輩が疲れていればチャンスもあったかもしれない。
だがこれは初戦で。桑名先輩は疲れていないし、霊気の量も余裕があって。退魔の家系たる桑名先輩に攻撃術式で勝つ手段は、ない。
今、攻撃術式が賀茂の前に着弾した。これを見て審判が桑名先輩側の左手を挙げる。術比べは相手が傷付く前に試合を止める。これで傷付いたら模擬戦にならないからだ。
「審判手を挙げました!勝者、桑名雅俊~!」
「最古の陰陽師の御令嬢も、一年の積み重ねは大きかったのかな。相性もあるだろうね。だが高校生という観点から見ると素晴らしい術比べだったでしょう。皆さんのこの歓声を聞けばわかると思うけど。これはもしかしたら実現しちゃうかもねえ」
「安倍晴明の血筋対決、ですね」
「そうそう。幸い山は別だから、決勝戦はそうなることもあり得る。一年生だから、どこまで勝ち上がれるかわからないけどね」
その決勝戦はつまらないかもしれない。桑名先輩があの男を完膚なきまでに倒してくれれば少しは溜飲が下がるとは思うが、やるなら自分の手で決着をつけたい。
それを下すための格好の場だったかもしれないが、文化祭はそんな私怨を発散する場ではない。それくらいの常識はある。だからやるなら然るべき場で、やるべきだ。
食べながらの観戦は賀茂が呆気なかったせいもあってちょうど食べ終わるくらいの短い時間だった。でも休憩時間も終わりだし、教室に戻るか。これからもうちょっと頑張って、術比べの決勝を見ながら休んで、演目をやって最後の追い込みがある。
術比べに負けてしまった賀茂はその後ずっと接客だ。見に来ていた親衛隊のような人たちが制止も聞かずに写真を撮りまくっていたのが印象的だった。むしろ周りが引くレベル。
「そこまでして撮りたいのですか⁉あなたたちは!」
「だってお姉さまの貴重な姿ですもの!さきほどは制服姿でしたし!」
洋服を着ている賀茂は珍しいのだろうか。興味もないからどうでもいいというか。こいつとあの男が婚約者ねえ。皆考えることが一緒というか。この親衛隊も賀茂のどこに惹かれているのだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら、接客を続けていた。知り合いは来なかった。
次も三日後に投稿します。
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