3-1 文化祭準備
調理班の光景。
というわけで、天海に夕方は諸事情で俺とミクはお店に出られないと伝えた。やる内容は当日までの秘密になったが、その時間帯は空いていたので簡単に要望は通った。スケジュールは完成していたけど、空きがあって良かった。
ウチの学校の文化祭は、かなりの長時間だ。朝の九時には始まって、終わるのは夜の七時。この朝早く起きて学校に来るというのは辛いが、この文化祭を楽しみにしている人が多い証拠だ。
なにせ京都の大祭である祗園祭と並ぶ、京都三大祭りと称されるほどの大人気イベントだ。ちなみにもう一つは陰陽師大学の文化祭。どれもこれも秋にやるため、京都人は秋が好きだという一説もある。
こんな時間帯に行うため、まずお客さんの送迎には専用のバスが用いられる。そのバスには民間会社とはいえ、陰陽師の護衛が付くという徹底ぶり。夜の七時なら魑魅魍魎はまだまばらだし、そもそもが大通りだと夜になっても出歩いているのが京都の風景だ。ちょっと夜に差し掛かっても気にしないということだろう。
そんな文化祭まであと一週間を切った頃、夜の5・6限は全部文化祭準備に当てられていた。最後の追い込みというか、お客様を迎える以上、最善の用意をしておけということなのだろう。
というわけで俺たちは教室内の装飾を作っていた。ペーパーフラワーとか、折り紙を細く切ってわっかを作って繋げていくとかそういうの。
それを教室ではなく、調理室で行っている。
教室では今、女子たちのコスプレ衣装の採寸中だ。裾とか丈とかの調整をしているので男子禁制。何故調理室かというと。
『火を弱めるニャ!煮立ったらすぐに弱火、じゃニャイと味が濃くって風味もなくなるニャ!あとは三分ごとにお玉で混ぜる。混ぜるのを忘れなければ次の作業に移っていいのニャ』
「はい、師匠!」
『料理はまごころニャ!早ければいいってもんでもニャイのニャ!ゆっくりでもいいから丁寧に。心が雑だと味も形もそのまま表れるのニャ』
「はい、師匠!」
『包丁を持たない方の手は猫の手!ほら、これが猫の手本物ニャ!そんでもって親指も曲げる。親指を料理ごと切っちゃうニャ』
「ヒィ!はい、師匠!」
瑠姫が調理場で色々と指示をしながら実演をして調理班の子たちに料理の手ほどきをしている。さっきなんか変化させた人間の手と元の猫の手を交互に見せて教えている。全員エプロンをしているのだが、返事が元気なこともあって皆楽しそうだ。
そんな料理ブートキャンプを見ながら料理中の香りを楽しみつつ、様々な物を作っている男子たち。料理指導がBGMとなり、漂ってくる香りが空腹へのスパイスになり、女子たちが頑張っている姿にほっこりしながら作業は進んでいるようだ。こころなしか作業の進みが良い。若干一名、調理班に男子が混ざっているが。
なおミクは採寸中のため、この場にはいない。
「いやー、あそこは戦場かね?さっきから瑠姫さんの声の嵐が止まらない」
「あんなにこやかな戦場見たことないぞ?」
「でもあれ、命懸けてるだろ?」
「たしかに……」
祐介と話しながら調理場の方へ目を向ける。教える側も教わる側もどっちも真剣だから空気が張りつめているんだろうけど、それでも息苦しくないのは全員が笑顔だからだ。実際瑠姫の教え方が上手いのか、料理上手になったかもって声が多い。ミクも瑠姫に教わってから凄い上達したって言ってた。
料理のことになったら妥協しないからなあ、ウチの家政婦。長年我が家の家事全般を取り仕切っているだけはある。調理班のリーダーをやるって聞いた時にこうなることは予想できていたけど、あえて止めなかった。瑠姫もたぶん、お祭りとか好きなんだろうし。
迎秋会もかなり精を出してご馳走作るからなあ。それこそが本職だから生きがいみたいなものだろうけど。戦うのは一応式神としての義務感からだろうけど、そっちは緊急時だけだろうから。その緊急時が最近は多いんだけど。
「難波―。簡易式神貸してくれ」
「人型で良いのか?」
「いい。大工やらせる」
「はいよ。ON」
クラスメイトで大道具係の山内に言われて三体くらい簡易式神を貸し与える。本当なら自分で用意してほしい所だが、そうしたら指示ができなかったり、まだ精密操作ができないから返って邪魔だったり。
文化祭準備の時間は簡易式神があっちこっちにいる。だがやらせているのは木材を運ばせたり、台車を引っ張ったりと本当に簡単な作業だけだ。難しい作業になると霊気と集中力がかなり必要で、その集中力を使うくらいなら自分で作業した方が疲れないし手っ取り早いほどだ。
俺とかミクとか、簡易式神の扱いに慣れている者を除いて。
俺と同じ身長くらいの簡易式神を三体ほど出して、山内の指示に従うように命令する。術者が目を離しても指示通りに動いてくれる式神なんてプロじゃないと使えないそうだ。式神って今の呪術省のせいで技術的には下火だからなあ。
簡易式神の連絡手段としての有用性は問うまでもないし、最高戦力である五神の切り札は式神なのに、軽視する理由がわからん。軽く見ていても実力を発揮できる存在を求めているとかより、技術全体を底上げした方がいいはずなのに。わからないことだらけだ。
「山内、指示与えておいて。力も人間より強いからある程度何でもできるはず」
「サンキュー。ウチのクラスは難波と那須がいるから楽だな」
「山内、自分でもできるように腕は磨いておけよ」
「はい、先生。でも式神大家の難波たちと同レベルは、高校在籍中には難しいと思いますよー?」
「そこまでは言ってない。三年生程度にはできるようになれってことだ」
読書をしつつ監督している八神先生がそう言う。この人、本当に手を抜く所は抜いてるな。授業とか緊急時とかは真面目なのに。今言ってることもまともなんだけどなあ。せめて本から目を離してアドバイスしてくれたら文句なしだったのに。
ウチの三年生は卒業間近ということで全員もれなくライセンスの貰えるのだが、実力はそれ以上の人たちばかりだ。何人かは四段の試験に受かっているらしいし、そこらへんの陰陽師大学の学生より実力者だろう。
直属の京都陰陽師大学の学生には敵わないだろうけど。あそこに通う学生たちは大半が四段の資格持ちだし、大多数はプロの陰陽師になる。たまに教授や先生への道、民間会社への就職をする人間もいるが、それ以外はプロになる者たちばかりのエリート校だ。ウチもそういう意味じゃエリート校だけど。
そうして作業を進めていくと、料理の完成が近付いたのか瑠姫の声が少なくなる。それと同時に鼻をくすぐるスパイスの良い香りが。日本の伝統食の、ある意味家庭の味だ。本場はインドのはずなのに、概念からして違う気がする。日本のラーメンと中国の支那そばほど違う気がする。
『まあ、及第点ニャ。おみゃーら、台所に立つ者としてその場の物の特性を覚えるのニャ。できればマイ包丁とかあればいいんだけど、そこまでは学生に求めニャイのニャ。その代わり、この場で料理をするのだからこの場にある物の特性は頭に叩き入れるのニャ。火力は、油の量は。野菜が柔らかくなるタイミングは。水の適量は。全部この場所の電力や物の劣化状況とかで変わってくるのニャ。レシピはあくまで参考。オーブンとかもメーカーなどで火の通り方とか違うのニャ。お客さんに出す物として恥ずかしくない出来栄えの物を。そのためには使う物の手入れは最低限の義務ニャ。わかったかニャ?』
「「「はい、師匠!」」」
やっぱりあそこ、料理教室という名の軍隊学校だろ。全員瑠姫に向かって敬礼してやがる。瑠姫の教育がそうさせたのか、受けてる彼女らの気質か。というか、文化祭でそこまで真剣に料理を作ってるクラスってウチだけじゃないのか?
『というわけでヤロウども、待ちに待った試食の時間ニャ。食材や作ってくれた彼女らに感謝して食すように。いいかニャ?』
「「「ヒャッホーウ!ありがとうございます‼」」」
うーん、ウチの男子共もかなりのオバカだったようだ。女子の手料理とか嬉しいかなあ?ミクのなら嬉しいけど、それはミクだからこそであって、不特定多数の女子が作った手料理にあそこまで喜ぶのはどうなんだか。
若干一名、男子混ざってるし。それだけで純度一〇〇%女子の手作り料理じゃないけどいいのか?
「ほら、明!さっさとよそいに行こうぜ!」
「祐介、お前もそっち側の人間だったのか……」
「だって女子の手作りカレーだぜ⁉これこそ文化祭の醍醐味だろ!これはお客釣れるぜ~?」
「比率で考えたら半分はお客も女性なんだから、女子手作りで売っても男子の食いつきが良いだけだろ……」
「でももう、看板はそうやって彫ってあるぞ?」
祐介が指さす方には色がまだついていないが、わざわざ木に字を彫っている俺の簡易式神が。さすが俺の式神、俺に似て手先が器用だ。
というかそんな使い方してるのかよ。そこまで確認してなかったわ。山内もカレーの列に並んでいるし、作業してるの式神だけじゃねえか。
「夕飯食ったばっかだよな?」
「クラスメイトの女子の手作りは別腹」
「デザート感覚で言うなよ……。俺腹減ってないからいいや」
さっき瑠姫の弁当食ったばっかだし。作業してたからってそんな食えるもんか?いや、学生だから腹の減りが早いのか。なんにせよ俺は並ばずに作業を続けていく。八神先生も並んでるじゃん。そこだけはしっかり監督するのかよ。
皆がワイのワイの言いながらカレーを食べている。お腹が減っていないだけなのにまたこの疎外感だ。現場にいるのに、当事者になり切れない感覚。今回は俺だって行事に参加している一部のはずなのに、中心には居られない感覚。
『どうした?明』
「……別に?ゴンが傍にいるから何とも思わないさ」
『ふうん?あまりこっち側に寄り添いすぎるのは問題じゃないか?お前は二つの真ん中にいないといけないんだぞ?』
「そうしたらむしろ学校に通ってるのがこっちに寄り添いすぎな気がするけどなあ。でも学校に行ってなかったら当主にはなれない。かと言って人間ばかりに構っていられるほど単純な話でもない。難しいな。陰陽って」
誰かに聞かれたら困る会話かもしれないが、どうせ皆カレーに夢中だ。よっぽどの耳を持ってない限り聞かれることはないだろう。だからこうして肉声で話してる。本当の秘密の会話ならこの近距離でも念話で話している。
『それでも、続けるんだろう?』
「金蘭様に話をされたからね。難波の家として、一人の人間として続けるさ」
そんな会話をしていると、調理室の前側の扉が開かれた。教室にいたクラスメイトかと思ったが、入ってきたのは大峰さんだった。
「うーん、イイ匂い。ボクもご随伴させていただこうかなー」
『大峰っちの分はないのニャ。一口もわけてあげニャイよ』
「瑠姫さんのけち!」
「誰?」
「ほら、例の。一年生の生徒会役員。土御門でも賀茂でも、難波でもなくあいつがねえ」
一般生徒からしたらそういう認識だよなあ。大峰さんが五神だなんて知らないだろうし。家のネームバリューを鑑みればさっき例に出たメンバーが選出されそうだけど、高校に入る前から仕組まれていたことだ。
ロリババア先輩なのになあ。ミクという低身長仲間がいるからか、童顔ということも相まって誰も歳上だなんて思っていない。真実を知っているのは教員と俺たち、そして生徒会くらいか。
「まあ?生徒会の強権使って強制的に徴収するんだけどね?衛生管理の観点から問題ないか検査しないといけないしー」
『カッ。集りに来る人間ほど厄介なもんはいないのニャ。小っちゃい鍋一つ分でいいかニャ?』
「問題なーし。あ、商品作るごとに検査だからね?」
『あちしがいるから絶対問題ニャンてニャイのに、面倒ニャ!あと九回も来るつもりかニャ⁉』
「え?そんなに料理出すの?コスプレ喫茶でしょ?」
やっぱり瑠姫も、俺と同じく普通の喫茶店イメージしてたな?今頃首を傾げて頭に疑問符浮かべたって遅いわ。どうして主従でこうも似るかねえ。俺がそういう認識だったからか。
次も三日後に投稿します。
感想などお待ちしております。




