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2-4 足取り

セーフハウスにて。



 今月何度目の騒動だろうか。外出をする人数は圧倒的に減ってきてはいるのに、まだ街の中で喧噪は続いていた。仕事や必要な買い出し、用事などもあるため完全に家に閉じこもっているというのは不可能だろう。

 そして今日も、かまいたちによる凶行が起こる。今回の被害者は一人。一緒にいた陰陽師からしてもあり得ないと思っただろう。なにせ八人一組で行動していて、妖や魑魅魍魎と戦っていたわけではない。ただ警邏として巡回をしていたら風が吹き荒れて一人の首が飛んでいたという事実。

 たしかにかまいたちは無関係の人間を一切殺していないが、精神的外傷を与えた相手が数多くいた。目の前で鮮血が飛び散ったり、生首が飛べばそうもなるだろう。そのことにかまいたちは罪悪感を覚えながらも、そのまま現場を立ち去る。


 裏路地を超えて、事前に聞かされていたセーフハウスへ立ち寄る。こうして協力してくれる存在がいかに多いことか。それに感謝しながらかまいたち──神橋飛鳥は和風の家の中に入る。

 その中にいたのは二匹の妖の狸。そして見覚えのない一匹の鬼。その鬼は背中に大剣をしょっていて、片手で頭を支えながら肘を立てて寝っ転がっていた。この場所にいるということは協力者なのだろうと思って、飛鳥は気にせず座る。


『お疲れ様なのら、かまいたち。今回も姿はバレていないとか、さすがの手際なのら』


『まあ、防犯カメラとかのハッキングもしておいたから、当たり前なのら。これで失敗していたら目も当てられないのら』


「感謝いたします、お二方。皆様の協力がなければ、こうして事を成し遂げられません」


 飛鳥は自分より小さい存在に、畳に額が当たるほど深く頭を下げる。正座もしていて、彼らへの敬意は存分に払っていた。

 さすがに一人で全てができると思っていなかった。協力者が得られたから、こんなにも早く行動に移していた。遅すぎても別の存在に手を下されていたかもしれないので早い方が良かったが、準備にも時間が欲しかった。


 その諸々の準備のために海外にも行っていたが、妹の真智に会うために帰国していたらこの狸たちが接触してきた。養父も協力してくれているので、このまま復讐は続けられそうだった。

 この狸たちがどういった立場にいるのかわからないが、今回の計画においては全面的に信用できる。だから込み入った話は聞かなかった。時々漏れ出ている復讐対象への恨み言だけで充分だ。


『まあ、当然なのら。でもよくやっているのも事実。今日はここでゆっくり休むと良いのら』


『そういえば妹さんには会いにいかなくて良いのら?この前ちらっと現場で見かけたって言っていたのら』


「誕生日には会いに行きますので。今会いに行ったら、真智は鋭いから勘付くでしょう。最後の一人になるまで、伏せておきたいのです」


『律儀なことなのら。それで良いなら、こっちから言うことはないのら』


『まあ?一つ問題があるんだけどよ。そのためにおれが来たわけだが』


 今まで会話に参加してこなかった鬼、伊吹があぐらになって上半身だけ起こすと、一枚の紙を飛鳥の目の前に置いた。そのリストは見覚えのある物だ。今回殺している人物の情報が詳細に書かれたファイルの、目次のようなものなのだから。

 そこに殺した人物へチェックを入れていくのが実行直後のお約束なのだが、今回の人物はすでにチェックされていて、次の標的にも何故か黒いペンでチェックされていた。いつもなら赤いペンでチェックを入れるし、全て飛鳥が殺すという算段だったのでこのチェックのされ方には違和感があった。


「……もしやあなた様が殺してしまった?それとも、他の妖にでも殺されましたか?」


『バーカ。こんな雑魚わざわざ探して殺す価値ねーよ。今日の夜にでも報道されるだろうけど、自殺だ。かまいたちに殺されるくらいなら自分で首吊って死ぬってな。お前の殺し方が残忍なせいだろ』


「あなた方鬼からすれば、そうでもないのでは?鬼の殺害方法など、建巳月(けんしげつ)の争乱で見た限りですが」


『ああ、外道丸のな。だいたいあんなもんだよ。それに比べれば味気ねえ。首が飛ぶか心臓を一突きだろ?鮮やかだが、それだけだ』


「それしかできませんので」


 というか、殺すだけならそれが一番効率的だからだ。一撃必殺。しかもその場に長く留まっているわけにはいかない。そうなると人体の急所を狙って一発で仕留めるのが一番だ。

 殺すのを遊ぶ鬼とは、殺し方でそりが合うわけがない。飛鳥は復讐のための殺しであり、殺せれば何でもいい。慈悲とかそういうのはない。永く苦しめるつもりもない。むしろさっさとこの世から消えてほしいから一撃で終わらせているほどだ。


 自殺してしまった女性はそこまで意志が強くなかったのだろう。神殺しをしたことも悔いず、他者に殺されるのを嫌がった現実逃避。自分の行いは顧みない所業に飛鳥は呆れ果てていたが。

 家族の日常はもう二度と戻ってこない。それを壊した者たちが好き勝手生きてきて、英雄と言われて、逆の立場になったら恐怖する。まだ一般人だった二人とプロの陰陽師。覚悟の差があったはずなのに、諸々逆転してしまっていた。

 それは年月か。年齢か。それとも本来の精神性か。


『おれの主から伝言だ。最後の一人を殺す際に、できるだけ邪魔が入らないようにしておいたそうだ。神にも交渉に行って、本当に一対一の場を整えたらしいぞ?裏の住民もどうにかしたから、あとは頑張れってよ。この対価はあいつを殺すことでチャラにするってな』


「ありがとうございますとお伝えください。成果を出すことでしか、報えないのですが」


『それで充分だ。色々と仕込みはその資料作った奴がやってくれるから、メディアのことも気にすんなって言ってたな』


「何から何まで、ありがとうございます」


 飛鳥は伊吹にも頭を下げる。伊吹の後ろにいるAや姫のことは気付かなかったが、それだけ優秀な陰陽師なのだろうとは思っていた。だが、その人物たちも秘密裏に行動しているはずなので名前を聞くような真似はしない。

 真っ当な存在じゃないとはわかり切っている。そして飛鳥ももう真っ当じゃない。なにせ現代のジャック・ザ・リッパーとまで呼ばれる殺人鬼になってしまった。人間を十数人殺した男が、人間社会で真っ当な扱いを受けるはずがない。


『さてと。おれが来た理由はもう一つあってな?お前への最後の鍛錬だ。おれが全力で戦ってやる。このために外道丸に将棋で勝ってきたんだからな。少しは楽しませろよ?』


『すぐやるのら?かまいたちは一仕事終えたばかりなのら』


『こっちはウズウズしてるんだよ。ちょっとばっかし神気を纏っただけのただの人間が、吟に匹敵しかねないんだぞ?剣でぶつかり合いたいに決まってる』


「俺は構いません。またとない機会ですし、やれることはやっておきたい」


 鬼と戦える機会なんてもうないだろう。だから二つ返事で応える。最後の大一番を前に、一つでも戦闘経験を増やしておきたかった。慢心抜きで、色眼鏡も抜きで最後の相手を想定すれば日本の中でも有数の実力者だ。

 それに、飛鳥たちの両親を殺しているのだから。油断なんて一切するはずがなかった。


『仕方がないのら。ではかまいたち。これは神様からの贈り物なのら。受け取るといいのら』


 そう言って取り出されたのは、神気を纏った木箱。その木ですら神木のようで、見る人が見れば値段を付けられない、国宝に認定してもいい逸品だと判断するだろう。

 外側から見ただけでそうなのだ。恐る恐る紐を外して蓋を外し、その中に入っていた物を見る。まさしくそれは、神の一品だった。


「これは……。安心しました。これを使えば、簡単に壊れることはないでしょう。鬼の方と戦う武器がないと思っていた所ですから」


『ほぅ……。良い品だな。こんなもん、生前以降まともに見てねえぞ?ずいぶんと期待されてるな』


「大切に使わせていただきますと、返事お願いいたします」


『わかったのら』


『あとよ。おれと良い戦い出来たら追加で最強の陰陽師とも模擬戦させてやるよ。まあ、現代でっていう枕詞が着くけどな』


「それは頑張る理由が増えました。一層気合いを入れさせていただきます」


 二人が立ち上がり模擬戦に向かおうとしたが、その前に狸に止められた。


『待つのら。今外はかまいたちのせいで人がいっぱいいるのら。もう少し時間を置いて人が減ってから移動するのら』


『ああん?こんのクソ狸、さっさと認識阻害の術式使えよ!さっさと戦わせろ!』


『場所の選定とか色々やることがあるのら!市街地で戦わせるわけにはいかないのら!どうせ大暴れするつもりなのら!』


『そういう後始末がお前らの仕事だろうが!』


『雑用係は認めても、勝手に増やされる面倒事はごめんなのら!』


 そう三匹がわいのわいのと言い合っているのを見て、飛鳥は少し穏やかな気持ちになっていた。ケンカになっていないのだ。こういうケンカのようなものを真智と何度もしたなあと思い出しながら、言い争っている間は身体を休めていた。




次も三日後に投稿します。

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