2-1-2 足取り
奢らせる。
「え?明に珠希お嬢様?どこにいるんだ?」
「どこって……。目の前にいるじゃないですか、センパイ」
『お前の目が特殊なだけだ、小娘。オレの認識阻害を突破できる人間は少ねえよ』
ゴンが犬の姿に化けながら結界を解いたので俺も解く。目の前に突如現れた俺たちに目を丸くする星斗。きっとこの二人も「かまいたち事件」の調査に来たのだろう。この二人だけというのは理由がわからなかったが、先輩とも呼ばれているし学生の頃の知り合いだったのだろうか。
大天狗様が来た時も一緒に行動してたからな。桑名先輩が言っていた噂の一つはよく分かった。実力者同士だし、馬も合うのだろう。だがもう一つは問わなければならない。
「よ、よう。明に珠希お嬢様……」
「顔を合わせるのは久しぶりですね、マユさん。難波明です。そこの男の血縁です」
「お久しぶりです。マユさん、星斗さん。マユさんには改めて自己紹介を。那須珠希と申します。あの、星斗さん。そのお嬢様というのは家の集まり以外ではやめてほしいのですが……」
「ああ、悪い。気を付ける」
「星斗。仕事だからマユさんと一緒なのはわかる。けど、呪術省で頻繁にウチの学校の女子生徒と逢引きしてるって噂は何?ネットで噂されるってよっぽどの頻度だよね?」
「京都校の女子生徒……?ああ。たまたまよく会うだけで逢引きなんてしてないって」
白々しい。そういう噂が流れる時点でどうなんだか。婚約者がいるのに他の女と二人っきりになるなよ。夢月さんが離れているからか?それとも、婚約者がいるからこそ、他の女には目もくれないのか。後者じゃなかったらここでぶん殴る。
そうキツイ目つきをしていると、隣のマユさんが星斗の代わりに答えてくれた。
「その女子生徒、大峰さんですよ。仕事で制服のまま呪術省に来ることがありますから」
「そうそう。バッタリ会って、少し話してるだけだって」
「それに大峰さん、わたしとかが顔を見せたらすぐに学校に戻っちゃいますし。わたしも五神の一人として挨拶したいのですけど、呪術省に来ている時は大体センパイと話していますし、すぐにいなくなってしまうので……」
「仕事仲間として情報の共有くらいしたらいいのに。結局俺が玄武……明が名前で呼んでるなら良いか。マユに伝えてるから良いけどさ」
『……』
なんか胡乱な目をしている玄武と目が合った。ミクやゴンの目を見て、今回は俺鈍感じゃなかったなって思い知る。むしろ目の前の大人二人が鈍感なんじゃなかろうか。
それってたぶん、大峰さんが星斗に懸想……またはそれに近い無自覚の憧れとかそういうのを抱いているんじゃなかろうか。大峰さんは星斗に婚約者がいるなんて知らないだろうし、そんな気配全くさせてないからな。
ただどこでどう惚れたのか。接点はどこだったんだろう。きっかけも全くわからない。星斗に惚れる理由もわからない。いや、たしかに顔はイケメンかもしれないけど、星斗は星斗だからなあ。
なんというか、大峰さんはそういうのを気にしないで生きてきたような節があるから想像できにくかったけど、年齢の割には俺たちと感性変わらないからなあ。いきなりそういうのを自覚してしまっても、おかしくはない、のか?
年齢詐称のチビ先輩のことは置いておこう。それよりも二人に伝えておきたいことがある。ミクたちにも話さないといけないし、ちょうど財布を持った星斗が来たんだ。お昼ご飯にしよう。
「二人とも、お昼はまだですか?」
「はい。調査をしてから食べようと思っていたので」
「ならちょうど良かった。星斗、奢って」
「はぁ!いきなりだな」
「『かまいたち事件』についてわかったことは全部話すから。情報料。父さん呼んで占星術のお代払うのとどっちがいい?」
「くそ……。生意気なガキに育ちやがって」
悪態をつくが、こういう俺を形成している一部分は確実に星斗なのに何を言う。六歳のガキに大鬼ぶつけてきた分家筆頭とか、確実に悪影響出てるだろ。それに本家に寄る度に俺と術比べしてたじゃん。
「六歳の頃からあまり変わってないと思うけど?」
「あの頃は可愛げのないガキだったけど、今は生意気なクソガキだよ……」
「えー?明様、六歳の頃は色々と可愛かったですよ?目とかもクリクリでしたし」
「タマ、子どもの時なんて皆そんなもんだろ……。それに可愛いって言われるのはなんかへこむからやめてくれ」
「子どもの時でも、ですか?」
「子どもの時でも」
嬉しがる男なんているのだろうか。いや、女性的な思考を持った男の子とか最近はいるらしいけど。ジェンダーレスは国際的な問題なんだっけ?そこはあまり突っ込まない方が良いだろう。ただ俺は言われても嬉しくない。
「わかった。マユ、あそこ行くぞ。そこなら財布的にも問題ないし。……ゴン様や銀郎様、瑠姫様も食べられるんだろう?なら広いあそこがいい」
「じゃあ、案内してくれ。足りなかったら出すよ」
「本家の人間や後輩に金出させるわけにはいかねえよ……。これでも稼いでるから任せろって」
「週刊誌に特集組まれたりしてたもんな」
「あ、それ!神奈に送っただろ!」
「送ったけど何か?」
雑談をしながら移動していくと、そこは大きな大衆食堂だった。昔ながらのお店作りで、大将のお店に似ている。お昼過ぎだというのに、学生の姿が多かった。たぶん大学生だ。
「ここ、陰陽師大学の傍だから大学生の時はよく来たんだよ。夜の巡回任務明けとかに駆け込んでたな」
「懐かしいですね。学生時代なんて凄く前に感じます」
なるほど。二人もよく来ていたのか。……うーん。星斗とマユさんのことを知っている大学生は多いのか、なんかひそひそ話をされている。認識阻害とか変装とかしてないからな。あとは瑠姫と銀郎か。式神の位も大学生なら察せるだろうし。
食券制だったので、星斗が一万円札を入れる。値段を見ても、この人数なら足りそうだ。
「何食べますか?お三方」
『あちしさんま定食!』
『じゃあオレはきつねうどん』
『あっしは生姜焼き定食にしましょうかね』
「わかりました」
星斗もすっかり分家としての立場が身に染みてるなあ。ウチは本家の人間より本家の式神優先だ。これ、今ならわかるけどかなり変わった風習だよな。たぶん金蘭様や吟様が生きていらっしゃるからなんだろうけど。
「明と珠希ちゃんは?」
「ねぎラーメン」
「しょうがみそラーメンで」
「……こういう食堂来てもそういう選択するのか。さすがすぎるよ」
これが性分だ。いつもは瑠姫の作る弁当で栄養はきちんと採ってるから問題ない。初めてくるお店のラーメンは食べてみたいものだ。それに学生なら基本麺類に喰いつくと思うし。
「マユは?いつも通りカレーと唐揚げで良いのか?」
「ごちそうになります。それで大丈夫です」
四年間通っていたからか、定番メニュー覚えているとか凄いなあ。彼女でもないのに。星斗も自分の分の食券を買って、それぞれに渡す。瑠姫は銀郎に、ゴンは俺に食券を渡して席取りに向かう。
こういう場所だからか、出てくるのが早い。お盆にできた料理を載せてもらって席に向かい、食べ終わったら返却口に返す。学校の食堂のようだ。全員が席に着いてから、全員手を合わせる。
「「「いただきます」」」
ねぎラーメンは京都のラーメンらしく、九条ネギが山盛りになっていた。千切りのネギが山になってるのかと思ったが違うらしい。京都ではこれがねぎラーメンなのだろう。あとは背油が入ってるのも特徴か。
背油のおかげか、スープが甘い。でも濃くはなく、すんなりと飲めてしまう。麺も細く、胡椒と一味唐辛子が良い味を出している。若者が好きそうな味だ。メンマ三つにチャーシュー一枚、海苔一枚にネギが大量。見た目のバランスも良い。
途中でいつも通りミクとラーメンを変える。マユさんにはあらまあ、という顔をされて、星斗にはこのバカップルが、みたいな蔑んだ目線を向けられた。お前も地元に帰ったら夢月さんにあーんしてもらえばいいだろうが!
味噌って色んなものに合うよなあ。生姜やチーズ、コーンとか色んな野菜とか。日本人としても落ち着くというか。でも逆に言えばこの合わせるための調合が難しいのだとか。少しでも量が多いとどっちかの味が強くなってしまいバランスが悪くなる。
でもこのラーメンは味噌も生姜も主張しすぎず、良いバランスだ。あとこっちの麺は太麺なんだな。細麺は味噌に合わないよなあ。わざわざ変えるとは、やるなこの店。
そんな感じで各々食事をしながら、食べ終わってから話をしようと思っていたが、いかんせん玄武が食べるのが遅すぎた。亀だし仕方がないかと思っていたのだが、ゴンが隣の席に移動してまでせっつく。
『早くしやがれ。大きくなればそんな塊、一口だろ?』
『無茶、言わないでよ。こんなところで、大きく、なれると思う?』
『話が進まん。早く食え』
『クゥは、わがままだねえ……』
そんなじゃれ合いを済ませながら、ようやく玄武が食べ終わる。神様を急かせるって神様にしかできないよなあ。さすがウチの守り神。俺たちは神気を纏っていたって絶対にできない。
一日遅れのメリークリスマス。まあ、何もなかったんですが。
次も三日後に投稿します。
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