2-1-1 足取り
現場での過去視。
九月になって十日も過ぎた。「かまいたち事件」が起きて十五日になるが、殺されたプロが十人を超えた。それで犯人像も全く掴めず。さすがに看過できないということで俺とミクは街に調査へ出ていた。ただし、ゴンや瑠姫の申し出で俺とゴンの認識阻害の術式を二重に仕掛けてまで歩いている。
複数人居ても、一人だけ殺される時があった。二人だけで歩いていて、その二人とも殺される時もあった。事件は既に十件近く起こっているのに、誰も犯人の顔を確認できていない。通行人とかも強い風が吹いて顔を覆った後に、人が倒れていたという証言をするだけ。
場所も大通りからコンビニの前、裏路地など様々。共通している点は殺された人物が必ず男女問わずプロの陰陽師。殺され方は鋭利な刃物で一撃、首を斬られるか心臓を一刺しされるか。犯行時間は全てお昼。必ず事件の前に強い風が吹くということ。
これだけだ。犯人が神様なのか凄腕の陰陽師なのか、ただの人間なのかすらわからない。防犯カメラなどは見ていないが、ニュースの報道を信じるのであれば影が高速で近寄ってくるのは見えても、それ以外は刃物なども全く見えない。どれだけスロー再生しても、カメラがハッキングされていたのかピンボケばかりしているのだ。
本当に狙いがプロだけなのか。何を基準にしているのか。俺たちは狙われないのか。犯行声明もないし、身代金の要求などもない。こんな風に何もわからないから専守防衛も兼ねて街の下見だ。
こんな事件が起きているからか、いつもは賑わっている通りも人が少ない。警察が報道機関を通して無駄な外出は避けるようにと通達しているからだ。殺人現場を見たくないというのもあるだろう。風が吹いて目を開けたら、鮮血と胴体から切り離された人間の頭部とかトラウマになるだろうし。
今日来たのは昨日の事件現場。事件が起きてから一日くらい経っているが、今も警察官が辺りを警戒している。むしろプロの陰陽師は捜査に来ない。ごく少数見に来ているが、占星術が使えないと来る意味もないだろうしなあ。
「ゴン、瑠姫。何か感じるか?」
『いや、さっぱりだ。何度現場に来ても、神気を若干感じる程度で他は何もわからねえ』
『あちしもニャ。あちしはそういうのはあんまり得意じゃなかったから期待してニャかっただろうけど』
瑠姫はそうだよなあ。防衛関係ならいいけど、他のことはあんまりだし。ゴンが読み取れなかったから期待はしてなかった。
「タマは?何か感じるか?」
「ごめんなさい、明くん……。わたしも特には。たぶんあっちの方向に逃げたんだろうなというのはわかるんですが、それ以上となると……」
「俺も特に感じなかったし。そんなもんだろ」
神気の残り香のようなものはあるが、それだけ。それ以上のことは本当にわからない。千里眼で探してみても、途中でその残り香も途切れて結局後を追えなかった。たぶん神気をコントロールしているんだろう。殺す瞬間に最大まで高めて、それ以降はおそらく俺たちが霊気を抑えているように隠している。
むしろ残り香のように痕跡が残るっていうのはそれだけここで神気が撒き散らされたということなんだろうけど。普段俺たちが歩いていても神気がそこに残るということはない。神気を使わずに逃げれば足跡は辿れない。
「銀郎は?何かわかったか?」
『確実に人間でしょう。神でも陰陽師でもない。ただ神気を持った、その力を殺人に応用している人間としての規格外。身体能力だけで言えば陰陽師の肉体強化を超えた、ただの化け物でしょう。どういう訓練を積めば、神気を宿しているとはいえ人間がそこの域に辿り着けるのか。興味深いですがねえ』
あまり期待していなかった銀郎から断言するような言葉と説明が。霊気を持たずに神気だけを宿した人間ってことか?それならゴンの探知にも微妙な引っかかり方しかしないのはわかるけど。
「そう思った根拠は?」
『まず匂い。あっしは人間と陰陽師、妖と神なら匂いで嗅ぎ分けられますので。この匂いは確実に人間です。悪霊憑きとも違うでしょう。それは昨日の映像を見た時点で何となく察してはいたんですが』
「続けてくれ」
『姿的に神でも妖でもありませんでした。そもそも神ならば、こんなチマチマと殺さずに天罰でも与えて殺すでしょう。こんなことをしでかす理由もないので除外しやした。で、姿はおそらく光学迷彩やカメラのハッキングなどで肉眼からもカメラからも誤魔化しているんでしょう。坊ちゃんたちが陰陽術でやっていることを科学技術でやっているだけです。まあ、日本の防犯カメラを欺くってことは相当な技術があるんでしょうが』
案外そういうのにも精通してるよな、銀郎。俺やゴンはそういうのはからっきしだ。ただのカメラとかなら趣味程度でわかるけど、防犯カメラやら兵器とかは全然知らない。基本妖や魑魅魍魎には通じない物っていう認識しかない。
『で、この人物。殺す前の疾走の時点で神気を膨大にさせて身体能力を強化。そのまま目にも留まらぬ速さで駆け抜けるのと同時に斬りつけて、その後は駆け抜けて逃走。そんなところでしょう。神気の補助があるとはいえ、元々の身体能力がずば抜けてなければ誰にもバレずに殺しきるなんてできませんよ。こいつ、300mを一瞬で詰めてますからねえ』
「それは……人混みの中じゃ対処できないか」
『でも逆を言えば、あっしがわかるのはその程度です。刃物もナイフでしょう。これが限度ですねえ。あ、男です』
「大分わかったよ。ただ俺たちが安全かどうかはわからないなあ」
『肝心な部分はあっしではどうしようもできませんからねえ。第一、そんなこと坊ちゃんのような学生が突き止めたら警察以上になりやすぜ?』
そう。被害者の共通点などを調べるのは警察や呪術省になるのだろうが、それこそがわからなければ安心はできない。調べるとしたら呪術省の知り合いに聞くことなんだろうけど、知り合いってマユさんと星斗くらいしかいないしなあ。
大峰さんもこの事件で忙しいのか、最近学校に登校すらしていない。携帯で連絡とるよりはある程度の成果がわかってから聞きたいし。
星斗たちもこの調査やいつもの警邏などで大変だろうからこっちから連絡をするのも避けたい。星斗なら何かわかった時点でこっちに連絡してくれるだろう。本家の跡取りとして重要視はしてくれてるし。
「となると。手段は俺の過去視しかなくなるわけだな」
『存分にやれ。周りはオレらが警戒しといてやる』
人通りがない路地にちょっとだけ入って、そこに膝を着く。立ったままだとやりにくいというだけのことだが。
地面に一枚の呪符を置いて霊気をありったけ込める。やるのは久しぶりだな。結構過去まで遡りたいから、詠唱もきちんとしよう。
「流転する星々よ。伽藍洞の地表よ。満ち足りぬ天体よ。見果てぬ夢の一欠けらを、今この水面に写し取らん。過去の渡り鳥」
術式が発動して俺の目に過去の映像が流れてくる。直近では昨日あったここでの殺人事件。そこから「かまいたち事件」全てが読み取れていく。対象をここに残っていた神気に限定したから、犯人だけが追えるようになっていく。
男の顔もはっきりした。黒髪黒目の日本人だ。年頃は二十歳くらいだろうか。どれもこれも銀郎の言うように神気を上昇させて加速し、ナイフで一刺しで切り捨てている。名前まではわからなかったが、明らかに殺意は篭っていた。
事件の様子を全て視切った。ショッキングというかグロテスクな映像だったが、確証を得ることができた。この犯人は決まった人間しか殺さない。一般人もターゲット以外の陰陽師も殺そうとすら考えていない。
けど、邪魔をしたら殺されるだろう。彼には明確な意思がある。その意思とターゲットの選別理由はどこにあるのか。それを探ろうと更に彼の過去へ、深層へ落ちていく。
そこはどこかの境内。うちの祭壇にも似た、山の上にある神社。そこの山の中を、犯人と一人の少女が駆けていく。犯人が少女の手を握って、境内から離れるように。
何か逃げる理由があるのか。その境内に目を移す。そしてそこにいたのは、殺された陰陽師たちと、二つの異形の姿が。
ここまで見ればわかる。後はその場にいる陰陽師の顔を覚えていく。犯人の名前や少女のことはいい。これは過去視だ。俺では手の出しようがない。全員の顔を覚えて、あと生きているのは誰かを確認していく。
全員を覚えてから、過去視を終了させた。これはただの復讐だ。そこに他人は巻き込まれない。それがわかっただけで充分だ。
あと気になったことといえば彼が首から下げていたネックレス。これも覚えておこう。いや、有名だからすぐわかったけど。
「……どうでした?明くん」
「マユさんと大峰さんには伝えよう。けど、俺たちが関わるのはやめだ。俺たちに被害が出るはずがない。文化祭を楽しんで大丈夫そうだ」
「え?いいんですか……?」
「いい。関わるだけ無駄だ。星斗にも伝えておくか」
皆納得してなさそうだけど、それは食べながらでも話そう。外食に来たっていうこともあるし。せっかく外に来たのなら、外食をしよう。
でも警戒したまま認識阻害をかけていたのに、こちらをじっと見ているマユさんと腕に抱えられた玄武が。その隣には星斗がいるが、星斗はこっちに気付いていないらしい。
「あれ?明くんに、珠希さん、でしたよね?」
この認識阻害の上から見抜けるのか。本当にマユさんは五神の中でも頭一つ抜けてるなあ。ミクの名前は言ってなかった気がするけど、大方隣の星斗から聞いたんだろう。俺と休日一緒にいる女の子って言ったらミクだし。天海とは二人っきりにならないからなあ。
次も三日後に投稿します。
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