1-2 新学期と準備
先輩と食事。
中休みになって、俺たちは珍しく校舎の屋上でご飯を食べていた。空はもう暗い。でも夏の残暑が残るこの時期なら、夜に外で食事をしていても身体を冷やすということはない。屋上に明かりを用意しないといけなかったけど。
教室じゃなくてわざわざ屋上に来たことにはもちろん理由がある。教室ではできない話をするためだ。それに先輩を一年の教室に呼ぶことも、俺たちが上の学年の教室でご飯を食べることを躊躇ったからだ。
それに食堂やカフェテリアじゃ誰の耳があるかわからないし。誰も来なさそうな場所って言ったらやっぱり屋上だろう。防諜の結界も張ってあるし。
そうして待っていると待ち人がやって来た。片手には夕飯なのかビニール袋がある。
「待たせちゃったかな?難波くん、那須さん」
「いいえ。まだゴンも戻ってきていないので」
そう、桑名先輩だ。難波の分家として情報共有はするべきだし、もしかしたら狙われるかもしれない。今回集まったのは文化祭の世間話と、「かまいたち事件」について。ゴンも帰ってきていないので、まずはご飯を食べながら世間話をしよう。
桑名先輩が持っていたのはやはり購買で買ったと思われる総菜パンだった。
「瑠姫様の作ったお弁当を毎日食べられるなんて、難波くんたちが羨ましいなあ」
『桑名っちのお弁当も作ろうかニャ?どうせ五人前も六人前も変わらニャイし。ああ、でもクゥっちだけは特別メニューだから面倒くさいニャ。それに比べれば一人分ニャンてヨユーヨユー』
「では、お願いします‼」
即答。まあ、健康状態を考えても、瑠姫のご飯を食べられるということを考えても、断る理由なんてないんだろうけど。本家の考えで育ってきたからか、いるのが当たり前で会うことや触ること、食事を貰えることに特別感はないからなあ。
まあ、モフれる時はモフるけど。
『じゃあ後で嫌いなものをタマちゃんの携帯にメールしておくニャ。それはなるべく入れないようにするからニャア』
「本当に瑠姫様も分家の方々を甘やかしますよね……」
『今のあちしには難波家が全てだからニャア。ま、雇ってもらった恩返しってやつニャ』
そういう経緯で瑠姫を雇ったんだろうな。それによく瑠姫の方も承諾したもんだ。何か惹かれることが俺たちにあったんだろうか。今が大事だから聞こうとすら思わないけど。
お弁当の話題は置いておいて、文化祭のことに話は移る。
「へえ、コスプレ喫茶。なんともまあ、俗な企画だね」
「案外皆乗り気で驚きました。本当にこういうのが高校の文化祭なんですかね……?」
「まあ、僕のクラスも似たようなものだし。お化け屋敷だよ?こっちはまだお祭り感あるかもしれないけど、そっちは本当に文化祭の出し物って感じだねえ」
お化け屋敷かあ。簡易式神をお化けに偽装してリアリティの高く、陰陽師学校としての教育結果も見せられる良い企画だと思うけど。こっちなんて陰陽術に一切関係ないからな。いや?耳とかを生やすとかならできるか?
「……なんか、邪なこと考えていないかな?」
「そんなそんな。タマにどんな格好させようかなって考えていただけで」
「充分邪だよねえ?難波くんは那須さんがそんな格好をして、他の人たちに邪な目線を向けられるけど、良いのかい?」
「……はっ!タマ、コスプレやめよう!後ろでずっと料理やっててくれ!」
それはダメだ!可愛い格好するミクは見たいが、他の野郎どもにそんな下卑た目線を向けられるとか耐えられない。そういう目線を向けた連中を、銀郎を憑依させて斬り伏せそうだ。
「えー?でも明くん。わたしも折角のお祭りなのでそういう格好してみたいです」
「そんな⁉」
まさかの裏切り。いや、そうしたらミクの服装に認識阻害の術式をかけるか?俺にしか見えないようにして、他の人には制服に見えているように……。
『坊ちゃんの考えが透けて見えるようですぜ……』
『煩悩ありまくりニャ』
「……二人は付き合い始めたのかい?なんというか、前より遠慮がなくなったというか。距離が近くなったというか」
あれ。桑名先輩に言ってなかったっけ。星斗にも言ってなかったんだからそれもそうか。あっちは婚約者と知っていたからその流れで言ったような記憶があるし。
「はい。それこそ大天狗様の襲撃の後に」
「実は婚約者同士だったんです~」
「そうか、それはおめでとう。……ん⁉婚約者!」
「はい。親が決めていまして。やっぱり珍しいんですか?」
「桑名ではとんと聞かないね。難波はそう珍しいことじゃないのかな?」
「分家の兄貴分の香炉星斗も地元に婚約者がいますね」
「はぁ~。時の人にも婚約者が……。あれ?でも色々と噂が……。地元?」
時の人とまで言われているのか。それにしても何か引っかかることがあるんだろうか。星斗の色恋になんて興味がないのか、それとも変な噂が流れているのだろうか。後でちょっと調べておこう。
また夢月さんに知らせることが増えそうだ。いや、ものによったら黙殺するけど。
そうして食事をしていると、俺がつけていた防諜の結界に介入してくる存在が。学校では大峰さんくらいだと思っていたが、我らがゴンが帰ってきただけだった。
「お帰り、ゴン。ほい、夕飯」
『おう。食ってから報告してやる』
『あちしに感謝は?』
『ご苦労、瑠姫』
『ぞんざいニャア~!』
出した弁当箱に入っていた四つの稲荷寿司はゴンに瞬殺される。大きく口を開いて一個を丸呑みする姿は何とも可愛らしい。あの小ささで豪胆な食べ方がギャップがあっていい。クラスの女子たちがキャーキャー言うわけだ。
本来は大きい狐だから、そっちでの食事が基準になっているのかもしれないけど。
『ごっそさん。桑名もいるし、「かまいたち事件」についてわかったことを言うか。まず、お前らが狙われることはない。狙っているのは確実にプロの陰陽師だ。学生が狙われることはまずねえだろ』
「それは確定なんだな?」
『ああ。お前らが悪逆非道に落ちなきゃな』
「なら大丈夫だ」
そんな人物になるはずがない三人だ。狙われるような悪童になる予定もない。狙われるようなことをすることもないだろう。
「それでゴン様。相手は妖なのでしょうか?それなら僕もそのかまいたち討伐に加わろうと思っているのですが……」
『やめておけ。殺されるぞ。お前の退魔の力も何となくわかってるが、悪意は消せても殺意は消せないだろう?邪魔だと思う気持ちは悪でも何でもない。むしろ正義感から来る感情かもしれん。今回も相性が悪いし、お前が出張る理由はないぞ?大人しく文化祭を楽しんでおけ』
うーん。桑名先輩が相性が悪い。その殺意も悪意ではなく下手したら正義感。妖や魑魅魍魎なら桑名先輩が引けを取るとは思わない。そうなると。
「ゴン。妖じゃなくて、もしかして神なのか?」
『……現場証拠だけ考えたら、その可能性が高い。霊気も感じず、オレでも探り切れなかった。……それに、オレでも正体がわからないくらいの手練れだ。関わるだけでバカらしい。まあ、もう一つ可能性があるとしたら、こいつは陰陽師としての才能が全くないただの人間か、オレのように気配を完全に消せる凄腕だ。どちらにせよ、関わってもロクなことがない』
どういう基準で狙われるのか。それすらわからないというのはちょっと不安になる。文化祭の買い出しとかで外出も増えるこの時期に、正体不明の殺人犯。それが凄腕となればなおさらだ。
何か共通点がありそうだけど、それは呪術省に任せていいんだろうか。信用ないからな。でもどうしようもないし、さすがにそこまでプロを助けようとも思わない。これで星斗が狙われるなら考えるけど。
Aさんたちに頼るわけにもいかないしなあ。どうしたものか。
次も三日後に投稿します。
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