エピローグ 園への道標
キャロルたちのエピローグ。
「んっ……?」
「あ?起きた?おはよう。大分相手が強かったみたいだね」
キャロルが目を覚ましたのはテントの中。組織で準備していた連絡所の中だろう。そこの簡易ベッドで寝かされており、脇には同じ隊員の非戦闘員である同い年の少女がいた。
「……どうなったノ?こうして五体満足ってことは、世界は変わってないし、リ・ウォンシュンは倒せたのかしラ?」
「あの現地協力者二人も頑張ったんだけど、最後は倒されちゃったよ。幕引きとしては自滅になるのかな?リ・ウォンシュン、最初から心臓が動いてなかったんだって」
「……エ?そんなことってあル?」
そんな幕引きは予想していなかった。心臓が動いていない状態で、どうして生きていたのか。首を落とされて生きている生き物がいないように、心臓が動いておらずに生きている生物なんておかしいとしか言いようがない。
「現地協力者の女の人に聞いた話だから精査してみないとわからないけど。昔中国で助けられた天狐っていう神様に命を助けられたんだって。死んだところを、神様の力で心臓の代わりにしていたみたい」
「神様って割と何でもアリだけド……。じゃあリ・ウォンシュンは神様に愛された申し子だったってこト?」
「そういうことみたい。私たちの管轄外だったってこと」
キャロルたちの組織では役割分担が厳密に決まっている。キャロルは調査員がメインの戦うこともできる隊員だった。目の前の少女は異能については知識があるが、戦うことはできないのでサポート要員。
キャロルが所属する部隊は調査がメインで、戦闘部隊は別にいる。だから本部に申請を出して他の部隊へ協力要請を出したのだ。
その戦闘部署でも結構細分化されていて、異形を相手にする部隊、犯罪者を相手にする部隊。神の力を持った者を相手にする部隊などのように分かれている。
今回の案件はこの神の力を持った者を相手にする部隊が適任だった。まかり間違っても調査がメインの部隊が引き受ける事案ではない。今回大きな被害が出なかったことは奇跡と言ってもいいくらい偶然が積み重なった結果だろう。
「で、中国に送っていた調査員からリ・ウォンシュンの詳細な調査書が提出されていたけど。聞く?」
「……モチロン」
「生まれは都市部から離れたとある村のようね。幼少期から丹術や道術の才能があったみたい。姉が一人いたようだけど、配偶者や子どもなどはいないわね。契機は彼が二十歳になる直前。村を異能者の集団が襲ったようよ」
「異能者の集団?」
どこの国にも異能者はいる。それが組織や徒党を組むことはよくあることだ。キャロルたちの組織もそういう異能者の集団ではある。
「政府直轄の組織よ。政府の命令で様々なことを裏からやる汚れ役。その任務の詳細まではわからなかったけど、リ・ウォンシュンの故郷を襲ったみたい。政府のデータベースからも消去されてるから何もわからないけど、村の住民もその部隊員も全滅しているわ」
「双方全滅……?村にリ・ウォンシュン以外にも優秀な異能者がいたノ?」
「いいえ。村にいた異能者はリ・ウォンシュンただ一人よ。政府や部隊員はまさかやられるとは思わなかったでしょうね。異能者の集団として中国ではかなりの傑物揃いだったみたいだし。リ・ウォンシュンも抵抗しているみたいだけど、おそらくここで一度命を落としているわ」
そこで終わるはずの人生。そのはずなのに一人だけ生き残ってしまった。そこから犯罪者としての誹りを受けながらも第二の人生が始まる。
「遺留物捜査の異能を持つ人が鑑定をした結果だから間違いないと思うけど。その異能者の集団を天狐が全滅させたようよ。そこに天狐が現れた理由は不明。いきなり天から舞い降りたそう。薙ぎ倒した後、リ・ウォンシュンに心臓の代わりを与えていなくなったみたい」
「……その後はその政府に復讐するために犯罪者ニ?」
「ええ。動機としては何も間違っていないでしょう。仲間にはよく、姉や村の皆は殺されるいわれはなかったと零していたみたい。テクスチャを覆そうとしたのは、この理不尽な世界が許せなかったのでしょう。なんでこうも、アジアの政府はどこも真っ黒なのかしらね?」
「アジアだけじゃないでしょウ?どこも中枢に行けば行くほど真っ黒ヨ」
アジアがわかりやすいというだけで、どこもかしこも似たようなものだ。それでもアジアの政府は少々きな臭い。この日本もそうだ。そういう風習がこの地域には広がりがちなのかもしれないが。
「遺留物捜査の結果だけど。特に姉に対する強い想いが残っていたそうよ。唯一の家族が作った新しい繋がりを、なくした後悔が漂っているって」
「家族、ネ。ワタシにはもうわからないものだワ」
「新しく作ったらいいじゃない?恋愛くらいこの組織だって自由よ?そういう浮いた話、あなたないじゃない」
「実際にないもノ。誰か良い人知らなイ?」
「いるじゃない。現地協力者の男の子。アキラ・ナニワだっけ?実力も申し分ないし、日本には繋がりがなかったしちょうどいいじゃない。彼、この国の異能についてかなり精通しているみたいだし、ウチに欲しい人材よ?」
「そういう基準で人の恋愛を語らないでくれるカシラ⁉」
キャロルは同僚の軽い発言に怒って返す。その顔が赤かったのは怒りからか、それとも。
その様子を見て意地悪そうに笑う同僚。その笑みに隠されたものとは。その、全部わかってるからねという表情がキャロルは気に喰わなかった。
「割と元気そうね。狐に憑依されたって聞いてたから何か影響があるかと思ってたけど、何ともないようね。いつものあなたで安心したわ」
「まずそういうことは最初に言わなイ⁉え、狐⁉妲己⁉」
「安心して。綺麗に取り除いたって言ってたから。私も診てみたけど、異常はないわ」
キャロルは自分の頭やお尻の辺りに手を回してみるが、すでに妲己──葛の葉はきちんと金蘭が祭壇に魂を戻している。キャロルに影響が出ないように術の行使は完璧に済んでいる。
キャロルには良い影響も悪い影響も絶対に出ていない。狐の残滓など欠片も残っていないのだから。
「身体の方も大丈夫そうね。この土地の領主様がもし身体に異常があれば病院を紹介するって言ってたけど、必要?」
「……大丈夫そうネ。そこまでは必要なさそウ」
「例の彼も大事を取って入院しているようだけど、一緒に入院しなくていい?」
「本当にアキラは関係ないかラ!そうやって揶揄うのは悪い癖ヨ⁉」
「はいはい。じゃあ、そう伝えるわね。……これはただの興味なんだけど」
「ナニ?」
「その手袋。外してるところ見たことないけど、何か理由があるの?」
キャロルの両手にある黒い指ぬき手袋。どんな服装になっても絶対に外していなかった。なんならお風呂を一緒に入った時ですらつけていた記憶がある。
隊員の中で全員が疑問に思っていたことだ。唯一隊長とか本部のお偉い方々は知っていそうだが、答えてはくれない。情報共有もしてくれない。
「ああ、コレ?ただの魔力制御装置ヨ。ワタシ、これ外すと魔術が暴発するの。そうやって暴発を起こしていたところを保護されたのがこの組織に入った理由だもノ」
「……危ないわね」
「これ外すとリ・ウォンシュンにも勝てるくらいの力が使えるんだけどねエ。周りも壊滅させちゃうから外すなって厳命されてるノ。強い力って本当に面倒よネ」
「私にはその力が細々としたものだからわからないわ」
同僚はそう悲しげに言う。後方にいる者たちは魔術など異能の才能があるものの、戦闘に用いることができない異能だったり、戦闘では邪魔になるほどの弱い力だったりするから後方に甘んじている部分がある。
その他にも異能のせいで悲しい目に遭ったから、二度と繰り返さないために少しでも力になりたいと志願する者もいる。
キャロルのような戦闘員なんて希少も希少だ。任務中に死ぬこともあるし、異能は魔術だけじゃない。様々な異能に対応できる人間は限られてくる。今回のように規模の違う異能に出会うことだってある。
それでも長年生き永らえて、まだこうして五体満足なキャロルは運も良いが実力も相応にあるためだろう。
「報告と診断は終わったから上に掛け合ってみるわ。お疲れ様。少しは休んでいなさい」
「リ・ウォンシュンの件が片付いたから、また日本から出て他の国に行くのかしラ?」
「次は日本の調査よ。増援に来た部隊は本部に戻るけど、私たちは京都に本拠地を戻してさらなる調査。この国は異形が多すぎるわ。それも強い異形が」
「……早めに増援頼まなイ?アキラたちってまだ学生なのヨ?それであれだけ実力があるんだから、ここってかなり危険な土地じゃなイ?」
「そうかもね。それも伝えてみるわ」
そう言って同僚は出て行く。それを見て、周りには誰もいないことを確認してからキャロルは一段と大きいため息をついた。
「やっちゃったワ……。上は失敗と思ってはいないようだけど、アキラとタマキには随分と迷惑かけちゃっタ……。これ、使えばよかったカモ」
そう言って二つの指ぬき手袋を取る。左手は取ったところで何もなかったが、右手の甲には金色の線で描かれた星があった。それは刺繍のようでもあるが、身体に彫ったのではなく生まれつき痣のようについている物に見える。それだけ自然で、均整の取れた美しい星だった。
「楽園の女主人。こんなものワタシに渡してどうするノ?アナタの求める世界はもう戻ってこないワ。だってあの人がそうテクスチャを上書きしてしまったんだもノ。ワタシじゃあの人の代わりになれないなんてアナタが一番わかっているでしょうに。ワタシもテクスチャを覆そうとしないし、今までの人たちもやろうとさえ考えなかっタ。楽園なんて嘘で、本当はただの寂しい独房よネ」
キャロルの言葉はその女主人に届かない。届くはずもない。
キャロルがさっきまで使っていた魔術は仮の物だ。キャロル自身が得意とする魔術ではなく、ただの魔術師だと偽装するために使っている物。とある劇作家の戯曲の再現など、今の身分に偽装するためでしかない。
本当の力を使えば組織の中でも敵う者がいなくなるほどの力を使える。それこそリ・ウォンシュンと同等に戦えただろう。でも、彼女は神の領域に辿り着いたわけでもない。彼女は神の領域に辿り着くことはない。辿り着いてはいけない。
彼女が神の領域に踏み込んだら。テクスチャが変わってしまう。楽園の女主人しか喜ばない、楽園しか残らない世界に。
次も三日後に投稿します。
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