5-3-2 神の領域に、至ったとしても
後始末。
葛の葉の魂を社に戻した後、キャロルの身体を診てみるが特に異常は見られなかった。そのため明たちのように優しくする理由もないため、そのまま地面に寝かせておく。リ・ウォンシュンには顔と身体に布をかけた。
魂が離れたことは確認したため、肉体はただの物となっている。彼を魂ごと降ろすということをしない限り肉体は必要ないだろうが、わざわざ海外の組織に渡す意味もない。康平に頼んで難波で保管することにする。
キャロルの所属する組織が取り逃がしたからこそ、今回の騒動が起きている。この夏休みは何も事件を起こす予定はなかったのに、明たちにはゆっくりしてもらう予定だったのにだいぶ計画がズレてしまった。
それも修正が必要どころか、明たちの実力が更に底上げされる事態になったことと、損害が境内以外にほぼないため、嬉しい誤算ではあった。残っている休みを有意義に過ごしてほしいと思っている。
リ・ウォンシュンの処置が終われば次は明たちだ。気を失ったまま寝てしまっているが、霊気を限界まで使った影響だろう。このまま朝まで起きることはない。外傷は金蘭が治せるところは治して、あとは病院頼りだろう。
「康平。病院に運んであげて。大きな傷はないけど、一応大事をとってね。お婆様を守り通した強い子たちだから」
「はい。かしこまりました。そこの外国の少女はどうなされますか?」
「この子たちの部隊の子に任せればいいんじゃない?それでももし病院が必要だったら紹介してあげればいいんじゃないかしら?その子も特に外傷はなかったからそこまで気にしなくていいと思うけど」
「では連絡をしてまいります」
康平は金蘭から離れて、携帯電話を取り出して連絡を始める。まずは病室の確保。それができたら簡易式神に明たち二人を乗せて病院に送った。康平の式神に道中の護衛は任せる。
次にCIAへ連絡を。向こうもこちらの状況を観測していただろうが、それでも一応協力関係だったので報告を。それも終われば、朝になってから境内の修理を行うために市や県に今回の一件の報告と修理の要請をし始める。
辺りを見回していた金蘭に近付くゴン。もう結界を維持しなくていいのだから、自由に出歩いていて問題なかった。
『結局、オレ抜きで神の領域に入ったあの男と互角に戦っていたな』
「二人がかりで、式神を神の領域に押し上げてね。まあ、及第点でしょう」
ゴンはいざとなれば出て行くつもりだった。明の式神として一番期間が長かったのはゴンだ。そのゴンが一番明の隣にいる。苦戦しているのであれば、駆け寄るのが相棒としての役割だ。
だが、金蘭に止められていた。ゴンに頼らずどこまでできるか。それを見定めるためだけに。ゴンの実力では金蘭に全く敵わない。そもそもとして千年来の友人だ。争う理由もなかった。負け戦に精を出すような存在でもない。
その結果の戦闘は金蘭が満足のいくものだったようだ。終始にこやかに笑っている。葛の葉と少ないながらも言葉を交わせたということもあるのだろうが、あの二人の成長が何よりも嬉しいのだろう。
それこそゴンの目を掌握してまで覗いていたほどだ。ゴンは明から離れることが基本なかったので、明と、たまに珠希の成長をずっと見てきたのだろう。
難波としての血を最も濃く受け継いだ明。それが神の領域には及ばずとも、神に匹敵する力を持ちつつある。調停者としての資格を着々と得ている。それが嬉しくてたまらなかった。
『もしも。明たちが殺されていたらどうするつもりだったんだ?』
「それはないでしょう。瑠姫は優秀な式神よ。それにこの場で難波の人間が死ぬと思う?この玉藻の前様が加護を施している祭壇で?」
『……それもそうか』
この祭壇が祀っている神は間違いなく日本の主神。その加護が得にされている場所がここだ。そこで、その神に愛された一族の者が死ぬはずがないと。
難波の家は領地の地主であり、陰陽師の当主であり、神主の家系だ。祭壇を持っていることから神社の家系と特に変わりはない。参拝客がいないだけで、あとは決まった催しをやらないだけで正しく神を崇拝する家系だ。
その証拠として、儀式の執り行い方や舞などを明も珠希も幼少期から教わっていた。たとえ芸能に精通している者に見せても一級の芸術だと評されるほどには鍛錬を積んでいる。横笛などもできるが、明は特に人前でそれを披露しない。そういう和の芸術には明るいのだが、照れ臭くなるらしい。
家ではたまに、気晴らし程度で吹いたり弾いたりしているのだが。
『だが、結界を緩めたのは何故だ?後半ではもう維持もしなくていいとか抜かしやがって』
「何かあった時に即時対応するためよ」
『それで結局葛の葉様が降霊させられたじゃねえか。……わざと降霊させたな?』
「もちろん。というか、降霊を妨害し続けていたらそれこそ明たちは殺されていたわ。状況をしっかり読んでいたと言ってほしいわね」
その言い分にゴンは呆れてため息をつく。明たちを心配していたとも言えるが、ようはこの状況になった時点でこの解決法を思いつき、そこになぞるように事態を動かしたということだ。
こういうところは本当に晴明にそっくりだと、さすが愛弟子だと心の内で思っていた。
『……それで?この結果をエイには?』
「もちろん伝えたわ。京都は何もなかったそうよ。愚か者どもがまだ妖の対処で四苦八苦しているみたい。変わらないわね。呪術省も、土御門も賀茂も」
『ん?妖たちが動き出したのか?』
「目覚めた存在は多いそうよ。九州では土蜘蛛も目覚めたって。今京都で暴れているのはがしゃどくろだそうよ。その内ニュースでもやるんじゃないかしら?」
『がしゃどくろはビル並みに大きい妖だからな……』
ゴンが記憶している妖の中でも最長と言ってもいい妖だ。人体を模した骸骨の妖だが、土蜘蛛と同じくらい面倒な妖だ。身体がデカい分防御力も攻撃力も高く、暴れたら五神でも対応できるかどうか。
昔は晴明が宥めて暴れることはなかったが、今は止める存在がいない。元々がしゃどくろは温厚な存在なのだが、玉藻の前がいなくなったことを悲しんで眠りについた妖だ。時代の空気が平安に戻って、それでもまだ玉藻の前が目覚めていなかったら暴れるのも仕方がないだろう。
そして、がしゃどくろにちゃんと話をすれば争いをせずとも退いてくれた。むしろ妖の中ではかなり話が分かる存在だ。もし呪術省が玉藻の前の復活を掲げていればそれを信じて退去しただろうが、武力行使をしてしまったのでそれも不可能。
そして世の風潮的に平安の悪たる玉藻の前を復活させるなんて呪術省の立場からは絶対に言えなかっただろう。たとえ息子たちが勝手にやろうとしていても。
『エイも止める気はないんだろ?』
「あるわけないわ。そうして暴れてもらえば、裏から色々できるもの。がしゃどくろの良心を利用しているようで気が引けるけど、こっちで葛の葉様が一時的にも蘇ったということを呪術省から隠せるわ。こんな片田舎で起きたことより、京都での大事件に注目するでしょう?」
『隠れ蓑にはちょうどいいタイミングか……。がしゃどくろには謝っておけよ?』
「あの人が謝ってくれるわ」
そこまで金蘭が手を回すことはなかった。ここ最近はずっとこっちにいたので、京都で何か起こっていても金蘭は知らん顔をしていた。
そうやって会話をしていると、電話が終わったのか康平が戻ってきていた。すぐに金蘭へ頭を下げる。
「金蘭様。申し訳ありません。すぐに家へ帰る急用ができました。あなた様の予想通りに」
「それ、私はあの人の言葉をそのまま伝えただけよ。あの人が星を詠んだだけ。あなたも詠んでいたでしょう?」
「ですが、少々周りの土地にも影響が出ているようで……。それを収めなければなりません」
「行きなさい。クゥも行ったら?豊穣の神が土地を見過ごすの?」
『チッ。行くぞ、康平』
「はい。ゴン様」
康平が出した鳥の簡易式神に乗って本家に戻る一人と一匹。まだCIAの人間が来ないため、キャロルの受け渡しのために金蘭は残っていた。この少女よりも、当主として本家の安全が最優先だ。
そうして待っていると後ろから近付いてくる誰かの足音が。だが、それがCIAの誰かではないと金蘭はわかっていた。
「さすがは姉上というべきか。その手腕はまさしく晴明様譲りというわけだ」
「珍しいじゃない、吟。あなたが私のことを姉って呼ぶのは」
「皮肉で言っている」
金蘭よりも遥かに大きい身長の銀髪の青年、吟が呆れながら言う。金蘭はまだ人里に出ていたが、吟は本当に隠居したのかというほど姿を見せなかった。難波の次代を見守ってはいるのだが、その姿を誰かに見せるということはしない。
二人は年齢的に姉と弟だが、役職的には晴明の式神双璧だ。立場は同等である。
こうして二人が揃うのは実に数百年振りのことだ。お互い感知はしていたが、言葉も交わさずお互いにやるべきことをやっていた。
そういう意味ではキャロルはとても珍しい場面に遭遇したと言えるだろう。意識はないが。
「クゥより先に心配して飛び出そうとしていただろう?自分で計画したことだというのに甘い。いざとなれば結界に関与していないおれが守るとわかっていただろうに」
「頭と身体では別の行動をしてしまうものよ。私は晴明様に及ばない未熟者だもの」
「全く。恋は盲目とよく言った物だ。晴明様が万能ではなかったなど我々が一番知っているだろうに」
「その話持ち出す?あなたが玉藻の前様に恋い焦がれていたことを引き合いに出しましょうか?」
「もう出しているではないか。そういう子どものような心根が姉らしくないと言っている」
金蘭は身体や実力を見れば康平が敬うような尊敬すべき人なのだが、存外心は子どものままだ。晴明に引き取られた境遇、そしてその後の甘やかされた生活を送っていればそうなってもおかしくはないが。
大体似たような境遇の吟がまだ大人っぽいのは親友のおかげだろう。
「……呪術省を潰す時は呼べよ。おれも行く」
「はいはい。こっちはそれまで任せたわ」
吟はそれだけ言うと、林へ姿を隠してしまう。結局CIAに対応したのは金蘭だった。
次も三日後に投稿します。
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