5-2-3 神の領域には、及ばずとも
銀郎と瑠姫の身体が実体化を解いた時のように薄くなる。そのまま銀郎は俺に、瑠姫はミクに覆いかぶさるように姿が重なる。そして光が現れた頃には、俺たちを襲っていた圧力の一切が弾け飛んでいた。
神通力を突破されたリ・ウォンシュンの驚いた顔が目に入る。千里眼を使っているわけでもないのに、視界が妙に広い。身体が軽い。
これが銀郎の見ている世界か。
「その姿……。ただの人間でありながら神の力を宿した君たちは本当に驚かせてくれる。実は君たち、神の子とかそういう裏事情があったりしないか?」
「残念ながら、親はどっちもただの人間だよ」
俺の頭上には三角で灰色のフサフサとした耳が浮かび上がっている。お尻の方にも銀色の体毛が覆うそこそこ長い尻尾が生えていた。目つきも普段よりきついものになっているだろう。
ミクの頭上にも黒い艶のある三角の耳がくっついている。お尻には同じように二本の細長い黒い尻尾が生えている。
二人の身体の周りは今まで以上の神気が覆っていた。身体の内から発せられるものではなく、纏わりついている形だ。パッと見は悪霊憑きに見えるかもしれない。
式神を契約者に憑依させる技術。これも難波の秘術だ。他の式神大家でも確認できない、俺たちにしかできないこと。リ・ウォンシュンの神通力に対抗するにはこれしかなかった。神通力に対応するには神気が必要。それも俺たちの身体にある、含んでいる程度ではなく、本物の神が纏うほどの純粋な、多量の神気が。
こんな時じゃなかったらミクの姿を写真で撮りまくったんだろうけどなあ。
それにこれ、無理矢理銀郎たちの力を借りているだけで俺たちが実際に接近戦をしたり俺たち自身でやることが多いし、俺たちにしかできないことができなくなるからあまり好きじゃないんだよな。
俺の場合陰陽術使えなくなるし。ミクは憑依しているのが瑠姫だから問題ないけど。
『坊ちゃん。今あっしらの神気は二人を守るために使い切ってます。つまり身体能力はあくまでいつもと変わりません。ご注意を』
「わかってる。……リ・ウォンシュンの力は本当に無制限なのか?」
『斬り合った感じ、余裕はあまりなさそうですが。でもあっしらを蹴散らすくらいはできそうですぜ』
「面倒だな……」
銀郎と合体しているとはいえ、どちらかの意識がなくなったりとか、混同したりしない。俺は俺として、銀郎は銀郎として意識がある。身体を動かす主権は俺にあるし、ただ銀郎の身体能力を借り受けているだけだ。
銀郎のように接近戦を鍛え上げてきたわけではないから、拙い戦闘しかできないだろうけど。この術式、デメリットが多すぎてメリットが少ない。俺たちの身体を守るために仕方がなくやってもらったけど。
腰に刺さっていた刀を抜いて、何度か手首で回す。うん、しっくりこない。
「刀なんて初めて握ったな……」
『それが現代人の普通ですよ。陰陽師が近接戦闘なんて仕掛ける方がおかしいんですから。しかしこの状態だと持久戦も厳しい。相手の自滅は望み薄。取れる手段がとにかく少ない。どうします?坊ちゃん』
「それでも、やるしかないだろう?この祭壇をなくすのは、俺たちにとって始まりをなくすことと同じだ。ここがなくなったら、俺たちの家の意義がなくなる」
『それもそうですね』
不格好でも、やれることはやって、それでもダメだったらゴンたちに任せよう。他の人に任せるのは気が引けるけど、これ以上手段がないし、霊気もそろそろ限界だ。玉藻の前様と葛の葉様がこの男に屈しないように祈っておこう。
よし、今の内に謝っておこう。
「もし失敗したら、ごめんなさい」
「随分弱気じゃありませんか?明くん」
「いやだって。神に喧嘩売られるようなこと俺たちしてないじゃん?それでこうして神と違わない相手と戦ってるんだから、もしももあるんじゃないかなって」
ミクが叱咤してくるが、霊気は限界。竹刀すら持ったことのない俺が銀郎の力を借り受けたところでどうなると。延命措置に過ぎないんだよな。
とはいえ、口では負けることは可能性の低いことと言っておく。ミクは万全で動けるのだし、俺は牽制をしていればいいんだから。その牽制が上手くいくと良いけど。
「で?投降するのか?日本の天才たち」
「いや、もう少し粘らせてもらうさ。あんたを社へ行かせられない」
「では。続きといこうか」
銀郎の力しか使えないんだから、攻めるしかない。刀を見よう見まねで握って突っ込む。刀を思いっ切り振り下ろしたが、杖によって簡単に防がれた。
『坊ちゃん。そんな西洋の剣を使うように振り下ろさなくても。刀は繊細ですし、力を込めなくても斬れます』
「いや、そんなこと今言うなよ。俺そんな剣技とか剣と刀の違いとかわからないし」
銀郎に身体強化とかよくかけているから力で斬り伏せているのかと思ったけど。刀身変化六式とかだと筋肉量めっちゃ増えるし。今度ちゃんと銀郎に色々聞こう。自分の式神の能力をきちんと把握していないのは不味い。
『相手の死角を狙うとか、物を斬りやすい線目掛けて斬るとか、もっとやりようあるでしょう?』
「お前が何を言ってるのかさっぱりわからん!っていうか、何⁉斬りやすい線って!」
そんなものを一瞬で判断して斬りかかってるとか化け物かよ。俺の式神だったわ。しかも神の一柱だったわ。そりゃあそんなこともできるか。たしか銀郎って狩りの神だったはずだし。
そんな剣の達人に素人が意見貰ったってできるわけない。ミクの方は問題なく術式を使えている。問題は威力が落ちてることか。瑠姫は防御特化の式神だし仕方がない。神に戻らないと威力なんてお察しだ。
そうすると本当に決定打が打てない。あれ?これっていわゆる詰みってやつじゃなかろうか。
そう思っても刀を振るう。霊気がなくなるまで、身体が動かなくなるまで、倒れるその時まで抵抗をやめない。全ての攻撃をいなされているが、何か手はないものか。何か。
そう考えていると社から誰かが襖を開けて出てくる音が聞こえた。戦っている最中だというのにそれが誰なのか確認したくなって後ろを振り返ってしまった。藁にもすがる思いだったのだ。
その誰かとは。
「キャロルさん……?」
だが、様子がおかしい。目の焦点がまるで合っておらず、心ここにあらずという感じだ。そして一番驚いたのは、その背中に九本の大きな金色の尾が生えていたこと。
「キャロルさんも狐憑きだったのですか⁉」
「違う、タマ!降ろされてる!だけどいつの間に⁉」
「最初から仕掛けていただけだ。それと、目を離すのはいけないな」
「うあっ!」
背中を神通力で攻撃されて俺とミクは吹っ飛ばされる。何回転か転がって、木をクッションにするようにして止まったが、俺とミクはどっちも霊気がすっからかんだ。銀郎たちとも分離してしまった。
まさか降霊を戦闘中ずっと仕掛けていたって?それで銀郎たちとも渡り合うって、しかもゴンや金蘭様が貼っていた結界を破ってだぞ?規格外に過ぎる。
リ・ウォンシュンは出てきたキャロルさんに近付いて、膝をつくと頭を下げながら、胸に手を当ててこう言った。
「妲己様。黄泉からの帰還、お慶び申し上げます。共に、世界へ復讐しましょう」




