5-2-2 神の領域には、及ばずとも
奥の手。
言葉の感じが変わったとか、纏う覇が尋常ではないとか、そういった変化だけではない。神気が溢れているが、これは本来の二人の姿を取り戻した形とも言える。
この二人は元々は魔に分類される存在だった。それが神としての側面も手に入れ難波家に式神として仕えるようになり、それからは契約者の負担にならないようにと魔と神の天秤を半々にすることで調整をした。
その結果当主程度の力で使役できる存在になり、それでも十分難波家の式神双璧に至るほどの実力を有していた。普段はそれで充分なのだが、さらにもう一段あった制限を取っ払っているのが今の姿だ。
この状態の二人は今までの能力と一線を画す。なにせ本物の神と遜色ない。この姿にするには契約者が神気を得ていないといけないが、俺とミクにはそれがあった。だが俺たちへの負担が大きいために普段使いは禁止されていた。神気も霊気もごっそり持っていかれることと、神々に気付かれるからだ。
神々に気付かれると訪問者が増える。神への対応は一つ間違えれば大惨事だ。そういう面倒事を減らすためにもこの姿にはあまりしたくなかったのだが。
「なるほど。先ほどまでの姿はあくまで現での仮の姿と。同じ領域に辿り着いた者と会うのは初めてだ。純粋なる神なら何柱か見てきたが」
「辿り着く可能性だけならあったからな。日本には神様の多いこと多いこと」
「さてと。坊ちゃんたちを長く苦しめるわけにもいかないし、始めましょうか?」
銀郎が斬り込み、瑠姫が陰陽術で牽制する。今までとは違い神となった二人の攻撃は片手間で止められるものではなくなっており、二対一という状況をリ・ウォンシュンは芳しくない表情で受け止めていた。
攻撃術式が得意ではないという瑠姫の術も、神気が込みになっているためリ・ウォンシュンの防壁も軽々しくぶち抜いていた。二方向から同格の二人に攻められるという経験は仙人たるリ・ウォンシュンでも厳しいと思ったのに、どうにか受け切っているのは何故か。
「師との修業を思い出すな!仙人たるもの、全ての存在を見極められるようになれと言われていたが、ここで役に立つとは!」
最初は防衛で手がいっぱいだったのに、少しずつ反撃を始めている。右手に持った杖で銀郎の剣をいなし、左手で神通力を使って瑠姫と術比べをしている。
もう陽も落ちて夜になった。それだけの長時間戦っているというのにスタミナ切れも感じさせない。神と同格なだけはある。規格外すぎるだろ。
力が足りないなら数を増やすまで。その数に勘定できるのは俺とミクだけ。だというのに今も神通力によって押さえつけられていて身体を動かすことができない。
「タマ、神気を全開にしてもムリか……⁉」
「ちょっと、厳しいです……!かろうじて腕と頭は動かせそうですが、戦闘に参加するまでとなると……!」
俺も似たようなものだ。あっちはあっちで戦闘をしているはずなのに、俺たちの神通力が解除される様子はない。それも込みで銀郎たちに攻め込ませているのに、見当違いだったとは。
自力ではこれ以上身体を動かせそうにない。無駄な抵抗をするよりは銀郎に霊気を送る方が有意義だ。身体中に圧力がかかっていて痛いけど、できることがそれしかないっていうのは歯がゆい。
目の前では神々の争いが繰り広げられている。木とか地面とか容赦なくなぎ倒されて陥没していく。それでも社や街に被害が出ていないだけマシだろう。そこら辺は父さんたちが貼っている結界のおかげもあるだろうけど。
地面に叩きつけられているから、とかではなく目の前の戦いについていけない。全員の動きが速すぎて目が追いつかないのだ。神気は感じられるからどこで誰が何をしているかはわかるのだが、その剣戟だったり術がぶつかっている瞬間などが全く見えない。
攻撃がされた、移動したということを感じた時にはもうその行動は終わっているのだ。動体視力と頭の回転が追いつかない。補助術式を使おうにも、それが邪魔になるかもしれない。いや、きっと邪魔になる。
これが結局、陰陽師の限界なんだ。あくまで後方支援がいいところで、前衛ができる誰かがいないとまともに戦えないし、敵が強大すぎると何もできなくなる。あの高速戦闘に関われるわけでもなく、銀郎たちへ霊気を送ったり、傷の手当てや支援術式しか使えない。
妖相手ならここまで思わないのに。やっぱり神は別格だ。人間が敵う相手じゃない。この神々に喧嘩を売った呪術省は終わったな。勝てるわけがない。
銀郎たちのあの状態は刀身変化よりも霊気の消費が激しい。ただ霊気を送っているだけなのに身体に疲労が溜まっていくのがわかる。これは神通力の痛みとは別物だ。感覚的に俺の霊気の残量はあと三割弱ってところか。白い巨人の制御で使いすぎた。
だから早く終わることを願うが、中々突破口が開かれない。銀郎の身体能力も剣技も、瑠姫の陰陽術の精度も威力も格段に上がっているのにリ・ウォンシュンは上手く捌いている。そこまで戦いに長けている仙人だったなんて。
「いい加減に落ちろ……!」
「つれないことを言うな、オオカミ神よ。空に浮かぶくらい、仙人としては初歩の技術だ」
「あっしはそんな権能ないんでね!」
空中で切り結んでいる銀郎たちだが、銀郎は空を飛ぶことができない。陰陽術的な才能が一切ないことと、そんな機能を身体に備えておらず、言っていた通り権能もないからだ。だから瑠姫が移動する足場を作り出して、それを操作して空に常駐できている。
「ああもう!うざったい!」
瑠姫も神気の塊を放つが、リ・ウォンシュンの術式に相殺されてしまう。防御も反応も優秀。銀郎という接近戦のスペシャリストにも引けを取らない戦闘技術。これが元現代人だというのか。
中国という大陸がそういう魔窟なのか。それともリ・ウォンシュンが特別なのか。神とはいえ万能ではないはずなのに、欠点が見当たらない。自国でもないのにこの圧倒的な能力。本当に主神級の力へ到達してしまったというのか。
さっきのような応酬を繰り返してしばらく。銀郎の刀を弾いて大きく後退した後、リ・ウォンシュンは辺りを見回す。完全に陽が落ちて、魑魅魍魎も多くうろつき始めた。それでも雲一つない満天の星空は透き通っていて、そこに神の三柱がいるという光景はどこか現実離れした絵画のようだった。
それだけ神気が辺りを照らしている。普通の人には全く明るく見えないだろうけど、俺たちは神気を感じられる上に見えてしまう。全員が後光と月明かり、星明かりを浴びるべき存在のように俺たちの目には映っていた。
そんな一つの画を作り上げているリ・ウォンシュンは、時間の経過を憂いたのかまた溜息をつく。
「時間がかかり過ぎた。これ以上は日本に入り込んだ番犬共が辿り着いてしまう。……詰みの一手だ。お前たちはよくやったよ。日本最強の陰陽師だったと、記憶しておこう。若い身でありながらよくその位に至った。次の世界に変わっても、全員のことを覚えておこう」
「まだ勝負はついてないでしょうが?あっしらは地面に這いつくばってないぜ?」
「何勝った気になっているのよ?」
「君たちはたとえその姿になろうと、隷属という立場は変わらないのだろう?強者に勝てないのであれば、主たる弱者を落とせばいい」
「マズイ!」
銀郎と瑠姫がリ・ウォンシュンの思考を察して俺たちの元へ向かってきたが、リ・ウォンシュンが手を向けてこちらに術式を展開する方が速い。
今までの圧力が嘘みたいに、数倍になった痛みが全身を貫く。
「があああああああああああっ⁉」
「瑠姫!どうにかできねえのか⁉」
「これでも弱めてる!あいつの神通力おかしいわよ⁉神気を持ってる坊ちゃんたちが一切抵抗できない、あたしの術式も効かないなんて!なにかしらのリスクがあってしかるべきなのに、どうしてそうも連発できるの⁉」
銀郎も術式を叩き切ろうとして刀を水平に振ったが、若干痛みがなくなっただけでそこまで大きな効果がない。瑠姫の術式も効果がないみたいだ。
肺が潰れる。頭がへし曲がる。思考が、纏まらない。息が続かない。全身の骨が軋む。せめて、ミクだけは守らないと……!
「クソ!瑠姫、あれをやるぞ。坊ちゃんたちが死ぬ!」
「仕方ないニャア!今日は特例のオンパレードニャ!」
「「精霊憑依!」」
次も三日後に投稿します。
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