5-2-1 神の領域には、及ばずとも
君臨。
ゴンを呼び戻すか?これは最終手段を取ってもいい案件だ。今の状態は将棋で言うところの飛車落ちのようなものだ。角と金はいるが、要が欠けているのは事実。
大天狗様を目の前にしたのと同じ状態で、俺が一番息の合った長年連れ添っている式神抜きで戦えって?だけど、相手の目的はこの祭壇に眠る妲己。正確には妲己ではなく葛の葉様と玉藻の前様が眠っていらっしゃるが、それでもいいのかもしれない。国を堕とせる力を求めているのだから。
葛の葉様では厳しいかもしれないが、玉藻の前様なら簡単に為し得るだろう。なにせ本物の神だ。
だが、それを言うなら目の前の男も紛れもなく神の一柱。国を亡ぼすだけなら容易なはずなのに。いや、他の国の神を畏れて戦力を増やそうとしている?それとも何か理由があるのか?
「羅公遠。これだけの力を持ってまだ力を求めるのか?そこまで世界を壊したいのか?」
「ああ、そうだ。いささか世界は広すぎる。一人では無理だと悟ったからこうして他人の人生を狂わせて、他の国の存在に助力を求めている。最強の個ではあっても、世界を掌握する力を持たない出来損ないだ。適材適所、というやつだな。役割の違いとも言える。できないことは他の者で補おうというわけだ」
「なるほど。理に適っている」
宇迦様とかも戦いは苦手だろうしなあ。単独の力はリ・ウォンシュンも最強格なんだろうけど、それはあくまで一対一としての力や、精々が百人単位とかその程度なのだろう。街や国単位で力を行使はできないとかそういったことか。
仙人について全く詳しくないから何とも言えないけど、狐に拘る事にも何か理由があるのだろう。誰でも良いならわざわざ日本に来てまで妲己を探さない。妲己以外にも世界を掌握できる妖くらいはいそうだ。
それでも妲己に拘る理由は自国の妖だからか。それとも狐であったからか。
もしそうであれば、彼は。隣にミクとゴンがいなかった俺ではないか。俺はあの高みにまで辿り着けるかもわからない。どういった経緯であの力を得たのかわからない。どうして犯罪者の道を選んだのかもわからない。
わからないことばかりだ。それでも、何故か共感を覚えてしまった。何かが欠けていたら、この先欠けてしまったら。その行き着く先は彼の姿ではないか。そう幻視してしまうほど何かを感じ取ってしまう。
この幻想はリ・ウォンシュンがこちらにかけている幻術の効果か。それすらはっきりしないが、そんな夢幻は振り切る。そんなことには絶対ならない。これから誰かが俺の周りからいなくなるなんてことは現実にさせない。
それは今も、この先もずっとだ。圧倒的な差があろうが、屈せずに全員生きて帰る。活路を見出すまで諦めてたまるか。
「……良い目だ。これだけの力の差がありながら、意志は変わらない。絶望も知らず、傲慢だ。だからこそ惜しい。君たちがこの時代に、この世界に生まれ落ちたことが。次の世界か、遥か未来か。それとも遥か過去に生きていたのなら。……もっとわかり合えていただろうに」
「そんなもしもなんているか。俺たちは目の前にある現在を生きてる。その事実を捻じ曲げようとは思えない!」
「今がとても幸せなんです。その幸せを奪わないでください。もっと幸せだったとか言われても、今の幸せだって事実です。別の時間や世界だったら幸せとは思えなかったかもしれません。明くんとは出会えなかったかもしれません。わたしはそっちの方が怖いです」
『ということニャア、ご同輩。あたしも積み重ねの時代たちを知ってるから、悪い部分はあっても否定しようとは思わないニャア』
『嫌なことはもちろんありますでしょう。けど、今のあっしらはこの子たちという宝を守る防人だ。式神としても守り抜いてみせますぜ?』
俺たちからの否定の言葉にため息をつくリ・ウォンシュン。表情もさらに深く、暗くなっただろう。同士かもしれなかった者たちの言葉は、たとえ神の領域に辿り着いても堪えるものがあったのかもしれない。
この世界であることに不満があるのだろう。だから世界を壊そうとしているのだろう。だけど、今を生きている人間全員がこの世界を否定したのか。否定したい人間も一定数はいるのだろうが、その逆にこの世界が好きだという人もいるはずだ。
世界に総意を聞くというのも無理な話だろう。だけど、知ってしまった以上。この場に居合わせてしまった以上。この世界を、今の在り方を愛している俺たちからしたら止めない理由がない。
俺たちが共感し合えても、絶対に相容れない一線。それがある限り俺たちは絶対にここから離れない。
「……なら、潰し合うまでだ。当初の目的通り、押し通る。たとえ希望の一欠けらを見つけたとしても、惜しいとは思いこそ、信念は変えられぬ。たとえ可能性の発露も、神も、師すらも殺してでも、世界は変革する!さあ、止めて見せろ、人間!」
「言われなくても!ON!」
「SIN!」
リ・ウォンシュンの神気が膨張してきたことで火力の高めの術式を放つ。俺とミクの術式で踏ん張っている間に銀郎が刀で仕掛けるが、それは術式を発動したままのリ・ウォンシュンに右手で持つ木の杖で防がれてしまった。
あれもただの木ではなく、神木とかそういう特別な物なのだろう。じゃないと銀郎の刀を受け止められるはずがない。あれ自体も神気を纏ったものなのだろう。
瑠姫があまり得意じゃない攻撃術式を放つが、それは目線を向けられるだけで無力化される。火力のない術式だと届きもしないってことか。
『坊ちゃん、タマちゃん。あたしじゃ傷もつけられそうにないニャア。いつも通り防御に専念するニャ』
「ゴンがいればそれでもいいんだけどな……。攻めの銀郎ですら決定打になってないのに。どうしたものか」
何が有効なのか。守りは瑠姫に任せるとしても、俺とミクも攻撃するとして、火力でごり押したら向こうも防御をしてくれるだろうか。こういう時に攻撃術式をあまり覚えてこなかったことが悔やまれる。
式神や降霊、星見が大事なのはもっともだが、こういう難敵に襲われた時の対処にはどうしたって戦うための力が俺たちにも必要だ。ミクはまだ霊気による力押しができるが、俺はそこまでの霊気がないからどうしたって限界がある。
あの白い巨人がいれば充分だと思っていたということもある。それと銀郎やゴンがいれば火力としては問題ないとも思っていたからだ。ゴンがいないのが本当に痛い。
だけど、銀郎の刀は防いでいるところから神気を纏った攻撃なら通じるのかもしれない。刀身変化させるか?でも、神相手に何ができる。大天狗様の時みたいに対陰陽師にしたって通じないかもしれない。
そう迷っていると、リ・ウォンシュンの手がこちらに向いていた。それを察したように瑠姫が前に躍り出る。
「先程とは違う、正真正銘神の力だ。本物の神通力を受けよ。天を仰ぐな、地を知り給え」
「ガハッ⁉」
「キャッ!」
瑠姫が咄嗟に防御術式を展開したというのに、俺とミクと瑠姫は地面に叩きつけられていた。最初に神通力を用いた時と同じ重力操作の術だ。だから同じ対処の方法として神気を身体の周りに膜のように展開したが、それでもピクリとも動かなかった。
さっきの術式とは威力の桁が違いすぎる。術式を受けていない銀郎は今も牽制をしてくれているが、さっきは無事だった瑠姫まで地面に伏しているのだ。さっきまでの攻撃が全く本気じゃなかったってことか……!
『坊ちゃん!珠希お嬢さん!瑠姫、どうにかできねえのか⁉』
『ちょ、これキツイニャ……。タマちゃん、ごめんニャア。すこ~し神気もらうニャ。それに坊ちゃんも。裏技使うから……!』
「まさか……!でも、それしか方法がないか……?」
「持っていってください、瑠姫様。動けないわたしよりも使い道はあるはずです……」
「銀郎も持っていけ!どうせ父さんは奥だし、ここは祭壇だ!あの御方のための神殿でもある!何か言われる謂れはないだろ!」
瑠姫の手段はゴンや父さんに止められているが、この際仕方がない。対抗策がこれしかないんだから。
その言葉を了承としたのか。銀郎と瑠姫の身体に神気が増え始めて、二匹の身体が作り替わる。
今までも神の領域に踏み込んでいたが、それでもオオカミや猫という魔の属性も含んでいた二匹。だがその魔の部分を完全に神の領域に繋ぐことで分け御霊という立場から完全なる神の一柱に生まれ変わる最終手段。
「久しぶりだが、さすが坊ちゃん。いくら天狐殿が傍にいたとはいえこの姿に戻れるまで神気を得ているなんて」
「それはAのせいでもあるでしょう?こんな世界に変わってなかったら、あたしたちもここまで神に戻れなかったわ」
銀郎と瑠姫が、神の力を得て立ち上がる。これで数の上でも力の上でも並び立った。本当の難波の双璧がここに君臨する。
ここから先は神同士の争いだ。
次も三日後に投稿します。
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