5-1-3 神の領域には、及ばずとも
仙人。
巨人の身体から更に腕が伸びていく。腕が千手観音のように増えていき、それら全てがリ・ウォンシュンを捕らえようとして囲っていく。それを神通力で破壊しながら突破していたが、消耗させるという目的には敵っている。
更に腕だけではなく棘や触手のようなものも生えてくる。巨人の姿をしているが、結局あれは霊脈の性質に形を与えたものだ。その形状を少し変えるくらい造作もない。今の状態は一本一本だった腕よりも耐久力を増すためにあの姿に変えただけだ。
巨人の腕が変化し、剣になっていく。それが振り下ろされるが、それもリ・ウォンシュンが腕に出した白い光によって受け止められていた。だけど、そこからもどんどんその力は吸収される。
「が、はぁ……!触れても、ダメか!」
「さっきの腕の塊みたいなもんだ。掠るだけで充分なんだよ」
リ・ウォンシュンは一層力を込めて剣を破壊する。そこを追撃するように銀郎が木を駆け上って袈裟切りを仕掛けていたが、それはひらりと風に乗る葉のように避けられていた。回避力が高いのか、直感が冴え渡っているのか。銀郎だって当たると思ったタイミングで仕掛けているのだから、それを余裕そうに避けられるのはなんだか気になる。
ミクが熱線を放つが、それも避けられる。巨人もそのまま攻め続けるが、あまり当たらない。俺たちよりも神の力を振るうことに慣れているのか、その力を存分に扱えているようだ。仙人の神通力とはここまで理不尽の塊だったのか。
この巨人の力は神の力さえ吸収する。畏れ多くてできないし、おそらく吸える量はそこまで多くないが、神にも匹敵する術式だ。さっきから何度か吸っているのにまだ立っているリ・ウォンシュンはどこからその力が出ているのか。
こっちだって早めに決着をつけなければ貯蓄がなくなる。さっきの腕の状態よりも燃費食いな巨人形態だ。色々できる内に相手も損耗させたい。
「粉塵爆破」
「チッ!瑠姫!」
『マオ!』
リ・ウォンシュンは避けながら地表にいる俺たちを標的にしてきた。地面で爆発が境内中で起こったが、俺たちは瑠姫の張ってくれた結界の中で無事にやり過ごせた。社も父さんたちの結界のおかげで無事だ。ついでに林も無事。
おそらく敵の目的としては巨人の足元を攻撃して転ばせるとか根元から切り崩そうとしたんだろうけど、この巨人は霊脈と繋がっている。霊脈を傷付ける攻撃を受けない限りこの巨人から崩れることはない。
少し爆撃で足を損壊していたけど、すぐに戻っている。今も元気に腕を伸ばしていた。
陽が長い夏とはいえ、さすがに長時間戦い続けているから陽が落ち始めて赤と橙色が辺りを支配していく。魑魅魍魎に邪魔されやすい時間帯になってきた。魑魅魍魎や妖っていう第三者に邪魔されるのはごめんだ。俺たちもリ・ウォンシュンも襲われたら本当に勝敗がどっちに転ぶかわからない。
この巨人もあと少ししたら消えてしまう。夜の戦闘は慣れているけど、これ以上の長期戦は勘弁してほしい。いくら何でもこっちのスタミナが保たない。
向こうも結構消耗しているように見えるけど。肩で息をしているし。だというのに決定打にはならない。どうしたものか。
そんなリ・ウォンシュンは空に浮かんだまま、大きな溜息を一つ。
「はぁあ~。まさかここまで抵抗されるなんて思いもしなかった。日本の陰陽師は所詮我々の真似をした劣等種だと思っていたが、その認識は間違っていたらしい。謝罪しよう」
「明くん、あれ謝る態度じゃないですよね?」
「めっちゃ上から見下ろされて言われてるからな。頭も下げていないし」
そういう人なのだろうか。瑠姫たちが何も言ってこないからおそらく本心で言っているのだろうが、態度からはそう思えない。そうやって周りの人に勘違いをさせ続けてきたんじゃないだろうか。
たぶんあれ、本人が力を持っているとか関係なくただの素だ。さっきみたいなわざと挑発するような態度でも言動でもないし。
次に何をされるかわからないので警戒していると、地上に降りてきた。さっきの粉塵爆破とかのせいで地面はボロボロだ。ミクが産み出した跡がどこにあるのかもわからないくらいやられてしまっている。
修理費は市とかに要請すればいいか。私有地だけどさすがに難波の土地が壊されたと知ればお金は出してくれるだろう。
「それで。謝罪して地上に降りてきて。降参か?」
「まさか。ここまで来て降参はないな。最後の壁が一番高いのはよくあることだと再認識したまでだよ。あの巨人にしてもその従者にしても、今のままでは倒せない」
「倒せないのに、まだ抵抗するのですか?」
「そうまでしても叶えたいことがある。諦めきれない願いがある。倒れられない理由がある。何よりも優先すべき熱量がある。これだけ事柄を並べてしまうと、後には引けなくなってしまうのさ。それが大人というものだ」
「それは大人じゃないと思う。どこかで踏ん切りをつけられるのが大人じゃないか?」
「責任を背負って、何かをやり遂げるのが大人です。あなたのそれは夢を捨てられないまま大きくなった子どもの言い分です」
俺とミクがリ・ウォンシュンの言葉を否定する。目指しているものが当主だということもあるのだろう。優先順位がきちんとしていて、様々な責任を共に背負うもの。そういう大人の姿を見てきたからこそ、そんな考えがこびりついている。
それで良いと俺は思う。そんな自分の在り方を誇らしく思っている。ただそれは目の前の男も同じで。どうしても相容れない思想というものもあって。
だから、敵対してしまう。
「なら子どもで結構。夢を失くした世界など、それは生きているとは言えない。そんな無機質な世界は、認められない。陰陽術や丹術、魔術という異能もある。仙人や神という人間と隔絶した存在がいる。だというのに、たった一つのささやかな願いも叶えられない世界など壊れてしまえ。……子どもが、子どもとして生きられない世界なんて、消えてしまえ」
その言葉と共に暴風が吹き荒れる。巨人を盾にするように身を守るが、その暴風は攻撃性のものではなかった。それは自然発生してしまうもののようで、誰一人傷付いていない。
だが、その暴風は大天狗様の神気と同じ。そう、神気だ。今までは相手の実力なんてあまり感じ取れなかった。神通力を使っていても、若干の神気を感じる程度で陰陽師や日本の神のように感じることはなかった。
でも、今目の前にいるリ・ウォンシュンなら感じ取れる。まさしく神の領域に踏み入った者。神気をその身に纏う、到達者。
長い艶のある黒髪は、艶とその色の一切を失くしてボサボサの白髪に。顔の堀も深くなり、目元には朱い隈が浮かび上がっていた。どこから出てきたのか手には大きな木製の杖があり、肌が見える部分にも朱い線が浮かび上がっていた。
その急激な変化に、思わず息を呑む。
そして杖を巨人に向けた瞬間。神気が今まで以上に膨れ上がった一撃が放たれた。それが巨人の胸を貫き、巨人が霧散していく。
限界が近かったとはいえ、一撃で巨人を倒すなんて。
『ヤバいニャア、坊ちゃん、タマちゃん。アイツ、マジモンの神の領域に至ったニャ。人間の分際で神の御座にいる神様と同じ存在に昇格するって、何者ニャ?』
「ただの子どもだよ。誰もが持つ願いを持ち、こんな力を持ってしても叶えられない愚か者。それが今の定義だ」
『あっしらよりも神格は上って、どんなイカサマをしてやがる……⁉土地神とかなら、その土地ごと神聖化されればこれだけの力も持つが、ここはアンタの国じゃない!そんな力を国外でも振るえるなんて、主神級じゃないと考えられない!』
見た目は老けたのに、声は先程とあまり変わらないリ・ウォンシュン。ウチの式神たちが言うように、他国でこれほどまでの力を持った人間がいるはずがない。目の前にいるのは紛れもなく神の一柱だ。
リ・ウォンシュンは今を生きる人間だというのは事実だろう。神の転生体とか、そういうことじゃないと思う。なのに、神と同じ力を持つことには、疑問を持たざるを得ない。神とは言え万能ではないはずだ。
「我が名はリ・ウォンシュン。師から受け取った新たな名は羅公遠。神通力にて仙人の端くれに至った者。紛れもない、神の一柱だ」
次も三日後に投稿します。
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